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君の名は

完成してたのに投稿し忘れてました。前よりは長め

「ふ、ふふ……うん、うん」

 これはいい。実にいい。あまりにも好みに合致していて、思わず声が漏れる。ここまで僕の欲求を満たす作品は、中々出会えない。

 本当ならもう少しゆっくり探してからのつもりだったが、これでいい。今この時を、逃すべきではない。僕の本能が、強く訴えかけてくる。

 そう、今日するのはいつもの日課としての行為ではない。例えるなら、必死に勉強して入った大学に初登校する日のような、特別な日なのだ。

 よし、今だ。

 僕は画面から視線を逸らさないまま、結局昨日から大事に封印されたままのアレを取り出そうと、PCラックの横の押入の戸に手を伸ばした。


「あーもう! 何で片づけておかないのよ! バッカじゃないの!」

 ガタッ、ガッ、ガラガラ。戸の向こうからは、少しくぐもったそんな声と音が聞こえてきた。

「……え?」

 僕は手を止めて、見えるはずもない戸の向こう側に目を見開いた。

「開けて! 開けなさい! 私よ私!」

「わ、解った解った! 今開けるって!」

 足で蹴っているのだろうか。ドン、ドンと扉が大きな音を立てた。

 間違いない、この戸の向こうには、人が居る。昨日の、あの女の子が。昼頃までは確かに、誰も居ないことを確認したと言うのに。

 嘘だろ、という思いと共に、その明らかな人の気配の正体を僕は確かめる為、僕は戸を開いた。

「ぷっはぁー……! あー息苦しい! 何で私が居るって解るのに整理しておかないのよ……」

 姿を現したのは、やはり、昨日見た金髪の少女そのものだった。埃を払うように自分の頭を叩き、ぶつくさと僕への文句を呟いている。

「き、君は!」

「何よ、別に今更驚くこともないでしょ。昨日も会ったんだし」

 ねぇねぇ、それよりも、使う気になった? と彼女は期待に満ちた目で僕に顔を近付けた。

「え、い、いや、まだ……」

 これは確信を持って言えるが、今僕は目を泳がせに泳がせているだろう。というのも、僕の言葉が真っ赤な嘘だからだ。

 ディスプレイに表示されているであろう、僕の好みストライクなR18画像群のことが頭をよぎる。昨日の事を思い出すと、しかし急いでそれを消しに行くこともできないが。

「……ふぅん。隠す必要なんてないと思うんだけど」

 不吉なことを言われた気がしたが、僕はそれを無視することにした。

「そ、それよりも! 何で昼間は居なかったのに、また出てきたの? やっぱり、何処かから忍び込んできたとか……」

「あー、そういえば。昼間に見に来た記憶、あるわね。何アレ、覗き趣味?」

「違うよ! っていうか、何で知って……あ、奥に居たとか?」

「はぁ? アンタ、本当にボケてるわよね。知ってるに決まってるでしょ。堂々と箱を開けられて、全身をじろじろ見られて……」

 まるで痴漢被害を語るかのように、悲壮感たっぷりに、身振りを交えて彼女は言う。

 ――やはり、信じられる訳ではないが、彼女は本当に、僕の買ったオナホだと言うのか。

「あ、もしかして。アンタ、まだ私のこと泥棒か何かだと疑ってる?」

「疑ってるっていうか……普通そうでしょ」

 僕が、少なくとも自分の中での正論を返すと、彼女は呆れたように溜息を吐いた。

「普通って言うならね。そもそも何でこんなに若くて可愛い私が、アンタみたいな冴えない男の部屋に忍び込まなきゃいけないの? 逆ならともかく」

 せめて最後の言葉には反論しようとも思ったが、今がそういう状況でないことははっきりと解る。

「それに、アンタみたいなに、『私を使って抜いて!』なんて言えるのは、これもひとえに私の本職がオナホだから。解る?」

「わ、解ったよ。信じる」

 滅茶苦茶なことを言われているとは思うのだが、しかし直ぐに反論が思い浮かぶ程、僕は論争に強くないらしい。

 反論ができないなら、素直に負けを認めしかない。だから僕は、釈然としないながらも彼女がオナホであるという事実を受け入れることにした。

「よし、解ったなら使ってくれる?」

 ぱっと彼女の表情が明るくなった。

 勿論彼女がオナホであるというのが真実だとしても、結局使う気になれる訳ではなく、僕はただ気まずい目で彼女の表情を見た。

「――はぁ、これだから童貞は。据え膳食わねば武士の恥、って言葉知らないの?」

「知ってるけど、でも君は……」

「その『君』って呼ぶのも、スゴく童貞臭いんだけど!」

 ビシッと腕を伸ばして僕を眉間辺りを指差す彼女。寄り目気味になりながら、僕はこれに対しては反論を試みた。

「だってそもそも、僕は君の名前を知らないんだから、そう呼ぶしかないと思うんだけど」

 若干、後半に行くにつれて弱気になりつつあったが、これには流石の彼女も直ぐには反論を重ねてこなかった。

 寧ろ、鳩が豆鉄砲を食らったような、というか面食らったような顔で、彼女は沈黙してしまった。

「そ、その、だから名前を教えてくれると呼びやすいかなって……」

「私、そういえば名前ない」

 あまりにも様子が急変してしまったので、思わず僕が下から目線でお伺いを立てると、彼女はぽんとそう言った。

「あれ、どうなんだろう。商品名って、名前なのかな? でも他に同じ名前の子いっぱい居るし」

 考える人、のようなポーズで、彼女はぶつぶつ呟き始める。人との会話の途中で、自分勝手な奴だ、と吐き捨てることもできたが、しかし彼女にとっても、そして僕にとっても、彼女に名前らしい名前がないという事実は意外なことで。

「な、名前、ないの?」

「うーん、商品名は、知っての通り『16』でしょ? でも、私個人の名前っていうのは、多分ない。親が居るわけじゃないし」

 工場の機械に、名前を付けるプログラムは多分ない。と彼女は付け加える。

「ねぇねぇ、アンタ、ヘタレとは言え一応仮にも私の持ち主でしょ?」

 余計な言葉がつきすぎだ、という文句は口には出さず、僕は頷いた。

 一体『彼女』は、僕が持ち主だからと言って、何をさせる気なのだろうか。想像が出来ない程、僕は馬鹿ではない。

「名前、付けろってこと?」

「そうそう。ペットとかも、飼い主に名前付けてもらうわよね。だから、私にも」

 ペット、飼い主。女と男を表現するには、少し過激すぎると思うのは、僕が思春期の男だからなのだろうか。

 しかしそう言われても、実際のところペットのように気軽に名前を付けるなど、僕にはできない。

「何かないの? 私をどう呼びたい、とか」

「いきなりそう言われても……君は、どう呼ばれたいのさ」

「……うーん、確かに、突然訊かれると答えづらいかも」

 そんな会話をしている内に、僕はパソコンを少し弄って、インターネットブラウザの、不健全なページを表示しているタブを閉じた。

 隠すためではなく、単純にもう既にそういう気分が失せてしまったからだ。

「まぁ、ずっと君とか言われんのが気持ち悪いってだけだし、適当でいいよ」

 彼女はそれだけ言うと、考えるのを放棄したような顔で僕の方を見た。僕に丸投げ、ということらしい。

「何でもいいって言われるのが、一番面倒なんだけど」

「じゃあもう、好きな物とかでいいわよ。リサとかユキナとかガチ目な名前つけられても、引くし」

 引くのか、と僕は少しがっかりした。というのも、彼女が挙げた二つの候補が、両方とも自分の好みに合致していたからだ。

 それはともかく、彼女は、好きな物と言った。

 しかし、僕の好きな物と言えば、ゲーム、惰眠、それから……まぁ、オナニー。どれにしたって、女の子の仮の名前として相応しいものではない。

 では食べ物ではどうか。コーラ、コーヒー牛乳、それからハンバーガーなどのジャンクフード。

 全く、ダメダメだ。こんなことになるなら、もう少し健全な嗜好を持っていればよかった、と僕は意味のない後悔を抱いた。

「え、何? こんだけ妥協してあげたのに、まだ決められないワケ? アンタがモテない理由、解るわー」

「モ、モテないって決めつけないでよ」

「モテない要素しか持ってないのに何言ってんの。オナホ大好きとか、ドン引き確定」

 容赦の無い言葉。捻りもなく、僕の心が痛む。自分自身がオナホであるというのに、オナホが好きであるという事実で罵倒してくるとは、中々複雑な気分ではないのだろうか。

「確かに僕はオナホに憧れを持ってはいたけど……実際に使ったことはまだないし、大好きって程では」

 と、僕が大した意味のなさそうな、重箱の隅を突く反論を繰り出すと、予想に反して彼女は血相を変えて声を荒げた。

「はぁー? 何言ってるのよ! 好きになるに決まってるでしょ! 本当に気持ちいいのよ? アンタの手でシコシコしてるよりも、ずーっと!」

「え、えぇ……? オナホ好き、気持ち悪いんじゃなかったの?」

「勿論、オナホが大好きな人間なんてちょっと引いちゃうけど、使うからには喜んでもらいたいでしょ?」

「……はぁ」

 確かに、とは言い辛いが、彼女の言いたいことは伝わってきた。少なくとも彼女は、それなりに色々考えたり、僕と同じく思うところもあるようだ。

「あ、そうだ」

 つい先程まで演説してくださった彼女の表情が突然緩み、いかにも名案を思いついたように笑った。

「アンタの好きな物、やっぱオナホでいいじゃん」

「えっ、オナホって呼べってこと?」

「違うわよ! そのまま呼ぶんじゃなくて、もっと何か捻ってさぁ」

「捻るって言うと、オナ、いやナホとか……あ、ナオなんてどうかな?」

「ナオ……うーん、悪くないんだけど、ちょっとガチすぎない?」

「ガチすぎるって」

 僕にしては、それなりにいい名前だと思ったのだが。

「あ、じゃあ商品名の方から考えてみてよ」

「商品名って、『16』?」

「そう、でもシックスティーンじゃ外国人っぽくなっちゃうから……」

 シックスティーン、日本語では、当然だが『じゅうろく』……従禄? 何だか、江戸時代の、それも男のような名前になってしまった。

「よし、じゃあロクね。ロク。決定。ね、それでいいでしょ?」

「え、ロク?」

 くだらない、冗談のようなことを僕が考えている隙に、彼女はもう自分でどう呼ばれるかを決定してしまったようだった。

 反対する理由もなく、僕が『まぁ、いいんじゃない?』と答えると、彼女は――いや、ロクは満足そうに頷いた。

「よし決まった! じゃあアンタ、今度からは私のこと君なんて呼ばすに、ちゃんとロク、って呼ぶのよ」

 文字数も一緒だしね。とロクは付け加えて自分で笑った。

 ロク――そうか、ロクか。今、僕の目の前に居る女の子は、ロクという名前なのか。そういう実感が、追って胸に去来する。

「ふっふーん、名前なんて着けたら、愛着湧いて捨てられないかもね」

「……捨てないよ」

 使う気もないし、と僕は心の中でだけ付け加えた。ロクは、知ってる、とだけ言って、口元を隠して、イタズラの結果を待つ子供のように笑った。

 その表情はとても無邪気で、『これじゃあ16のロクじゃなくて、普通に6歳だ』なんて皮肉が頭に浮かんだ。


 ――因みに翌朝。お母さんに、『夜遅くまで電話なんて止めなさい。電話代高いんだから』と窘められた。

 僕は、『インターネットを使った電話で電話代がかからないんだ』と、必要性が有ったのか甚だ疑問な嘘を吐いた。

 ロクと話すときはヘッドフォンをしようと決めたのは、このときだった。

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