いいかげんにしてもらいたい
感想はとても励みになります。
そろそろ夏の蒸し暑さも消え、辺りは秋の色が見え隠れするようになっていた。ついこの前までは暑い暑いと喚いていたのが急に、ある日を境に嘘みたいに寒くなった。毎朝熱心にジョギングをする人はいるが、通学の際、そんな姿を見せられる俺の身にもなっていただきたい。これから一日中座って勤勉に励むという気力を持っていかれるのは非常に迷惑である。まぁ、それだけ俺が極端な運動嫌いなだけなのだが。暑かろうが寒かろうが、自ら運動しましょう。なんてことは絶対にありえない。
そのはずなのに、なぜ俺は今走っている?
全身にいっぱい汗を溜め、見るからに辛そうな俺を見てあいつは何と思うだろう。いや、考えるだけ無駄か。気遣いどころか逆に、
「何やってんの! 遅かったじゃない!」
……なんて言われてしまうだろうから。しかも想像していたそのままの顔で。ていうか道のど真ん中で何やってるんですか。道行く人の邪魔のなるから早くどきなさい。
「寒いのに一人で待たせないでよ!」
知ったこっちゃない。こっちはその寒い中全速力で走ってきたんだ。大体、俺が運動嫌いなのを知ってるくせに、わざと俺一人に行かせたのは誰だ。
俺は先程行ってきたコンビニの袋から自分のジュースだけを取り出し、残りをがさつに押し付ける。その反動で少しよろけさせてしまったが、俺はそんなの気にせず家の中に入ろうとする。しかし、またここで引き止められる。さっきも学校から帰って、やっとウチだ〜とか思っていたら、急に後ろから声をかけられてそのままコンビニへ直行。いいかげんにしてもらいたい。
「何」
なるべく短く、それでいて凄みを効かせて言う。しかしこの人はそれをどう受け取ったのか、
「チョコレートないじゃん! もう一回、行ってきて!」
などとぬかすのであった。全く効果はなかったようだ。
「自分で行ってよ。自分で」
「嫌。だってまだ暑いし、疲れるじゃない」
何をそんな自慢げに言うのか。腰に手をあてる程の事なのか。というより人を走らせておいてなんだその態度は。
「いいじゃん。よっくん」
「よっくん言うな」
「文句を言わない! はい、行ってらっしゃい」
そう満面の笑顔で、無理やり俺を送り出そうとする。確かに俺の名前は『良充』だが、今までよっくんと言われた覚えはない。そう毎回違うあだ名で呼ばれたらどうなる。と気がついた時は既に遅し、俺のあだ名は数え切れない程になっている。
そんな勝手なこいつに対し、このまま言う事を黙って遂行するのはどうかと思案をめぐらせていると、俺達の脇を丁度通っていたオバチャンがうふふとか言いながら軽くおじぎなんかしてる。大体考えている事は予想がつくが、それは断じて違う!
「あれ、良充君?」
オバチャンに気を取られていて気がつかなかったらしい。突然後ろから声がしたので振り返ってみると、そこには学校で同じクラスの由美さんがいた。
由美さんとは学校で結構話している。時々宿題とかも見せてもらったり、関係はまあまあ良好と言えるだろう。
まるで登場するタイミングを見計らっていたような感じだが、それは置いておこう。しかし助かった。これでコンビニ行きは回避できるかもしれない。
「あ、由美さん。……そうだ、この前のプリントなんだけどさぁ」
「え? あ……うん」
よし、掴みはこれでいい。このまま何事もなかったのようにこの場から離れられれば……。
「よっくん、誰? その子」
おしい。もう少しだったんだけどな。しかし、まだこちらが優勢。これからどう切替すかで、走らなくてすむはず。
「クラスで一緒の――」
「よっくんって……良充君、この人誰?」
予想外の展開。まさかここにひっかかってくるとは思わなかった。それに気のせいだろうか。由美さんが少しむくれているように見えるのだが。
気がつけば、その場の空気は重々しくなっていて、いつの間にか二人の女性に挟まれていた。飛び交う視線が痛い。
というより、そもそも何故こんな事になっているのだろうか。
思考回路をフルに使おうと思ったが、案外答えは簡単に出た。
――あれだな。由美さんは勘違いをしている。
そうだよな。確かに体は小柄でかわいいと言えばかわいいとしか言いようが無いが、
「由美さん」
「?」
俺は彼女に向けて指を差す。
「これ、ウチの母さん」
その後は勘違い騒動という事で丸く収まり、由美さんは赤い顔をしながら帰っていった。よっぽど恥ずかしかったのだろうか。余談だが、俺のコンビニ行きはいつ間にかなくなっていた。予想外ではあったが、結果オーライという事だ。
しかし、母さんの若さには驚かされてばかりだ。それに加えてあの性格。初めて会った人はほとんど年齢を見間違える程だ。
だから、母さんにではない。その若さに、
いいかげんにしてもらいたい。