二人で食事
ビストロを予約したというので、私はクローゼットの奥から一張羅を引っ張り出してみた。
『数年前に友達の結婚式に着て行ったワンピースだけど、まだ着られるかな』
少し心配になりながらも腕を通してみると、なんとか着られた。大きな幾何学模様が薄いピンク色で描かれているワンピースの裾をヒラヒラさせながら、姿鏡の前でポーズを取っている間、高まる気持ちを抑えきれなくてずっと頬を緩ませていた。
バッグの中に、龍樹へのプレゼントを忍ばせて玄関のドアを開けると、キンと冷えた冷気に鼻がツンとした。すでに車を温めていた龍樹が、ドアを開けてくれた。
『なんだか、王子さまみたい』
心内で笑いながら、助手席に乗り込むと、お母さんが見送りに来てくれた。
「麻里ちゃん、楽しんでくるのよ!龍樹!頑張って!」
「なんだよ。言われなくても、分かってるよ!」
照れ隠しなのか、少しつっけんどんに返しながら、ハンドルを握る龍樹。ゆっくり走り出す車に、お母さんは小さく手を振り、微笑みながら見送ってくれていた。
「寒いから、早く家の中に入らないと〜〜」
と言うと、龍樹は
「ん、そうだな」
とだけ答えた。前は向いているけれど、視線はずっとお母さんを見つめているように見えた。それがなんだか、名残惜しそうに見えて、
『やっぱり、皆で行った方が良かったのかな?でも今日は、特別な日だし……』
と、龍樹の横顔を見つめながら悩んでいると、前を向いたままの彼の手が伸びてきて、私の手を取った。指を絡ませて握ると、私を見て、微笑んだ。温かいその笑顔に、私はもう何度も和まされてきた。
お店は、お客さんでいっぱいだった。どの顔も笑顔で溢れていて、その場にいるだけで幸せな気分になれた。予約をしていなかったら、座れなかっただろう。
席に通されると、緊張しながらコートを脱ぎ、横の席に置くと、龍樹の視線が私に注がれた。
「あ、それ……」
「結構前に着たきりだったから、着れるかどうか心配だったんだけど〜〜」
「麻里、その時から体型もそんなに変わってないじゃん」
「え〜〜?なんで知ってるの〜〜?」
驚いて聞くと、龍樹は肩を落とした。
「おいおい、忘れちゃったのかよーー。俺と麻里が初めて会った日に、着てたんだよ、それ」
「えぇ〜〜?」
「孝宏と夏美さんの結婚式に着てた服だろ?」
「そうだよ〜〜……龍樹も、居たっけ?」
すぐには思い出せず、視線を泳がせていると、龍樹はクスッと笑った。
「ほんと、そーいうとこも変わってないのな!ぼんやりしてたもんな、いつも」
「え〜〜!しっかりしてる時もあるよ〜〜!」
慌てて言い返すけれど、龍樹は楽しそうに笑っていた。そしてその鼻すじのしわを見つめるうち、少しずつ当時のことを思い出してきた。
「そっかぁ〜〜、スピーチでラップしてた人だ〜〜」
「えっ!あっ!ちょっ!思い出すのやめっ!」
急に慌てだす龍樹に笑いながら、私はその時のことを思い出し始めていた。