小さなきっかけ
龍樹は本当に何もなかったかのように、普通に生活をしていた。この一件で、家族の絆も深くなったようで、その上、お母さんの計らいもあって、私も龍樹の家に住むようになった。龍樹を起こしてくれたのは私だと信じて止まないお母さんたち。
まるで超能力でも使ったようだと言われたり、愛の力だと豪語されたり、私の周りもしばらくの間、賑やかだった。
そんな折、龍樹はその喧騒から逃げるように私を外へ連れ出した。
いろいろな騒ぎがあったからか、二人で街へ遊びに来たのが、随分と昔のように思えた。あちこちに電飾の飾り付けがされ、すっかりクリスマスの装いになっていて、初めての街にきたようだった。
「そっかぁ~~、クリスマスだったね~~」
何気無く言うと、龍樹の視線に気が付いた。
「なぁに〜〜?」
「それそれ!」
「なにが~~?」
龍樹は嬉しそうに私の肩を抱き寄せた。キョトン顔で見上げると、龍樹は鼻すじにしわを寄せて
「やっといつもの麻里になった!」
と笑った。
「どういうこと〜〜?」
と言う私の鼻を指先で小突き
「麻里の、そーいうのんびりした喋り方が好きなんだー」
「あ〜〜……」
そう言えば、このところ慌ただしくて、気持ちが落ち着かなかった。それを察して、外に連れ出してくれたのかな?尋ねるように龍樹を見つめていると、足元のブロックの段差につまづき、危うく前のめりにつんのめってしまった。龍樹は私の肩をギュッと抱きしめて、転ぶのを止めてくれた。
「おいおいっ!大丈夫かぁ?ちゃんと足元見ろってー!」
そう言う龍樹の口調は決して怒ってはいなくて、むしろ楽しんでいるようだった。
「ごめ〜〜ん!」
苦笑いをする私の頭を、子犬にするかのようにがしがしと撫で、余計に笑う龍樹。本当に楽しそう。そう思うだけで、私の胸はとても温かくなった。
数日が経ち、私は龍樹のお母さんからそろそろ籍を入れてはどうかと話された。
もう一緒に住んでいるわけだし、生活はすでに夫婦のようなものだったから、私はお母さんたちが良ければと返事をした。
「龍樹も、そう思うでしょう?」
とのお母さんの言葉に、龍樹は少し視線を泳がせた。でもそれはほんの一瞬の事で、すぐに龍樹はいつもの笑顔になって、
「そうだな」
と頷いた。
そのことがあってから、龍樹の表情が少し変わったような気がした。ふと見る無防備な横顔が、どこかさみし気な雰囲気すら感じるのだ。私の視線に気付くとすぐに、いつもの笑顔で首を傾げる。そして、
「あんま、顔見るなよ!恥ずかしいだろー!」
とごまかすように、私を小突く。何かが引っかかるのだけれど、それが何なのかが全く掴めない。きっと彼に聞いても、はぐらかすに違いない。彼の顔を見るだけで、なんとなくその時の心境が読める私でも、そのさみし気な雰囲気の理由だけは全く読み取れなかった。
それ以外はいつもの龍樹で、今朝も人並み以上に朝食を食べた彼は、新婚夫婦のように私にキスをして、出勤して行った。