おかしなふたり
ある日、イオは夕闇の中、寮の裏手にある裏山に向かっていた。
幼稚園から大学院(及び、それに付随した研究機関)を一つの敷地内に内包しているアストラル学園は、なにかにつけてスケールが大きい。この裏山も学園の管理地であるが、ヘタをすれば行方不明者を出しかねない規模の、鬱蒼と木々が茂る原生林であるからして、「裏山」などとは呼ばれていたが、実質的に「立派な山」であった。山の中腹には湖沼があったり、もっと奥にある標高の高い山々を水源とする渓流があったりもする。もっぱらワンダーフォーゲル部やアウトドア同好会(この二者は非常に仲が悪いらしい)、幾つかの文化部(生物部やら野鳥観察同好会やら)が利用し、あとは運動部が体力と根性を養うために活用している程度で、よっぽどの物好きでもなければ、好きこのんで足を運ぶ生徒はあまりいない。
イオは、その「よっぽどの物好き」な親友を持っているので、こうして闇を推して裏山を徘徊するハメになった。懐中電灯を手に、獣道のような林道をブツブツ言いながら進む。
「……まったく……何があるのか知らないけど、8時に裏山に来いって、何なのよっ!?」
イオはつくづく苦労性だ。カリストの妄言や奇行にいつも振り回されているが、結局は文句を言いながらも追従(そして尻拭い)している。バカバカしいとは思っても、なぜかそうせずにはいられないのだ。
「あのバカ、夜ご飯も食べないで先に裏山に行っちゃった……どうせ今頃お腹すかせて死にそうになってるだろうから、おにぎり作ってきたけど……あとデザートのプリンも」
本来なら、こんな時間に鬱蒼とした森を歩き回るなど、とても気分の良いモノではないはずなのだが、なぜだかイオは恐怖は感じなかった。その先にカリストが必ず待っているだろうと確信しているからだ?
「い、いや、バカなっ!? そっ、そういうのじゃないしっ!?」
闇の中、勝手に赤面しつつ誰にともなくワタワタと否定するイオ。いや、そんなこともなくもなくないのだが……。
ややしばらく林道を進むと、やがて森は切れ、草に覆われた高台のような場所に出た。高台の上からは巨大な校舎群を見下ろすことができる。暖かい季節に、アウトドア・アクティビティ同好会とかいう、アウトドア同好会と何がどう違うのか判らない連中が、ここからパラグライダーで滑空しているのを何度か目撃したことがあったことを思い出した。ちなみに、アウトドア同好会はキャンプやトレッキングを主にし、アウトドア・アクティビティ同好会はカヌーやパラグライダーなどのアウトドアスポーツを主にする同好会である。全然違う。
「……たしか、ここだったと思うんだけど……」
イオが周辺を見回してみると、案の定、カリストがいた。カリストは小さなツェルト(登山などで使う小型テント)を立てて、その前に座って固形燃料の携帯コンロに手鍋をかけている。少しボーッとしているようで、イオの到来に気付いている様子はない。
「あ、カリス……」
イオは声をかけようとして、少しだけ躊躇った。携帯コンロの小さな火を見つめるカリストは、薄ほんのりと微笑みを浮かべ、どこか普段と違った方向の、柔らかな表情だった。何をどうすればそんな風に思えたのかと後々イオは撞着することになるのだが、子供っぽさにかけては人後に落ちないはずのカリストの表情は、母性的ですらあった。
「……カリスト……」
控え目にその名を喚び、イオはゆっくりとカリストに歩み寄る。カリストはふと我に返ったように携帯コンロから顔を上げ、イオの姿を確認すると普段通りにニッコリと笑顔を見せた。
「えへへ~♪ イ~オ~♪ こっちにくるとイイよ~♪」
【解説】
サブタイの「おかしなふたり」ですが、正しくは「おかしな2人」です。
UNICORNの名曲ですね。
もしかしたら若い人は知らない可能性も否定しきれないので蛇足ながら補足すると、UNICORNとは奥田民生が所属しているバンドです。
※UNICORNは一度解散しましたが、近年再結成され、現在も(一応)存続しています。
面倒なことになったらイヤなので歌詞は割愛しますが、おおよその(うわべだけの)内容は、ダメ男に不満を持ちつつも惹かれてしまっている女性の一人称視点の詩で、奥田民生が女性的な物腰で歌っていたり、ヤケクソ気味の言い回しが多かったりするので、流して聴いただけだとネタソングに思えます。
また、穿った見方をすれば、共依存的な不健全な関係になっている男女のようにも思えるかもしれません。
が、作詞者はドラムの川西(西川)さんで、当然男性なのですが、女性のシビアさと情の深さが良く表現された素晴らしい歌詞だと思います。
ぜんぜん本篇とカンケーないハナシでしたなー。