家族の肖像
ある日、カリストは自室で自分の家族や家庭環境に関するレポートを書いていた。と、イオが訪ねてくる。
「あ。あんたもそのレポート書かされてるんだ?」
「何て書いたらイイか、ちょとムツカシイねぇ」
「あんた、そういうの得意なんじゃなかったっけ?」
「えへへ~♪」
テレテレと笑うカリストだが、イオはふと気付く。
「っていうかさ……あんた、家族なんていたの?」
フワフワとしていて、どこか浮世離れしたトコロのあるカリストに家族がいるなどとは、なぜかイオは今の今まで考えもしなかった……しかしカリストとて木の股やキャベツ畑から独りで産まれたワケではない。れっきとした父母が存在しているのは当然のことだ。さすがのカリストも少し怪訝そうな顔をして応える。
「いるってば~♪」
「よく考えなくても……そりゃそうよね」
苦笑いして肩を竦めるイオ。
「お父さんと? お母さん? 兄弟姉妹とかいるの?」
「わたしってば、ひとりっこなんだよねぇ……だから、おとぉさまとママだけ~♪」
テレテレするカリスト。
「……どうして父親のことを“お父様”って呼んで、母親が“ママ”なのよ……統一しなさいよ……」
あくまでトンチキなカリストに呆れるイオだったが、カリストは不意に寂しそうに視線を落とす。
「……でもねぇ……おとぉさまもママも、わたしが13歳のころに、わたしを独りに残して、とってもとっても遠いトコロに行っちゃったんだよねぇ……」
「……え……?」
「ウチってば、おじぃちゃんもおばぁちゃんもいないし、シンセキのヒトもいないし、だから、大人になるまで全寮制のアストラル学園に入園することにしたんだよねぇ」
それを聞いたイオは、激しく後悔した。今まで「カリストに肉親などいない」と感じていたのは、カリストのキャラクタもさることながら、それを明言することをカリストが忌避していたからなのではないだろうか? そう考えると、いつでも妙に上機嫌で、少しばかり間が抜けているカリストの風変わりな性質が、痛々しいまでに健気に思えた。
「……そ、その……ゴメン……」
「ふぇ? ……だいじょぶだよ~♪ 学園にいればイオだっているし、ぜ~んぜん寂しくないよ~♪」
努めて朗らかなカリスト。その衒いの無い笑顔に、ますます心苦しさを感じるイオ。カリストをバカだバカだと罵っていた(それは好意の裏返しだと知りつつも)自分が情けなく思え、と同時にカリストが随分と立派に見えた。そんなカリストに何とも言えない「やり切れなさ」を覚えたイオの思考は少し飛躍する。
「あんたさ……学園を卒業したら、ウチに住まない?」
「ふぇ?」
「っていうか……その……なんだったら、私のパパに頼んで養子にしてもらうとか……」
「えへへ~♪ そしたら、わたしってば、イオのいもぉとになるんだねぇ♪」
不思議そうな顔をしながらも嬉しそうに笑うカリスト……まんざらでもないようにイオには感じられた。
「その……良かったら、ちょっと真面目に考えてみてよ?」
「そいじゃ、おとぉさまとママに相談しないとダメだよねぇ?」
「そ、そうね……もし本当にそうなったら、墓前に報告とか、したほうがイイと思う……」
「んう~ ……国際電話ってば、おカネかかるんだよねぇ」
それを聞いたイオは思いっ切り腰が砕けた。
「はあっ!? ええっ? なにそれ? ええっ? あんたの両親って……死んだんじゃないの!?」
「ふぇ? まっさか~♪ 生きてるってば~♪」
イオが勘違いしていたことに気付かないまま、カリストは笑顔で手を振る。
「おとぉさまってば、えと、タイシカンのヒトなんだよねぇ」
「タイシカン……って、大使館職員? お役所の人なの!?」
カリストが言うには、小さい頃は父母と一緒に海外で生活していたのだが、カリストも年頃になり、そろそろ落ち着いて勉強や生活をする必要があったため親元を離れて単身帰国し、父母も安心して預けられる全寮制女子校のアストラル学園に入園したというのが事の真相らしかった……もっともイオが勝手に誤解しただけのハナシなのだが。
「っていうか……あんたのクセに帰国子女だったなんて……知らなかった……」
「えへへ~♪ でも外国語ってば苦手なんだよねぇ……」
「何が、苦手なんだよねぇ……よっ!? まったく……紛らわしい!」
「えと、さっきの、イオのおウチの子になるってハナシだけど……」
「はぁ~!? なに言ってるのよっ! そんなのナシに決まってるわよっ! 冗談よっ!」
顔を真っ赤にしながら言下に否定するイオだったが、カリストは首を傾げる。
「んう~? ずっとずっとイオといっしょにいられると思ったのになぁ……」