やっぱり
ある日、カリストは放課後に当て所もなく高等部棟の中庭を散策していた。クラス委員の寄り合いがあるためイオは不在で、他には誰も構ってくれるヒトがいないため少々退屈しているのだった。
そうなのだ、朗らかで毒にも薬にもならないカリストはクラスではそれなりに人望と人気を博してはいたが、その奇抜な言動と幼稚すぎる性格から、プライベートで付き合ってくれるクラスメートは皆無に等しい。イオだけが、カリストに追従できる唯一の存在と言えた。
そのイオにしたって、中等部の3年間を同じクラスで過ごしたものの、高等部に進んだ際についにクラスが別々になってしまい、カリストは(そして恐らくイオも)薄いムネが潰れんばかりに残念がったものである。カリスト自身はあまり深く考えたことはなかったが、そういう意味では友だちと呼べる存在はイオしかいないのであった。とは言え、生来のんきもののカリストは、イオ以外に友だちらしい友だちがいないことを特に寂しいとは感じていないらしい。
だからといって、イオ以外の在校生に興味がないかといえば、まったくそんなことはなかった。現に今、中庭の池のほとりのベンチに座って何かを熱心に素描している女子生徒にカリストの興味は向けられつつある。カリストはカリストなりに気を遣いながら静かな足取りで近寄り、その女子生徒と少し距離をとってベンチに腰掛けた。女子生徒はカリストが隣に座ったことに気付き一瞬だけ鉛筆を止めたが、顧みることもなくそのまま素描を続行する。
「えへへ……こにちは~♪」
カリストは控え目に声を掛けてみる。それなりにデリカシーのあるカリストは、その女子生徒が何を素描しているのか強いて覗き見るような気にはならなかったが、あちらはあちらで作品を隠すような素振りも迷惑そうな素振りもない。カリストに比べると遙かに背も高く、スタイルも大人っぽい生徒であったが、制服の袖章は赤と紫の帯に銅刺繍なので、カリストと同じ高等部1年生なのは間違いないだろう。ただ、万年筆と羊皮紙をモチーフにした襟章から、どうやら普通科ではなく、芸術科の生徒であるらしかった。1年生だということを踏まえると、相当にメリハリの利いたグラマラスなプロポーションをしており、カリストが常識はずれに子どもっぽすぎることを差し引いても、にわかには同い年だとは信じがたい。
ややしてから、それでも素描の手を休めることも顔を向けることもなく、唐突にアイサツが返される。
「……こんにちは」
「えへへ~♪ わたしカリストよろしくねっ♪ 普通科1年B組だよっ♪」
カリストはすでに定型文になってさえいる自己紹介を淀みなく行うが、あちらはウンもスンもなく素描を続けている。またしばらくしてから、やはり手を止めず顔も向けず、問わず語りのような口調で返してきた。
「私はデスピナ。芸術科1年絵画コース」
「そなんだ~♪ 芸術科なんだ~♪ お絵描きじょうずいねぇ♪」
朗らかに笑うカリストに、デスピナはこれといった反応は示さなかったが、それでもちらりとカリストに対して初めて視線を向けてくれた。
「デスピナちゃんってば、わたしとおなんなし歳なのに、スタイルも良くって、大人っぽくて、羨ましいなぁ♪」
「……私、きっとあなたよりも1歳年上だと思う……出席日数が足りなくて留年してるから」
特に何というわけでもなく、さらっと告げるデスピナ。カリストは少し申し訳なさそうに首を引っ込めた。デスピナは恐縮するカリストを尻目に、鉛筆を片付け、スケッチブックを閉じる。それからついにカリストに向き直り、依然として淡泊な口調で告げた。
「別にあなたは気にしなくても良いわ。身体の弱い私が悪いだけだから……それよりも、あなた、やっぱり思っていたとおりの優しい女のコなのね。私のこと、褒めてくれてありがとう。それじゃ、また」
デスピナは少し唖然としているカリストに構うことなく一方的に告げると、さっさと立ち去ってしまった。カリストは中庭を抜けて去っていくデスピナの背中を黙って見送っていたが、ふと我に返り、満面の笑顔でその背に手を振った。
「えへへ~♪ そいじゃね~♪ ばいば~い♪」