よくある例の連中
ある日、イオは生徒会執行部に至急出頭するよう、召喚命令を受けた。
「せせせ生徒会っ!? ししし執行部っ!?」
厳格ではあったが、一方で自由な校風のアストラル学園は、校内の規律に関しては自治するよう定められている。特に「子どもと大人の中間」にある高等部では、社会性や組織の一員としての素養を学ぶために生徒ら自身が率先して自治できるよう、ことさら教員からの指導や指示は極力行われないようになっていた。その結果、アストラル学園に限った話ではないが、生徒会執行部が(善し悪しは別にして)恐ろしいほどの権限と権力を持つこととなったのである。
「ななな何も悪いことしてないのにっ!?」
執行部の召喚されるのは、もちろんイオにとっては初めての出来事だ。滅多なことではない。が、その大半は学業が不振で改善の余地が見られなかったり、あまりに他の生徒とイザコザが多かったり、生活態度が悪かったり、等々、問題のある生徒に対する指導である。時にそれは実質的に自主退校を勧告されるに等しいのだ。
イオは気を落ち着かせるためにブツブツと自分に言い聞かせながら、執行部へ向かっていた。
「だ、大丈夫。高等部に上がってから点数が落ちた教科はひとつもないし、クラス委員長の寄り合いにもサボらないで参加してるし、無遅刻無欠席無早退だし」
ただ、正直なところ、幾つかは不安要素はあった。と言っても、まったくイオ自身の問題とも言えない部分なのだが……。
アストラル学園高等部自治生徒会執行部執務室。正式名称のプレートが掲げられた重厚なドアの前にイオは敢然と立った。周囲には誰ひとり生徒の姿は見えない。好きこのんでこんな場所に近付こうとする生徒はいないのだ。イオは少しでも緊張と恐怖を振り払うため、カリストのことなど考えてみる。
(あのコなら、こんな時でも全然緊張しないんだろうなあ)
勇気を振り絞ってドアをノックすると、まるでノックすることが判っていたかのように即座に声が返ってきた。
『お入りなさい』
「は、入ります。失礼しますっ!」
イオはドアノブに手を掛け、ドアを開ける。チラッと室内に目を走らせたが、コの字型に巡らせたガッチリとしたテーブルの奥向こうに、ひとりだけ生徒が座っているのが判った。
「ふ、普通科1年D組、学籍番号87-64995-124546、イオ・リンデル、しょ、召喚に応じて出頭しましたっ!」
イオは軍人のように姿勢を正し、顔を思いっ切り上げて名乗る。少しの沈黙の後、なぜか小さな含み笑いが聞こえたような気がした。
「……そこへお掛けなさい」
着座を促されて初めて、イオは相手の顔を見た。何歳なのか判らないが、恐ろしく幼く見える。カリストも相当に幼く見えるが、そんな比ではなく、間違いなく初等部高学年程度の外見だった。ただし、幼いながらも何というか……高貴さと高慢さが伺える非常に美しい容姿ではある。制服の袖には執行部員を示す赤い腕章と、特待生であることを示す黒地に銀刺繍の袖章が巻かれている。赤い腕章も恐ろしいが、それよりも黒と銀の袖章の方が遙かに圧迫感があった。この学園の特待生は高等部から設定されているのだが、イオが知る限り、現役では数人しかいないらしい。特待生は高等部に籍を置きながら、実質的には大学部で学んでいるので、ほとんど目撃されることはないのだ。襟章は百合と薔薇をモチーフにしており、本来なら襟章は学科や学部を示すものなのだが、この場合は特定の学科に属していないという意味になる。
「……これがそんなに珍しいかしら?」
「あ! あ、いえ」
イオは気後れしながらも、指し示されたイスに座る。周囲をテーブルに囲まれているため、なんだか裁判所の被告席のように感じられた。
「私はリリケラ。自治生徒会執行部執行部長。生徒会長は本日は所用で席を外しているけれども、判りやすく言うなら、そうね……生徒会長が総理大臣だとしたら、さしずめ私は官房長官といったところかしら……うふふ」
リリケラと名乗った執行部長は面白そうに嗤うと、イオの全身を値踏みするようにゆっくりと眺める。
「あ、あの……今日はいったい……」
「……そう。そうね。高等部に上がってから約半年、あなたの動向を見ていたのだけれども、学業、品性、交友、いずれも素晴らしいわ。部活動で目立った成果を上げられていないのは残念だけれども……うふふ……硬式野球部では仕方のないことかしら?」
「あっ!? いえ、その、部員が思ったように増えなくて……私の努力不足です」
「そういう生真面目な部分も私は評価しているの……うふふ」
そしてリリケラは少しだけ表情を厳しくする。
「召喚したのは他でもないわ。あなたを学年総代に推挙しようかと思っているのだけれども如何かしら……といっても、あなたは拒否できる立場にないのだけれども」
「は、はあ……って、総代っ!?」
学年総代と言えば、要は学年首席だ。学年で最も優れた生徒だということになる。
「本来なら私が総代を務めるべきなのだけれども、慣例として執行部員は学年総代にはならない内規があるの。なので、私の代理としてあなたに任せようと思ったのだけれども……うふふ」
学年総代の任期は半年で、成績やなんかの都合で他の生徒に入れ替わることもある。しかし、アストラル学園で総代になったという実績があれば、進学や就職に途轍もなく有利に働くだろう。何より両親に喜んでもらえる。イロイロ大変なことも増えるかもしれないが、願ってもいないチャンスだった。
「……満更でもなさそうね。安心したわ。本件は執行部で審議した後に正式決定されるから、その時にまた改めてお話ししましょう。うふふ……私のイオ、それまで、ごきげんよう」