神様の気まぐれ
--ごしゅじん。ごしゅじん。
「うん?」
午前五時半、夜明け前。
ベッドの中のぬくもりを感じていたい時間帯。まだおきるべき時間じゃない。
--ごしゅじん、ごしゅじん、きいてほしいにゃ。
頭に響いてくるような、声高で舌足らずな声がどこからともなく聞こえてきて、
ああ、寝ぼけているんだな、などと無駄に冷静な自己分析を終えて掛け布団のなかに顔をうずめる。
すると、僕のちょうどお腹のあたりにあった生体カイロが爪を立てて僕の顔をひっかいた。
「いたっ・・・もう・・・ごめんよう・・・・・」
--ごしゅじーーーーーん!!おきるにゃ!!!
「起きたくない。僕がそう簡単に起きるとでも・・・」
--えいっ
「痛いっ!!もう、なんだよーう・・・」
錘でもぶら下げているんじゃないかと思うほど重たいまぶたを重量挙げの心境で持ち上げ、
うっすらと確保された視界から生体カイロの丸まった背骨をなでるようにして体に密着させて抱く。
半分以上寝ている脳みそを少しでも休ませようと、体が眠りを要求する。
うとうと・・・。
我慢できずに目を閉じる。
--ボクがしゃべってるこえはきこえてるにゃ?
まだ変な声が聞こえる。
寝ぼけているに違いない。
それとも、起きてる気になっていてこれは夢かもしれん。
声を出すのも億劫だが、また引っかかれるのは嫌だしなぁ。
「んー・・・・聞こえてるよーう」
--ふしぎがったりしないのにゃ?
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。これが天啓というやつかー・・・」
--あるいみめんどうくさくなくてたすかるにゃ。ぺーじすうのさくげんにゃ。えこにゃ。
「うん?・・・用が済んだらお静かにー。レム睡眠に向けて爆睡中・・・」
--きくにゃ。ごしゅじん。えいっ。
「つっ・・・いたいって・・・・もー・・・暴力的だなー・・・・なんだい?」
--いっかいしかいえないからきをつけてきくにゃ。
--ごしゅじん。『きいろいいえをおだいじに』。
「あーい・・・。了解しやしたぁー・・・・・・・・・」
--あれ、こまかいことはきかないのにゃ?
--って、もう寝てるにゃ!!
--・・・・・・しょぼーん(´・ω・`)ボクもねるにゃ・・・・。
古めかしい目覚まし時計をご存知だろうか。
時計の上にベルが2つついていて、
小さなかなづちの様なものがベルとベルの間に鎮座し、
活動時間になると、そのかなづちが突如暴れん坊将軍のように左右に頭を振り、
振りすぎた頭が両隣のベルに接触し、金属音をけたたましく鳴らし続ける。
そんな目覚まし時計のかなづちの健気さに魅力を感じ買ったことを今では後悔している。
五月蝿い。
とにかく、五月蝿いのだ。
近所迷惑極まりない。
少し接触するだけで十分な音がでるであろうベルへ向けられたかなづちは、
その勢いでベルをへこましてやろうとでも思っているかの如く一心不乱に両隣のベルを全力で叩き続ける。
その姿はまるで、ストイックなボクサーを髣髴とさせる。
そんな敬意を示し、この目覚まし時計には「ミスター・デンプシー」と名づけた。
そのミスター・デンプシーの嘶きをいさめ、顔を洗ってパンを焼く。
その間に着替えて焼かれたパンにかじりつきつつ、寝癖を直す。
寝起き時に寝ぼけてつけたテレビが、今日の天気は雨だと根拠の無い予報を述べていた。
歯を磨いて鏡をのぞいて最終チェック・・・・おっけい。
キッチンの下からキャットフードを取り出し、
猫用の皿に適当な量をざっと流し込む。
するとゆったりとベッドから降りてきた生体カイロは餌のにおいをかぎつけて近寄ってきた。
「いってきます。」
にゃーーーん、と。まるでいってらっしゃいと返事をしてくれたような気になって、
驚き半分ながら少し顔がほころぶ。
鍵をかけて、アパートの階段を急いで降りる。
携帯を開いて時刻確認。
うん、いつもどおり。
ぎりぎりだ。
肩掛けバッグを袈裟懸けにして、駅までの徒歩10分を5分で駆け抜ける。
商店街に出ると、この時間でもぽつぽつと開いている店がある。
個人商店のケーキ屋は「クリスマスセール!今年のクリスマスはチーズケーキが熱い!」などと、文脈の意味がわからない垂れ幕をさげ、
でかでかとサンタの家をイメージしたような形のチーズケーキの写真が印刷されている。
誰が喜んでチーズケーキをそんなに食うのか・・・。
せめて売り出すならブッシュドノエルにすればいいのに。
などと思っているうちに通りに人の数が増えてきて、
行きかう人々の間をすり抜けるようにして走り、
なんとか予定通りの電車に乗り込む。
安心して大きく深呼吸。
僕がかけこんで乗った満員電車の外では、
大きな黄色いスーツケースを持った女性が残念そうにホームに立っていて、
ちらっとだけ目があった。
綺麗な人だったなぁ、なんて思っているころには大学の最寄り駅につく。
ここからはいつもどおり学校に行くだけだ。
行くだけなんだが。
駅前のロータリーの信号待ちで、
となりにたったおばあちゃんがとんでもなくでかい風呂敷包みを持っている。
両手で抱えるようにして持っているのだが、
荷物に高さがあるため前が見えてないんじゃなかろーか。
手を差し伸べるべきか思案していると、
信号が青になる。
おばあさんは進まない。
周りの人々が次々におばあさんを追い抜いていく。
それに気づき、おばあさんもゆっくりと信号を渡る。
だめだ、見てられねェ・・・。
「おばあさん」
「はいー?」
「前、見えないでしょ。もったげるよ」
片手で包みを持ち上げると、意外や意外。ずっしりと重量感がハンパネェ!
おもっ!
落としそうになって、あわてて両手持ちにして、おばあさんとともに道路を渡る。
「すみませんねぇ、ありがとうございました」
ほっこりと休まる表情で、温和なおばあちゃんはお礼を言って受け取ろうとする。
「おばあさん、どこまでいくの?」
「この裏手に私の家があるんです。今は帰るところなんですよ」
「じゃあ、持ってってあげるよ」
「あらあら・・・学生さん?時間とか大丈夫なの?」
「うん、平気平気」
って、こんな重いのお年よりに持たせるわけにもいかないし、
乗りかかった船ってやつだよね。
そしておばあさんと談笑しながら歩いていると、ちょうど手が痺れだした頃におばあさんの家に到着。
「何もありませんが、お茶ぐらいご馳走になって」
「はぁ・・・それじゃ、お願いします」
正直、手がしびれているし、重かったので短時間とはいえ疲れた。
ここまでよく一人でこのおばあさんは持ってきたもんだ。
「ふふふー」と顔をほころばせながら対面してすわり、お茶をすする。
そしておもむろに持ってきた風呂敷包みをあけ始めた。
中から現れたのは、
お人形遊びに使いそうなハウスセット。
サッカーボール。
二つとも、おばあさんなりに一生懸命探してきたんだろう。
ハウスセットのパッケージには、いかにもメルヘンな動物たちが描かれており、
限定カラーで屋根が黄色いところが気になった。
サッカーボールは、デザインが一昔前のものだがしっかりとしたものだ。
そして10kgの米袋が2つ。
そりゃ重いはずだよ・・・・。
「孫がね、今日遊びに来るんですよ」
やさしげなまなざしで、自分で選んだであろう二つのおもちゃを取り出す。
「クリスマスだから何か買ってあげたくて。でも今の子には何を買ってやったらいいかわからなくてね。誰にも相談することもできなくてね。喜んでもらえるかしら?」
「喜んでもらえますよ。きっとね。」
するとおばあさんはやさしく笑ってくれた。
その後、遅刻して学校に入り、追加で出されたレポートに頭を悩ませながら帰宅。
提出日が明日じゃないことだけが唯一の救いだ。
飯を作るのも面倒だなぁ・・・と思いつつ、
キャットフードを皿にざーっと適当に流して、簡単に料理を作る。
作ったパスタをちゅるちゅると胃に滑り込ませて、
風呂から出てきたら全身を異常な疲労感が襲ってきた。
だるいなぁ、などと思っているうちに自然と体がベッドの中へ。
--ごしゅじん。ごしゅじん。・・・・・・えいっ。
「いたっ!・・・なんだよーう・・・・・・・」
また変な声が聞こえる。
寝ぼけているに違いない。
それとも、起きてる気になっていてこれは夢かもしれん。
声を出すのも億劫だが、また引っかかれるのは嫌だしなぁ。
「・・・なんだい? まだ朝5時半じゃないか・・・・」
--かみさまからのけっかはっぴょうにゃ。
「うーん・・・・・なんの話?」
--いいからだまってきくにゃ。えっと、ごしゅじんはきのう、ふらぐ3をかいしゅうしたにゃ。
「かいしゅう・・・改修?・・・・・あぁ、回収か」
--そうごうてんは「まあまあ」だそうだにゃ。ほうしゅうはほんじつうけとることができるにゃ。
「そりゃあ、ありがたいねぇ・・・・」
--きいてるんだかきいてないんだかわからないりあくしょんにゃ・・・・。
--ちなみに、じかいはまだみていにゃ。かみさまのきがむいたときにまたおこなわれるにゃ。
--・・・・・・しょぼーん(´・ω・`)ボクもねるにゃ・・・・。
「んー・・・・・おやすみ、アンゲロス」
純白の飼い猫の名を呼ぶと同時に深い眠りについた。
次の日、いつもどおりミスター・デンプシーに起こしてもらい、
アンゲロスの餌をざーっと皿に流し込み、
いつもどおりの準備をして「行ってきます」となんとなく声を出し、ドアを閉める。
するとドアの向こうで餌にがっついてたはずのアンゲロスが「にゃーーーん」と一声泣いた。
あいつなりの返事をしているつもりなのかもしれないと思うと少し気持ちが暖かくなる。
いつもどおり駅まで走って、いつもどおりの電車に乗った。
すると、駅を降りたときにいつもと違う風景がひとつ。
昨日のおばあさんが立っていた。
今度は小さな風呂敷包みを持って。
「あらあら、昨日の」
「おばあさん・・!どうしたの?」
「あなたを待っていたんですよ。はい、これ。つまらないものですけどね。昨日はありがとう。孫たちもとっても喜んでくれたわ」
今は12月だ。しかも朝は冷える。
おばあさんは寒くないと言っていたが、風呂敷包みを受け取る際に触れた手は冷たかった。だから、おもわず握り返してしまった。
「あらあら・・・暖かい手をしてますねぇ」
「あ、学校、いかなくちゃ」
「足止めしてすみませんねぇ・・・いってらっしゃい」
そんな風におばあさんはにっこりと笑った。
学校についてから、おばあさんから受け取った風呂敷包みを広げると、
中にはおにぎりが4つ入っていた。
講義が始まる直前だったので迷ったがひとつだけ食べてみることにした。
ぱくり、もぐもぐ。
「あはは、やっぱり梅干だ」
僕がかじり付いたおにぎりの面から、少しかじられた赤い実がこっちをのぞいていた。