第30話 絶対に君を守る
美術館デートが終わり詩織と別れた後、ぼくは急いで駅前に向かった。すでに夕方で、空が薄暗くなり始めている。
ファミリーショップ田中は確かに存在した。小さなコンビニで、照明も薄暗い。店内を覗くと、確かに陳列棚に商品を並べる佐伯みのりの姿が見えた。
ほかに客の姿はいないようだ。
ぼくは安堵の息をついた。みのりは無事だった。やつれているようにも見えるが、怪我はしていないようだ。
しかし、どうやって声をかけよう? 客として入店するのが自然だろうか。それとも、閉店まで待って外で声をかけるべきか。
ぼくが迷っているうちに、みのりが商品から顔を上げた。そして、店の外から眺めるぼくと目が合った。
みのりの表情が驚愕に変わる。そして、すぐに恐怖の色が浮かんだ。
みのりが小さく首を振る。「来ないで」という意味だろうか。
しかし、ぼくは意を決して店内に入った。
ぼくが店に入ったのを確認し、みのりが店の奥に逃げ込もうとする。
「待って!」
逃げるみのりの腕をつかみ話しかける。
「佐伯さん、無事でよかった」
ぼくは安堵の気持ちを込めて言った。
「なんでここにきてしまったの?ダメなのよ、私には近づかないで!」
みのりが慌てたように暴れて手を振りはらおうとする。力を入れたら折れてしまいそうな細い腕を傷めないように、しかししっかりとつなぎとめる。
「大丈夫、ぼくがなんとしても君を守るよ」
彼女の背をレジカウンターに向け、逃げられないように押さえつける。問い詰めるのは今しかない。
「君もこのゲームのことを知っているんだろう?」
みのりの表情が強張る。やはり、彼女もこの世界の異常さに気づいているのだ。
「ぼくはあの三人のだれとハッピーエンドになっても殺されてしまう。君の存在だけがイレギュラーなんだ。君とハッピーエンディングを迎えられれば、ぼくも君もこの世界から解放されるかもしれない。このゲームから抜け出すために協力してくれないか?」
「駄目よ、シナリオは変えられない」
みのりが絶望的な表情で首を振る。
「すでに物語はシナリオから大きく逸脱しているはずだ。ぼくらが助かるにはシナリオに描かれていない新しいエンディングを創造しなくちゃならない、君とならそれが可能だ」
ぼくはそのまま、みのりを抱きしめた。
「ダメなの、だって私は……」
みのりが何かを言いかけた時、店のドアが勢いよく開いた。
*
「創太!」
振り返ると、小鞠が立っていた。その表情は普段の明るさとは正反対の、狂気に満ちたものだった。
「なんでここに……」
腕の中みのりが恐怖に震えるのを体全体で感じる。深夜のコンビニの中でみのりを抱きしめている姿を見られてしまったのだ。言い逃れはできない。
「詩織ちゃんの言うとおりだった、創太はあんな女のことなんかもう忘れたと思ていたのに……」
小鞠が低い声で答える。
「まさかこんな現場を見ることになるなんて」
小鞠の手には、いつの間にかカッターナイフが握られていた。
「この泥棒猫!」
小鞠が突然、みのりに飛びかかる。
ぼくはみのりを抱きしめたまま転がるように小鞠の攻撃を避ける。空を切ったカッターナイフの刃がレジのカウンターに突き刺さり、乾いた金属音を立てて刃が折れた。
「創太、なんでそんな女をかばうの」
刃を失ったカッターナイフを放り捨て、二人を捕まえようと小鞠が迫る。カッターナイフを失ったとは言え、小鞠の腕力はそれだけで立派な凶器だ。
ぼくらは命からがら店の外に逃げる。
「小鞠、やめろ!」
狂気に満ちた瞳でぼくらにじりじりを近寄ってくる小鞠。必死に声をかけるがぼくの声は届かない。
店の中の小鞠に意識を集中していたぼくの背後から、別の声がかかる。
「創太、あなたが私達とデートしていたのって、私達の意識をそこの泥棒猫から遠ざけるためだったって、ホント?」
薄暗い街灯に照らされる駐車場に立っていたのは舞美だった。
抑揚のない声で語り掛けてくる舞美の手には、街灯に照らされ怪しい光を放つ包丁が握られている。
「創太、あなた私を騙していたのね……殺してやる、創太も、その女も、全部!」
包丁の切っ先をこちらに構え、舞美がじりじりと近づいてくる。舞美の動きに気を取られ店の中の小鞠への警戒が緩んだ。
その隙をついてとびかかった小鞠がみのりの黒く長い髪をつかむ。
「つかまえたぁ」
ぼくの胸からみのりの体が引き離される。
「い、いたい……」
髪を引っ張り、みのりの体は地面に引き倒された。その上に馬乗りとなった小鞠がみのりの細い首に腕を伸ばす。
「やめろ!」
小鞠を背後から羽交い絞めにするように抑えるが、この小さな体のどこにそんな力があるのか不思議なくらい強力にみのりを締め上げていく。ぼくの力ではその拘束をわずかに緩めることすらできない。
「わ、私を無視しないで!」
舞美の悲痛な叫びが響きわたり、ぼくはわき腹に何かがぶつかったような衝撃を感じた。ゆっくり振り返ると、すぐそばに舞美の泣きじゃくった顔がある。
同時に灼熱の棒を差し込まれたような激しい痛みがぼくを襲う。
自然に視線が舞美の顏から下に降りていく。
舞美の白いワンピースは赤い斑模様に染まっていた。
それがぼくの体から噴き出した血しぶきのせいだとわかると、急に体の力が抜けていく。立っていることができない。
ぼくは地面に転がり、その時やっと舞美に刺されたのだと理解した。




