偽花嫁を送りつけられた皇帝ですが、返品していいですか。
「破談で」
謁見の間に現れた姫君を見るなり、俺はそう宣言した。
姫君は真っ青になり、そのすぐ後ろに控えていた姫君の護衛騎士も顔をこわばらせた。
「どうして……!」
「いやどーもこーもないでしょ。俺がルミナス国に出した『第一王女を嫁に差し出せ』っていう要求に、別人寄越してるんだぞ。普通に破談だわ」
婚姻を利用した体のいい人質なのだが、実はこれもかなり温情をかけた要求だったりする。
ルミナス国の兵が、我がオスキュリテ帝国の土地に攻め込んだのが半年前。鉱山の利権を狙ったその侵略行為に報復し、逆にルミナス国の領土を奪い取ったのが三か月前。領地の一部割譲と、第一王女との婚姻を条件に和睦したのが一か月前。
そしてついに第一王女が到着したと聞いて、会ってみたら全くの別人が立っていた。
なめてんのか、ルミナス国。
「俺が要求したのは現国王、アッホーの娘ミリシラだ。っつーかそもそも君は誰なの」
姫君(?)はびくっと身をすくませた。
護衛騎士が姫君を守るようにして前に出る。なんでお前が睨んでくるねん。
「恐れながら……リーリア様もまた、ルミナス国の王女にあらせられます」
「国王の娘はミリシラひとりだと聞いているが?」
「リーリア様は前国王、つまりアッホー陛下の兄君の忘れ形見なのです」
「あそこは兄から弟への継承だったな。そういえば」
つまり、俺が要求したミリシラの従姉にあたるわけだ。
「どちらも王族の直系であり、血の濃さは変わらないから『王女を寄越せ』という要求には答えている……って話になるわけないだろ!」
俺は護衛騎士の詭弁に全力でつっこんだ。
「あのね、この婚姻の目的は『人質』なの! アッホー国王に『娘が殺されると困るから、戦争なんてやめとこ』って思ってもらわなくちゃ意味がないの。王国で虐げられてる不要な姫君送りつけられてもダメなの」
不要、と聞いて護衛騎士の目が吊り上がる。
「リーリア様を不要だなどと……」
「いやいや、どー見ても虐げられてるじゃん」
俺は改めてリーリア姫を見た。
彼女は不自然なほどに細身で小柄だった。ドレスに装飾はほとんどなく、生地は擦り切れほうだい。手袋もしていない手先は荒れてガッサガサだった。結ってごまかしているけど、髪もかなり傷んでいるだろう。
「一国の王女が着古したドレスで嫁入りって時点で異常事態だろ。さっき侍従から報告があったけど、荷物は最低限の下着が入ったトランクひとつ。お付きもそこの護衛騎士ひとりなんだって? これで『戦争抑止力になるくらい大事な姫』とは誰も思わんよ」
「く……」
悔しそうに護衛騎士が俯く。リーリア姫も目に涙をためた。
「要するにルミナス国王は、国同士の約束事に『偽物送りつけてオッケー』ってナメた態度取ってんのよ。これ、一国の皇帝がはいそうですかって受け入れていいと思う?」
「……ダメ、ですね」
リーリア姫がか細い声で答えた。
「うん、ダメ。絶対ダメ。さっきから被害者面してるけど、自分が求められた姫じゃないってわかってて来たのなら君も共犯だよ。皇帝を騙そうとしたってことで、今ここで無礼討ちされても文句の言えない状況だからね」
「待ってください、リーリア様は命令されて仕方なく!」
護衛騎士が気色ばむ。
俺はひらひらと手を振った。
「はいはい、強要されたんだなってのはわかるから、さすがにそこまではしないって。とはいえ君たちを帝国に置いておけないから、ルミナス国に返還ね」
「お待ちください!」
護衛騎士が割って入った。お前に発言を許した覚えはないぞー。姫君が大事なのはひしひしと伝わってくるけど。
「ご指摘の通り、リーリア様はルミナス国王に虐げられています。破談だからとこのまま国に帰されては殺されてしまいます」
「それは君たちの都合でしょう。なんで俺が気にしなくちゃいけないわけ?」
「……!」
他国の皇帝なめんな?
「この国に姫君を置いておいたら、『偽花嫁を受け入れた』ってことになっちゃうでしょ。報復戦争の大義名分が成り立たなくなるじゃない」
送りつけられた偽物は、きっちり返品しないと。
姫君は目を丸くした。
「戦争? どうして……」
「和平の条件が破られたんだ、報復は当然の話だろう。むしろここで何もしなかったら、俺は周りから間抜けな腰抜け、とナメられることになる」
国政において、メンツは大事だ。俺がやられたらやり返す皇帝だ、って知ってるから周りの国は攻めてこない。俺が最高にかっこいい皇帝だって信じられるから部下がついてくる。
ナメられたら死ぬ、は比喩表現じゃない。
事実だ。
「というわけで、姫君と騎士は母国にお帰り願おうか」
「お……お待ちください!」
リーリアが必死に食い下がる。
おお、意外に根性がある。
「戦争が起きればまた命が失われます。私があなたに嫁ぐことで、収めることはできませんか」
「無理。人質の価値がない姫を娶っても意味がないから」
「……っ」
すっぱり断ると、姫君が泣きそうな顔になった。それを見て護衛騎士の目が吊り上がる。
「俺だって戦争はしたくないよ。どれだけ作戦を練ったところで、自国の損失ゼロで勝つのは不可能だから」
「それなら……」
「さっきも言ったけど、報復しないでいたら、マジでまずいんだよ。だいたい、君は俺を戦争がしたい暴君みたいに言うけど、仕掛けてきたのはルミナス国王だからね? 姫を差し出したら許してやるって言ってるのに約束破られて困ってるのはこっち」
姫君は目に涙を浮かべて、俯いてしまった。護衛騎士が心配そうに寄り添う。
「あとねー、政治的な問題をぬきにしても、君を俺の妃とするメリットがないんだよね」
「無礼な……!」
護衛騎士が目をむく。
いや君には最高の美少女に見えてるのかもしれないけどね? 俺にとっては初対面の痩せた女の子なのよ。
「まず、妃としての資質ね。現国王からの冷遇があったとしても、前国王の娘として王宮内で人脈を作れず冷遇されるままだった子に、権謀術数が飛び交う帝国の社交界は向いてない。国際問題なのに自分が嫁げば偽花嫁問題が片付くと思うくらい、政治的センスもない。これなら、性格が悪くても保身のために思考できるぶん、まだミリシラ姫のほうがマシだよ」
「あれがリーリア様より上だなどと」
だから護衛騎士の評価はいらんて。
「次に財産的な話ね。君はここにトランクひとつで来た。ドレスも持参金もなしだから、娶るとなったら下着から小物まで何もかも全部俺が用意しなくちゃいけない。皇帝の妃だから相当な額がかかるだろう。だけどそんなムダ金は使えない」
「妃にかける金が無駄とおっしゃるのですか」
護衛騎士はまたぎろりとこちらを睨む。
妻を大切にしない最低男とか思われてるのかなー。完全に誤解なんだけどな。
「文句は、ルミナス王に言ってよ」
「どうしてそこで王の名前が出てくるのですか」
「だって俺、すでに賠償金を大幅にまけてあげてるもん。花嫁の支度金の名目で」
「……!?」
ついに護衛騎士も絶句してしまった。
「それでさらにお金使ったら、支度金の二重払いじゃない。さすがに議会から承認が降りないよ」
「あのクソ国王……」
護衛騎士の口から聞いちゃいけない言葉がもれでた気がするけど、聞かないことにしよう。
他国の問題だしね。
「で、これはやや失礼な話になるかもしれないけど、女性には金も社交性もなくてもできる、女としての仕事があるよね」
「お世継ぎ……ですか?」
「そう。子供を産むこと。健康な男児を産むことさえできれば、他の責務が免除されることがある。……でも」
俺は改めてリーリア姫を見た。
彼女は痩せていた。異常なほどに。
「君、何年にもわたって栄養状態のよくない生活をしていたでしょう? 健康な女性でも子供を産むのは命がけなのに、こんなに体調の悪そうな子に、子供を産んでくれなんて言えないよ」
「それは、そうですね」
リーリア姫はぎこちなくうなずいた。自分の体が丈夫でないことは自覚しているようだ。
しばらく療養させるって選択肢もないわけじゃないけど、思春期に栄養不足だったのはやっぱり心配だ。
世継ぎ必須の皇帝の立場で出産に不安のある妃はちょっとなあ。
「というわけで、お世継ぎ係としてもメリットがないんだ」
この件に関しては、護衛騎士からにらまれることはなかった。
そこはこの結論でいいんだ。
「政治的にも、本人の資質としてもメリットなし。やっぱり破談一択だね。いい加減納得しただろうし、姫君には帰国してもらう。誰か、姫君を馬車までお連れしろ」
「あ……」
女官が数人やってきて、強引に姫君を連れ出した。
「姫様……!」
「君はこっち」
慌てて後を追おうとした護衛騎士を、我が国の近衛が引き留める。
「離してください。私があの方をお守りしなくては」
「まあまあ、最後にちょっと話をしていこうよ」
「ですが」
「途中で駆け落ちとかされても困るからさ」
「……!」
びくっ、と護衛騎士が体をこわばらせた。
「それとも無理心中かなー。帝国にはとどまれない、帰国すれば殺される、じゃあ逃げたくなるのもしょうがないよねー。でもそんなことされたら困るんだよ」
護衛騎士はぎろりとこちらを睨みつける。
国から追い出すお前が何を言うか、って顔だなあ。
何度も言ってるけど、そもそも悪いのは偽花嫁を立てたルミナス王だからね。
「帰国の途中で君たちが消えたら、花嫁を送った、送らない、の泥仕合になってしまう。うちとしては、きっちり姫君をあちらに返品した上で報復したいんだよ」
「そのために、私達に死ねと言うのですか」
「いや~俺の要求は『帰国』までだよ」
俺は護衛騎士ににやっと笑ってやった。
「その後、護衛騎士が姫君を連れて逃亡しても、姫君を旗印に騎士たちがクーデターを起こしても、構わない。むしろ姫君を本国に送り届けるために派遣した、うちの近衛が陰ながら姫君に手を貸しても気にしない」
「……」
俺を睨んだまま沈黙している護衛騎士に、袋を握らせる。ずっしりと重いそれには金貨が詰めてある。
「リーリア姫を正統な王として担ぎあげるような新政権ができたら、思わず支援しちゃうかもしれないなあ」
「私にそれをやれと」
「どう生きるかは君の人生だから、強制はしない。だけど、何かあった時に手を貸す皇帝がいることは、頭の隅に置いておいて」
「……感謝します」
金貨の入った袋を握りしめ、護衛騎士が退出していった。
彼らが逃亡しないよう近衛の何人かがついていく。
全員出ていったところで、俺は玉座に座り直した。
「あ~疲れた」
「こちらをどうぞ、陛下」
すかさず侍従のエリザベスがお茶を差し出した。俺は遠慮なく受け取って口をつける。
女だてらに俺の側近を勤める彼女は、書類仕事もスケジュール調整も、お茶をいれるのも完璧だ。
「まさかまた破談になるとはなあ」
「アホだアホだと思っていましたが、まさか娘可愛さに偽物を送ってくるとは、予想外のアホでしたね」
「まったくだ。あ~面倒ごとがまた増えた……」
この件は姫君を帰国させてはいおしまいではない。
契約不履行の報復として、ルミナスに攻め込んで制裁するまでがお仕事だ。
「あの護衛騎士、本当に支援する気ですか?」
俺が騎士の耳元で唱えた悪魔のささやきを聞いていたエリザベスが眉をひそめた。
笑ってたら美人なのにその表情はもったいない。
「それは彼の頑張り次第かな。ああ言っておけば、少なくとも帰国まではおとなしくしてるでしょ。きっちり返品してから報復できればそれでよし。侵攻するにしても、彼らが国王に逆らって内乱状態になってたほうが都合がいい。のちの統治を考えたら、こっちに都合のいい女王と王配を立てて、傀儡国家にするのが一番楽なんだよね~」
「どちらにせよ我が国に損はない、ということですね」
「そういうこと」
これで問題解決、と思ったら、エリザベスはまた眉をひそめてしまった。
「でも、結局陛下のご結婚とお世継ぎの問題が解決しませんでしたね」
「さすがに敗戦国に要求した人質まで逃げると思わなかったからな。これはこれで困ったな」
俺は今二十五歳。帝国の一般的な基準では結婚適齢期だ。
だが、幼少のころの婚約が相手家の没落で破談になったのを皮切りに、同盟破棄による破談、ご令嬢駆け落ちによる破談、などなど、相手側の都合でことごとく破談になっている。
それでとどめの偽花嫁騒動である。
女運がないにもほどがある。
「あ~もう、政治都合で嫁選ぶのやめよっかな……」
「恋愛結婚するつもりですか、陛下が」
ぎょ、とエリザベスが目を丸くした。
「皇帝の一族に生まれたからさー、結婚に夢見るつもりはなかったんだよ。政略的なメリットあったらそれでいいかなって。でもそれで選んだ相手がことごとくアレだったわけだろ? だったらもうメリットとか横において、自分のこと好きって言ってくれる女性と一緒になったほうがマシかなって」
少なくとも逃げられることはないと思うんだよね。
エリザベスはうーんと首をかしげる。
「とはいえ、皇帝陛下の隣に立つわけですから、最低限のラインはクリアしていただく必要がありますよね」
「うちの国の規模だと……伯爵家以上の出身で、淑女教育を受けてて、年齢は上下三歳差くらいまでかなあ」
これくらいの条件なら、結構な数のご令嬢があてはまる。
中には俺を気に入ってくれる女性もいるはずだ。
「……年上、アリなんですか」
「二十代なら全然アリだろ。むしろ十代とか年下のほうが怖い」
若年層の出産死亡率が高いことは帝国内で広く知られている。
できれば二十代以上がいい。
ふむ、とエリザベスがうなずいた。
「伯爵家出身で、令嬢教育に加えて政治経済関係の高等教育を受けている令嬢なら、ひとり心当たりがあります」
「お、いいじゃん」
もう心当たりあるの?
俺の侍従有能すぎない?
「ただし、陛下より二歳年上で……」
「年上は気にしないって」
「陛下より少し背が高くて」
「二人で並んだときに見栄えしそうでいいなー。でも俺より背が高い令嬢って、滅多にいなくないか? そんなスタイルいい女ってお前くらいしかいないんだが」
とはいえ、身長はそこまで気にならない。というか悪くない。
「どっちも、アリ、なんだ……」
「うん。それで、他の特徴は?」
「……」
エリザベスはなぜかそこで口ごもった。
みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。
「やや……口うるさかったり……は、するのですが」
「ん?」
何だこの反応。
え、これってそういうこと?
そういえばエリザベスは俺より二歳年上だったな。
十年前から俺に仕えていて、まったく浮いた話がなかったから結婚する気がないものと思ってたんだが。
ここは気づかないふりをすべきか。
全力で乗っかるべきか。
「皇帝をたしなめるのは、妃の仕事ってことでいいんじゃないか」
「え……それも、いいんですか?」
まさかこれ以上話に乗ってくるとは思わなかったらしい、エリザベスはわかりやすくうろたえた。
いやもうこれ乗っかる以外の選択肢なくないか?
「俺の事好きだって言ってくれるなら、全力で愛する自信があるね」
「あっ……愛……?」
俺は混乱するエリザベスを引き寄せた。
「たった今、二歳年上で俺より背が高くて仕事のできる美人の侍従が好きになったんだが、どうしたらいいと思う?」
「……~~~」
有能な侍従は真っ赤になったまま、口をぱくぱくと開いた。
うお、かわいい。
しまった。
俺、こんなかわいい女を横に置いて仕事してたの?
側近をそういう目で見るべきではない、って思いこんでた部分はあるけど、それにしたって人を見る目が節穴すぎないか。
やばいかわいい。
「俺のこと、好きなの?」
「……っ、好きじゃなかったら、何年も仕えたりしませんよ。恋愛に興味がないものと思って諦めてたのに、なんでこんな急に積極的になってるんですか」
「エリザベスがかわいいから」
「……!」
エリザベスは真っ赤になって固まってしまった。
普段クールな側近が見せるうろたえ顔が、この上なくかわいい。
「結婚しよう」
俺のささやきに、エリザベスはゆっくりとうなずいた。
ドアマット偽花嫁系の話読んでて、ヒロインの虐げられエピソードに力いれすぎた結果、ヒーローが救うメリットなくなってる話多いよな……と思って作った話。とりあえずがんばれ護衛騎士。




