9.王女からの罰①
「ザシュリアがいいと思ったのなら、いいと思うよ。そうか〜。僕が農業をできるのかぁ。ずっと憧れていたんだよねぇ」
父ダニエルはそんな言葉で王女殿下の提案を了承した。農業なんてやったことないくせにと言いたくなるが、父が育てた花々はとても美しく咲き誇るし、通常一年で枯れるはずの作物は一年半経った今も青々と生い茂っている。人間とのやりとりに疲れている父ダニエルに農業の才がないと、言い切れないそんな事象がいくつか起こっているのだ。一つ二つでなく、いくつか。
書類はすぐにサインを終えた。そして、王女殿下に提出したところ、次の定例の夜会には着飾ってくるようにと指示された。なぜか服装の指定はかなり細かく、王女殿下に“準備していいのなら、こちらで準備するけれど”と何度かご提案いただいた。流石に申し訳なさすぎて……。父と共に夜会に向かった。
会場に着いて、親友と思っているメイシアに会えるかなと思ってきょろきょろと見渡したけど、いなかった。メイシアは未成年の令嬢のため、毎回定例の夜会に出るわけでない。シュナウ伯爵令息もいないことから、学園の定期試験の期間だったことに思い至った。残念に思いながら、国王陛下から領地と管理者の話を受ける。爵位はまだ子爵のままだそうだ。確かに商会の献上くらいしかしていないのに、伯爵になったら、金で買ったと噂されてしまう可能性がある。侍女長との話し合いで決定したそうだ。
「……子爵令嬢って。ほら、欲しがり王女の……」
「……お気に入り」
「侍女になった噂は本当だったのね。あの子のことも欲しがったのかしら……」
くすくすと噂されるわたくしの服装は、一目見て王女殿下の侍女とわかる衣装だった。この日のために仕立てたのか、王女付きのものは皆同様のデザインでまとめられているし、王女殿下も似ているデザインのドレスだ。学園から出て、一人だと思っていたわたくしに、仲間がたくさんできたようで胸が熱くなる。
「ザシュリアにも、たくさんのお友達ができたようで、よかったねぇ」
のんびりとそんなことを言って嬉しそうに笑う父ダニエルに、お友達じゃなくて同僚と上司と慌てて訂正を入れ、それでも嬉しそうな父を見ていたら、なぜか少し気が楽になってしまった。こんなにも注目されているのに。
そんな嬉しかった夜会の翌日、なんでこんなことになっているのだろうか。
「お兄様。その剣、わたくし、欲しいわ」
無表情で兄王子にねだる王女殿下。いや、確かにかなり美しい剣だし、王女殿下も剣を嗜まれるし、でも、えー!?
新しい剣を自慢していた兄王子の行動から、その剣は明らかにお気に入りだし、数日前に兄王子が剣を振っていた時は何も言わなかったのに!?
兄王子の従者たちが困ったように眉を寄せる。その中には、侍女研修で一緒だったジュディーもわたくしの方に責めるような視線を送ってくる。
王女殿下付きの侍女長はどうするのかと見ていると、自慢げに胸を張っている!? 他の従者を見ても全員が全員自慢げだ。誰も止めないの!? 仕方なく口を開こうかと思った時、兄王子が優しく笑って剣を差し出した。
「ほら、ジュー。どうぞ」
兄王子が差し出す剣を何故か布で受け取る侍女長。貴重な品だから?
「ありがとう、お兄様」
や、優しすぎない!? そう思っていると、兄王子が困ったように笑った。
「来週の剣術大会で使いたいから、それまでに飽きてくれると嬉しいけど」
「……それはこの剣次第ですわ」
「……手は洗った方がいい?」
「いえ、不要ですわ」
そんなわけのわからない会話を交わして、兄王子は部屋に戻っていく。わたくしが侍女長に向かって王女殿下のわがままを許しすぎだと言おうと思うと、ちらりと冷たい視線で見られ、王女殿下も予定を取りやめ部屋に戻る。
そして、部屋にたどり着いた時、剣を持った侍女長から、王女殿下は素手で剣を奪い取った。
「ふーん……エミリアッテ。剣身はそのままでいいわ。柄を見させて。あと、ここの石を変えてちょうだい」
「承知いたしました」
人から奪ったものを勝手に変える!? 驚いていると、侍女長は即座にそのように手配をした。誰も口を挟まない異常な光景に、わたくしが思わず、声を上げた。
「あ、あの! 王女殿下に甘すぎませんか!? 人の……しかも兄王子から奪ったものを勝手に変える!? ひどすぎます!」
わたくしの言葉に、全員が動きを止めた。そして、王女殿下がわたくしを冷たく一瞥すると、侍女長に声をかける。
「……侍女教育はどうなっているの? 王族の行動に異議を立てるだなんて、侍女として問題よ」
「申し訳ございません、姫様」
首を垂れる侍女長に姿に、わたくしは驚愕する。
「鞭を持ってきて。侍女の不始末は、侍女長がつけなければならないでしょう?」
「も、申し訳ございません! おやめください!」
王女殿下の変わりように驚愕しながら、わたくしが必死に懇願した。
「……何がいけなかったのか、言ってみなさい」
「……お、王女殿下の行動に異議を」
「違うわ」
王女殿下はその言葉と同時に、跪いた侍女長の腹を打った。ばしりと大きな音が鳴る。十四歳の少女が出すには大きすぎる音だ。
「お、王族の行動に文句を」
「違う」
また、ばしりと音を鳴らす。侍女長は相変わらずの無表情で叩かれている。
「し、新人の侍女の身で、王女殿下に」
「違う!」
さっきよりも強い音が聞こえる。そして、王女殿下がため息を落とした。
「まださっきの答えの方がマシだったわ。……エミリアッテ。教育が足りていないのでは?」
「申し訳ございません」
震えるわたくしを一瞥した王女殿下が、わたくしに声をかけた。
「……あなたの失敗は、上司の失敗になるの。今の場合は、侍女長が。対外的な場合は、わたくしが。己の行動を取る前に、もっとよく見なさい」
そう言って退出を指示された。侍女長に手を引かれ、侍女長室へと案内される。
「あ、あの、も、申し訳」
「大丈夫。ただ、あなたが貴族出身だからと、しっかりと言葉にして教えていなかったこちらの不手際よ」
侍女長はそう言って、また紅茶を淹れようとする。鞭打たれた身に、そんなことはさせられず、わたくしが慌てて代わるとお礼を言って座った。
紅茶を一口飲んで、侍女長は悩んだように顎に手を当てた。
「どこから話しましょうか……」




