6.引き継ぎ開始
「は、はじめまして。ウェルティン子爵が長女、ザシュリアと申します。どうぞよろしくお願いしますわ!」
わたくしの挨拶に、気楽に声をかけてくれる従者たち。皆、王女殿下の直属の方らしい。代表は、王女宮の最高責任者エリシアン様。王女殿下がそれだけ重視してくれていると安心するべきか、それとも、王宮の者が入っていないことに心配を抱くべきか……。そう思いながら、わたくしは持参した書類を広げようと机上に目を向けた。
「え、なんで!?」
機密扱いで厳重に管理していたはずの書類の写しだ。あれもこれも、なんでこんなものが!? 驚いて書類を手に取ると、エリシアン様が困ったように笑って言った。
「すまないが、王女殿下が必要になるからとおっしゃったから……こちらで準備させてもらったよ。機密だから申し訳ないと思ったんだけどね。引き継ぎに必要な資料はこちらで全て準備させてもらっていると思うよ。ただ、王女殿下の侍女になるなら、大切な機密をあんな杜撰な管理じゃダメだよ」
杜撰な管理……? 社員のみしか立ち入れないはずの執務室の中の、しっかりと鍵をかけた金庫の中に仕舞った機密書類が杜撰な管理……? 首を傾げていると、次々と事前に準備されていたのだろう質問が投げかけられる。その質問一つひとつが、しっかりとうちの商会を理解した上での内容で、息を呑む。優秀だと思っていた我が家の使用人たちでもここまで理解して業務に取り組んでいた者は、いただろうか? わたくしが今まで一から十まで整えていた仕事が、一を出せば百を理解して取り組んでもらえる。これは……楽だ。と、同時に王宮でやっていけるのか不安になった。マナーも教養も不安。自信のあった実務も、プラスに考えて同レベル。
そんなわたくしの表情を読み取ったように、お茶を汲んできてくれたエリシアン様がお茶を差し出しながら教えてくれる。
「王女殿下付きの者たちはかなり優秀だよ。王宮全員がこのレベルなはずがないだろう? 元宰相付きの僕が言うんだから、間違いないよ」
温かいお茶とエリシアン様の言葉は、不安で凍えたわたくしの心を溶かすようだった。少し心が軽くなったわたくしが答えた。
「マナーも教養も不安で、唯一自信のあった実務も……自信が無くなったところでしたので、温かいお言葉ありがとうございます」
「確かに、王女殿下の侍女として王女殿下のおそばにつくなら、君のマナーは課題かもしれないね。でも、きっとザシュリア嬢は商会を維持するために気の遠くなるほどの努力をしてきた人だろう? なら、商会の維持よりも簡単に身につけられると思うよ。基礎はあるようだし」
エリシアン様の言葉に、マナー不足を再認識した。やっぱり足りないか。頑張ろう、と思っていると、エリシアン様が口を開いた。
「もちろん、マナーも必要だけど、王女殿下は君の才能を認めておいでだと、侍女長から聞いているよ。だから、侍女としての業務も求めるだろうけど、基本的にはこの商会の仕事や書類仕事のような実務面を任されることが増えるんじゃないかな。実際、王女殿下もこちらに顔を出されることが多々あるし」
「え、王女殿下が?」
わたくしが驚くと、エリシアン様も困ったように笑って言った。
「困ったお方だよね。まだ子供なのに、優秀すぎて」
そうだった。王女殿下はわたくしよりも二つも年下だ。……年上のわたくしが王女殿下の脚を引っ張る侍女になってたまるか。王女殿下を超えてみせる。せめて実務面で。でも、可能ならマナーも忖度ないくらいに。そのためにはまず、商会の引き継ぎだ!
気合いを入れ直して、わたくしは業務に戻るのだった。




