45.アイデンシャルティーネ教の神殿へ突撃
「皆様、王女殿下の侍女をしておりますザシュリア・ウェルティンと申します」
アイデンシャルティーネ教の神殿に着き、完全に不審者扱いされる中、神殿の責任者だと名乗る男性を前に、わたくしがそう名乗る。ウェルティンと言った時点で、王女殿下の欲しがりで商会を奪われた弱小子爵家と判断され、それまで丁寧だった責任者の態度は一瞬で悪化した。
「……デスラントと申します」
家名すら名乗らないデスラントがさらに下に見られたのは当然だろう。デスラントが耳打ちしてきた情報によると、この自称責任者はかなり末端の人間で、デスラント自身も面識がないらしい。名乗られたら名前くらいなら聞いたことがあるかも、と言っていたが。
「本日はお約束もなく、急な訪問になってしまい、申し訳ございません」
わたくしの謝罪に、責任者は「本当迷惑なんですよね」と言い放つ。かなり舐められている。
「……以前、エスラニアで面会したデスラント、と神殿の管理主にお伝え願えますか?」
エスラニアという単語を聞いて、顔色が変わった。末端だが、エスラニア信者側なのだろう。「いや、しかし」「今はなにやら取り込んでおいでで」などといろいろ言い募る自称責任者に、デスラントが言い切った。
「デスラントという男が来ている、とお伝えいただくだけで結構です」
見た目から想像のつかない、デスラントの気迫ある言葉に、慌てたように自称責任者が飛び出していった。出されたお茶には念の為、口をつけない。飲んだように見せるため、一応少しこぼしておいた。
「……来てくれるかな?」
わたくしの言葉に、デスラントが大きく頷く。
「エスラニアの女王が倒れただけでなく、国としても崩壊したと知っているなら、必ず来ます。……きっと最後の砦と思うでしょうから」
デスラントのその言葉が正しいと知ったのはそれから数分後だった。
「ご、ご無沙汰しております。デスラント卿」
慌てたように汗を拭いながら走ってきた管理主は、自称責任者の格好よりもはるかに豪華な金糸で縫われた服を着ていた。
「あぁ、お久しぶりです。本日は所属の変更とご提案を伝えにまいりました」
デスラントの言葉に、管理主の瞳はぎらりと輝いた。
「それはそれは! エスラニアの悲報を聞いて、我々も悩んでおりましたから」
……一応、王女殿下の侍女としてさっきの人に挨拶をしたつもりだったのだが。わたくしがそんなことを思っていると、管理主がわたくしをチラリと見て、デスラントに媚を売った。
「新たな御立場で早速部下がお出来になりましたか。さすがはデスラント卿ですな」
はっはっはっ、と笑う声に、デスラントは穏やかそうな笑みを浮かべたまま答えた。
「いえ、彼女は一応私の指導役です。そういえばご紹介がまだでしたね」
わたくしに笑顔を向けてくるあたり、デスラントの考えていることが手に取るようにわかる。さぁ、楽しい楽しい自己紹介の時間だ。
「はじめまして、アイデンシャルティーネ教の神殿の管理主殿。わたくしは、アイシャンデルク王国第一王女、ジュリアンヌ・アイシャンデルク殿下の侍女をしております、ザシュリア・ウェルティンと申します。どうぞお見知りおきを」
わたくしの挨拶に、はくはく、と口を動かしながら、管理主が驚いたまま動かなくなってしまった。デスラントの鞍替えがよっぽど想定外だったのだろう。しかし、あのエスラニアにおいてデスラントが実質的に判断を行っていたと気づいていたのだろうか、デスラントへの対応はやけに丁寧だ。その状況判断応力は評価したい……そう思っていたら、デスラントに囁かれた。
「……“卿”なんて呼ばれたのは初めてですし、普段はもっと尊大な態度で僕に接してきてましたから。見た目の通りのゴマスリ以外大して能力のないお方です。王女宮の洗濯メイドの方が優秀な気がするくらいです」
デスラントの言葉にそれは過剰だろ、と思いつつも、納得してしまうところがある。あの王女殿下なら、洗濯メイドに教養を与えていてもおかしくない。
「では、予定通りでいい?」
わたくしの小声に、デスラントが頷き、口を開いた。
「私は王女殿下と出会って、天啓を受けました。彼女こそが真のアイデンシャルティーネ様の使い……もはや代理そのものである、と」
両手を広げ高らかに宣言するデスラントに、わたくしは心の中で拍手を送るが、正気に戻った管理主が、敵と言わんばかりの目で睨んでくる。いやはやわかりやすい変わり身ですこと。
「……貴様! エスラニアを裏切りおったか! この無能め! そんなのだから、エスラニアで登れなかったのだ!」
いや、実質エスラニアの平穏を守っていたのは彼ですよ、と思いながら様子を見ていると、管理主が両手を叩いた。すると、後ろのドアが音を立てて開かれ、次々と武装した下男のようなものが入ってきた。
「……アイデンシャルティーネ教の神殿は、アイデンシャルティーネ様の使いであられるアイシャンデルク王国第一王女、ジュリアンヌ・アイシャンデルク殿下に敵対すると仰せか!」
デスラントの言葉に、鼻で笑ったように管理主が反論する。
「証拠もないくせに!」
「ありますよ、証拠なら。……ザシュリア様!」
「こちらが、王女殿下付きの侍女長が記録した王女殿下の奇跡の数々です。アイデンシャルティーネ様の愛するアイシャンデルク王国を何度も救ってきた上に、敵国であったエスラニアの民たちにも心を砕かれた、王女殿下のお心の深さを見よ!」
叩きつけた書類を、管理主が震えた手で取って読む。王女殿下の奇跡……侍女長の表現は少し過剰な気がしたが、一才からあれこれやっているなんて神の御技以外何者でもない。書類を読みながら唸っている。後ろから覗き込んでいる自称責任者も顔色を赤くしたり青くしたり忙しそうだ。神への信仰って大変なんだなぁ。
「こ、こんな出鱈目!」
「全て事実であると侍女長がその名において宣言していますよ?」
「う、うぐ」
実家の権力もフルに使った侍女長の宣言は貴族にとってのかなり意味のあるもので、管理主もそれくらいのことはわかるようだ。言葉に詰まっている。意味をわかっていない後ろの方の下男が武器を構えようとするのをみて、おそらくジュガルドが何かしたのだろう。無力化されていた。姿は見えないが。なにこれジュガルドも有能すぎて怖い。
「……し、しかし!」
攻撃を指示しようとする管理主を見て、わたくしはデスラントと視線を合わせ、頷く。
「……では、こちらを。王女殿下が夢でアイデンシャルティーネ様にお会いになった時いただき、翌朝握りしめていたというこちらをご覧なさい!」
わたくしが念の為直接触らないように袋を裏返したまま取り出した押し花を、空高く掲げた。
「うぉぉぉ!」
「アイデンシャルティーネ様の御花だ!」
「ほ、本物だ!」
腰を抜かした管理主に、熱狂のあまり武器を落として泣く下男に、狂気に晒されたように騒ぐ者。自称責任者は、口を開けたまま神に祈り始めた。
「……これが偽物だとは、言いませんよね? アイシャンデルク王国の国王陛下ですら、この花を見せられて王女殿下の言葉を信じるようになったものですから!」
適当にわたくしが即興で作り上げた話だったが、それっぽく信ぴょう性を増すことができた。そう思って息を吐くと、花自身が淡く輝くそれが、神殿内に飾られたアイデンシャルティーネ様の肖像画に描かれた他の花々と呼応するように強く光輝き出した。
「……これは!」
みなが祈り始めた。祈っていないのはわたくしとデスラントのみ。というか、持っておいてあれだけど、こんな魔法現象起こるなんて知らなかった。多分待機していたジュガルドの影任務は不要になった気がする。祈りを捧げた集団に、わたくしは困ったようにデスラントを見たが、デスラントも同様に困ったような表情を浮かべるのみだった。




