43.王女殿下を一番よく知る人
「……事前に神殿に忍び込んで武器の無効化も可能だし、逆に王宮内に大規模魔術具を発動して武器の無効化をすることも可能ってことですか?」
わたくしの問いに、なんともないことのようにジュガルドが肯定する。いや、どんな国だよ本当に。下手したら最強国家目指せるでしょ!?
「双方併用した警備計画ってできますか?」
「それはもちろん。ただ……」
ジュガルドが言いにくそうにこちらをチラッと見た後、続けた。
「そろそろ王女殿下の“欲しがり王女”っていう呼び名も一度清算させたいのが、使用人一同の希望でさ。ご婚姻をされるなら、汚名があるだけで王女殿下の価値が下がることになるから」
ジュガルドの主張は理にかなっていた。つまり、今回は王女殿下ご自身の欲しがりを封じて、使用人たちが王女殿下の指示の元動きましたという体で、アイデンシャルティーネ教の神殿関係者たち自身に武装解除させて、アイデンシャルティーネ教を差し出すように仕向けるということ? 高難易度すぎない!?
「……例えば、例えばなんですけど、王女殿下がアイデンシャルティーネ神の愛し子とか、神の使いとか、むしろご本人が女神の可能性って……?」
平和策をとろうと出したわたくしの疑問に、にこりと微笑んだジュガルドが静かに首を振った。
「聞いたことはないね。王女殿下のそんな秘密があるなら、知っているのは王女殿下ご自身のみか……知っている可能性が残されているのは、侍女長くらいじゃないかな?」
ジュガルドがそう笑う。やっぱり侍女長か。でも、侍女長なら王女殿下の汚名のためとか言えば動きそうな気もする。ちょっと聞いてくるか。
「侍女長にアポとってきます!」
机から勢いよく立ち上がったまま侍女長のところに走り、執務中ですと冷静に注意された上、終業後侍女長室へお呼び出しの刑が決定しました。つら。
「王女殿下が神の愛し子や神の使いの可能性? むしろ、ご自身が女神の可能性?」
あれ? 思ったより厳しい表情……。侍女長のことだから笑い飛ばすまで行かないけど、無表情のまま呆れかえられる気がしていたんだけど……?
わたくしのそんな気持ちを汲むかのように、侍女長は紅茶を淹れてくれた。上司に淹れさせるなんてといつも思うけど、わたくしが気がついた時には適温の紅茶の入ったティーカップが目の前にあるんだから、仕事のできる女ってすごい。
「ザシュリア。あなたは、神の愛し子とはどういうものだと思う?」
「……わたくし、あまり宗教に明るくないのですが、女神アイデンシャルティーネ様が特別に力を授けた人……ですか?」
わたくしの言葉に、侍女長は表情を変えないまま、黙っている。
「ごめんなさい。今の回答は、ユーリン先輩に教えていただいたものです。わたくし自身は、さまざまな国でさまざまな神々が信仰されているということは、アイデンシャルティーネ様が唯一の神なのか疑問視しています」
わたくしの返答に、侍女長が続きを促した。
「と、いうと?」
「“神の愛し子”というものが存在するなら、各々の神が各々気に入った人間に少しの力を分け与えている。しかし、一回きりのはずの奇跡を王女殿下は何度も起こしておいでです。つまり、王女殿下はアイデンシャルティーネ神以外の神々からも愛されているのでは? という仮説を持っています……この国ではそんなこと言えませんが」
わたくしの言葉に、小さく息を吐いた侍女長がこちらを向いた。
「……あなたはアイデンシャルティーネ教の信仰が浅いからでしょうか? その境地に至っているのですね」
わたくしが思わず首を傾げると、侍女長が続きを話し始めた。
「わたくしもかつては敬虔なアイデンシャルティーネ教徒でした。唯一の神であるアイデンシャルティーネ神を信仰していた。しかし、王女殿下はおっしゃるのです。アイデンシャルティーネ神以外にも神はいる、と。……他にもなにかご存じな様子がありますが、考えが柔軟でないわたくしには深く話していただけておりません。ザシュリアの仮説の通り、姫様はアイデンシャルティーネ様だけでなく、他の神々にも愛され、この世に派遣されたお方です。しかし、姫様のお立場を明らかにすると、どのような問題が起こるか、わかりますか?」
「……アイデンシャルティーネ教の、唯一神はアイデンシャルティーネ様という原則が壊れ、信者たちが信仰を失います」
「そうです。今まで唯一と信じていたものが違うということは、その人の価値観すら破壊することでしょう。ですから、姫様はその公開を望んでいらっしゃいません」
「アイデンシャルティーネ教を“欲しがる”形で、国を救おうとなさるという意味でしょうか?」
「……あのお方は、我々使用人や国民、そしてご家族のことに心を砕かれますが、ご自身がどう思われようと彼らが無事ならそれでいいと言うばかりで……。汚名で傷つくこともございましょうが、それよりも周囲を優先なさってしまうのです」
侍女長の言葉に、今まで王女殿下と過ごした時間で抱いてきた王女殿下像とピタリと一致した。そうか。王女殿下……。
「しかし、ザシュリアの言う通り、単なる神の愛し子ではなく、神の使いやむしろ女神自身……問題はあるでしょうが、恐れ多くて我々には思いつかなかったものです。その路線で公表し、神殿を姫様のものにする……まだ活路を見出せる気がします」
そこまで言って笑った侍女長が、わたくしに退室を促した。
「姫様のことは、わたくしにお任せなさい。ザシュリアは、その方向で準備を整えなさい」
「……! ありがとうございます、侍女長」
「ただし、ユーリンには内密に。彼女は敬虔なアイデンシャルティーネ教の信者です」
そう言って、侍女長はきっとわたくしが入室する前からつけていたユーリン対策の魔術具を切った。
わたくしは頭を下げて退室した。きっとうまくいく。そんな予感を胸に抱きながら。




