41.アイデンシャルティーネ教の帳簿
「というか、そもそもなんで王女殿下がアイデンシャルティーネ教を欲しがるなんてわかるんですか? ジュガルド様の勘違いの可能性だってありますよね!?」
わたくしの問いに、ジュガルドが優しく笑って子供を見つめるような顔をして答えた。
「うーん……経験と慣れと勘、かな?」
「論拠が弱すぎます!!」
ムキーとわたくしが騒いでいると、横から現れたエリシアンがわたくしの肩に手を置いて言った。
「ザシュリア……ジュガルドの勘は恐ろしいほどよく当たるんだ。……特に王女殿下の欲しがりに関しては。悪いことは言わないから、決定事項と思って備えておいた方がいい」
エリシアンの言葉に驚いて、わたくしが周りを見ると、諸先輩方が大きく頷いていた。むしろアイデンシャルティーネ教の情報を少しでも集めようと動き出している人もいる。仕方ない。腹を括ろう。
「……落とすなら財政面からが王道ですかね? アイデンシャルティーネ教の帳簿とかありますか?」
「あ、僕が祖国で使ってた情報でよければ、まとめてあります」
デスラントがそう言って差し出してきた帳簿を受け取り、開こうとしてふと止まる。祖国で使ってたってどういう意味? わたくしがそう思って顔を上げると、ジュガルドが口を開いた。
「……ここだけの情報だけど、アイデンシャルティーネ教の上層部の人間はほとんどエスラニアの手の者だと思っていいから。……エスラニアはよほどこの国が欲しかったようだよ」
うわーお。まさかの我が国の危機だった!? 宗教から手回しなんてエスラニアの女王らしからぬ手腕……まるでデスラントがやりそうな……。思わずそちらを見ると、ばつが悪そうに頭を掻いたデスラントが言った。
「……一応、この国に属することになってから、いろいろ手は打ちましたから。上層部さえすげ替えれば問題ありません」
うわー……味方でよかった。エスラニアが空中分解するのも、デスラントのせいなんじゃないかと思えてしまう。でも、そう思うとデスラントの引き抜きを決定した王女殿下の慧眼はやはり恐ろしい。世界の筋書きそのものを知っているような、天才的な頭脳をお持ちだ。
「一応、王女殿下所属の影が持っている情報の中にも帳簿はあると思うから、もらってくるよ」
それだけ言い残したジュガルドは、音も立てず姿を消した。うん、慣れてきたね。平常運転。
「こちらが、今年度分で、そちらが昨年度分です。とりあえず」
デスラントが持っていた帳簿を受け取り、一ページずつ内容を確認していく。ざっと目を通しただけで違和感がすごい。念を入れて、王女殿下が作ったという簡易計算用の魔術具を使って数字を打ち込んでいくと、数字の合わないことあわないこと。
「……え、一般の帳簿ってこんな感じなんですか? それとも、アイデンシャルティーネ教が特殊なのですか?」
わたくしの問いに、誰も回答をしなかった。怪しい数字は全て拾う。デスラントのくれた帳簿を次々とめくっていたら、いつのまにかジュガルドが影から借りてきた帳簿も積み重なっていた。没頭しすぎて気が付かなかったのか、ジュガルドの気配がなくて気が付かなかったのか、双方か。そんなことを思いながら、帳簿一つひとつを合わせていく。デスラントの帳簿ですら数字がおかしかったのに、ジュガルドのくれた帳簿はもっとおかしかった。視線をあげると席に座っていたジュガルドがいて、思わず質問した。
「ジュガルド様が持ってきてくださった影の帳簿は、どこから持ち出したものなんですか?」
「うーん……」
困ったように笑ったジュガルドが首を傾げた後、口を開いた。
「アイデンシャルティーネ教の神殿の、執務室の……金庫の中に隠されていた鍵を使って開いた隠し部屋の上底されていた隠し引き出しの中……かなぁ?」
「それ完全に持ち出し厳禁の裏帳簿か何かですよね!?」
わたくしの声に反応したデスラントが帳簿を覗き込み、小声で言った。
「あぁ……ここまで酷いのは想定外でしたね」
わたくしの言葉に、ジュガルドが首を傾げた。
「そんなにひどいの?」
「酷いどころのものじゃないですよ!? 影の皆様はなにも気が付かなかったんですか?! なんで破綻していないのか……」
わたくしがぶつぶつ言いながら計算機を叩き、メモに問題点を書き出していると、ジュガルドがへにゃりと笑って言った。
「元影だから書類仕事はできるけど、帳簿まではそこまで詳しくないんだよね。とりあえず王女殿下に指示された情報を集めるのと、王女殿下に叩き込まれた書類仕事くらい。これからそういう業務を覚えろとのお達しが出ているけど」
……つまりこれは、ジュガルドを帳簿面でも戦力化するのが目的の業務の一環というご意思でよろしいでしょうか? 王女殿下!? わたくしはそんなことを思いながら、帳簿を持ってジュガルドの隣の席に移動した。そして、一項目ずつ丁寧に解説を始めるのだった。




