39.影の知ってる王女殿下
「……ここまでのところ、理解できましたか?」
デスラントの説明に大きく頷く。わかりやすかったです! もはや神殿関係者ですか!? そんな心の声を飲み込んで、お礼を述べる。
「すごくわかりやすかったです。大変助かりました。ありがとうございました」
「……お役に立てたなら、よかったです」
少し照れたように頬を染めてそっぽをむき、仕事を再開したデスラントを見て思う。そうか、お礼を言われ慣れていないから、照れくさいのか。納得しながら、アイデンシャルティーネ教の神殿関係者との会談の準備に思いを馳せる。教徒の大切にする教義の中で、食事に関することがあった。“教義のため、ワインを禁ずる”と言う内容は多少は知っていたが、神殿関係者のみで信者は特に禁じられていなかったらしい。むしろ神殿関係者は酒類全般禁じられているから、王女殿下が以前使った高濃度の酒での消毒なんて許されないものらしい。適切な使用ならいいんじゃない?
「あ、ザシュリアさん。お疲れ様」
音もなくドアを開けて執務室に入り、いつのまにかわたくしの後ろに立っていたジュガルドに、思わず小さな悲鳴をあげた。横にいたデスラントがため息を落とし、ジュガルドに言う。
「ジュガルドさん、気配無くすのやめていただけませんか?」
「ごめんごめん。つい癖で」
そう笑いながら椅子を引き、ジュガルドが腰掛けた。わたくしの方を見て、話を始める。
「アイデンシャルティーネ教の神殿関係者との会合でしょ? 厄介なもの押し付けられたね……まぁ、功績としてはかなり大きなものが期待できるから安心しなよ」
「は? 厄介?」
聞き捨てならない言葉にわたくしが思わずそう言うと、デスラントが訳知り顔で頷いた。
「まぁ、避けては通らないものですよね。手っ取り早い功績にはちょうどいいかと。……王女殿下がどこまで情報を持っていても驚かないと思っていましたが、正直かなり厳重に管理されていたので恐ろしいです」
味方になっていてよかった、と息を吐いた。敵国であるエスラニア出身のデスラントは、王女宮では理解されているが、王宮内ではスパイ扱いされたり憎悪をぶつけられたりと大変なようだ。確かに王宮内を歩いていてそんな話を聞くこともある。それでも、“エスラニアよりもましです”と言い放つデスラントが、エスラニアで置かれていた環境はどれほどのものだったんだろうと思ってしまう。
「その辺のこと、ザシュリアさんは知っているのかな?」
ジュガルドの言葉にわたくしは首を傾げる。代わりに、デスラントが答えた。
「あ、いえ。そもそも教義も詳しくなかったようでそこまでしか説明してません」
デスラントの言葉にジュガルドが目を剥いてわたくしを見た。
「え!? ザシュリアさんって本当にアイシャンデルク王国民!?」
驚くジュガルドにわたくしはため息を心の中で吐きながら答えた。
「商会業務が忙しすぎて、信仰すら暇がなかったんですよ」
わたくしの言葉に納得したように手を打ったジュガルドが、にっこり微笑んで言った。
「そうだよね。ザシュリアさんの商会時代の生活、見ているこっちが辛くなる労働時間だったもん。交代のタイミングもなかなか取れなくて大変だったなぁ」
うんうん頷くジュガルドに、引いた表情を浮かべるデスラント。いや、よくわからないところで迷惑をかけて申し訳ない気持ちもあるけど、デスラントも同じレベルだと信じたい。わたくしのそんな視線にデスラントが頭をポリポリと掻いて目線を逸らした。安心。仲間でした。
「デスラントもなかなか大変だったなぁ。そう思うと君たち、本当よく生きてるよね。人って過労でも死ぬんだよ?」
真面目な顔でそんなことを言われ、デスラントと顔を見合わせてしまう。
「ごめんごめん。困らせるつもりはなかったんだ。そうだなぁ……仕方ないから王女殿下のとっておきの秘密、教えてあげる」
ジュガルドの魅力的な言葉に、思わずわたくしとデスラントは引き寄せられる。机の向こうから身を乗り出したジュガルドに、わたくしたちも身を乗り出して耳を近づけると、何か小型の魔術具を作動させたジュガルドが小声で囁いた。
「王女殿下は、別にアイデンシャルティーネ教を信仰しているわけじゃないんだ。あ、国民に広がると多少問題だから誰にも言わないでね?」
「え、どういう?」
混乱したわたくしの言葉に、顎に手を置いたジュガルドが言葉を続けた。
「うーん。よくは知らないんだけど、信仰をしていないわけじゃないけれど、唯一の神とは思えないって。他国の宗教を信じているのですか? って聞いたら、うまく説明はできないけど、そんなものだと思っていてって言われたんだ」
ジュガルドの言葉にわたくしは納得する。他国の神も否定しない。わたくしみたいな感じか。納得しながら横を見ると、デスラントが顔を少し青くして言った。
「つまり、それをバレないように気を配りながら会合を終えなければならない、というミッションが増えたということですね?」
デスラントの言葉に、わたくしの顔から血の気が引くのを感じた。それはまずい。難易度が上がっている。王女殿下に限って、そんなミスはないと思うけれど。
「ま、そういうことだね」
肯定したジュガルドが手元の魔術具のスイッチを切るのを見て、わたくしが首を傾げる。一体なんのため?
「あぁ、これ? 近くに音声を聞こえないようにする魔術具。簡単に言うとユーリンさん対策、かな?」
元敏腕影にまで警戒されるユーリン。恐れ入った。




