4.再登城
「ザシュリア嬢がお越しです」
以前、御者に挨拶してから城に向かった件を、御者から散々叱られたため、今回は及第点のマナーで登城できたと思う。……一時的に睡眠時間を増やして、マナーの復習をした。一通り復習して忘れていたあれこれを覚えなおしたから、前回よりはマシだと思うけれど、記憶力に自信のないわたくしには、不安が残る。きちんと定期的に復習しないと……そんな時間、増やせるかな、と思いながら、王宮を進み、王女宮の待合室で以前通りの高待遇に驚きながら紅茶を楽しむ。最近蜂蜜を紅茶に入れることが人気らしく、勧められた。おいしかった。家でも蜂蜜入り紅茶を飲もうと思った……わたくしの好みを丸裸にする、王宮怖い。
「本日は、王女殿下があなたと謁見したいとおっしゃっておいでです」
王女宮の侍女長の冷静な言葉に、わたくしの胸は聞いたことがないくらい音を立てる。手が震える。手以外も震えている気がする。胸が痛いくらいの緊張と、身体の震えに、声が震えないように注意しながら返答した。
「光栄にございます」
侍女の後をついて、案内される。手足が震えて転んでしまわないように気をつけながら、一歩一歩進む。侍女の姿がなぜか遠く見える。怖い。震えを抑えようと身体をさするも、効果はない。
一度控え室のような場所に案内されて、魔術具の中に入るように指示された。巨大で大量の魔石をつけたその魔術具の値段を一瞬想像して、決して触れないように気をつけながら進む。我が商会でもあの量の魔石のついた魔術具を壊したら……。
「こちらの魔術具は、危険物や害意を察知します。王女の私室での謁見となるため、ご容赦ください」
「し、私室!?」
思わず声が大きくなったのは、仕方がないだろう。私室? 王女の? 怖すぎるんだけど? この怖いって思う感情……引っかからない? 引っ掛かったら処刑? 震える。怖い。やめて。
「おわりました」
静かに終了を告げられて、わたくしは胸を撫で下ろした。そして、できる限りな速さで魔術具から離れた。
「こちらにご案内いたします」
侍女はそんなわたくしを無表情で一瞥し、扉を開いた。……侍女も怖いし、王女殿下、早くわたくしへの興味を失って! 王宮なんてもう嫌だ!
「あなたがウェルティン商会のザシュリアね。待っていたわ」
「こ、この度は、王女殿下に拝謁できる栄誉をお与えいただき……」
慌てて礼をとる。王女殿下の私室はほとんどものがなく、綺麗に整えられている。だが、なぜか壁にかけられた、少し古いデザインの子供向けの服が目を引く。ん? 男児向けじゃない? あれ、どういうこと?
「堅苦しい挨拶は不要よ。わたくしの私室ですもの」
王女殿下のお言葉に、さらに礼をする……マナーって合っているよね? ちらりと伺うと非常に整った顔立ちの王女殿下は、人間と思えないほど美しい。侍女同様無表情で、その無表情さがさらに人間味を失わさせている。
わたくしの視線に気がついたのか、王女殿下は壁に飾られた服に視線を向けて、お手本のような微笑みを浮かべて言った。
「あぁ。あれね。お兄様が贈られたものだったけれど、わたくしが欲しくなってしまったからいただいたのよ」
笑う王女殿下にわたくしは背筋がぞくぞくとした。欲しがり王女の名は本当だった。怖い。
「それでね、わたくし、ザシュリアにお願いがあるの」
王女殿下がお手本のような笑みを浮かべたまま、言葉を重ねる。いつの間にか勧められて椅子に座らされていたし、いつの間にか飲み物も与えられているし、お茶菓子も並べられている。逃げられない。怖い。恐ろしい。聞きたくない。
「わたくし、あなたが欲しくなってしまったの。わたくしの侍女になってくださらない?」
愛らしく小首を傾げる、王女殿下。わたくしを何にお使いになるおつもりですか? 生贄? 捨てる? 前に辺境伯家から奪い取った家畜を惨殺したって噂は本当? 顔面から血の気が引いている自覚があるわたくしは、前に聞いた噂話を思い出す。
「知っている? 王女殿下の欲しがりを断ったから、前の宰相は宰相の座を失って、投獄されたんだって」
お父様! 助けて! こんなときは、頼りないお父様でも頼りたくなる。とりあえず、恐れ多くて辞退する形に持っていけるかやってみよう。
「……光栄なお申し出、身に余る思いでございます。しかし、家業が忙しく、王宮侍女になれるほどの教養もマナーもございません」
わたくしの言葉に、王女殿下は笑って首を傾げた。
「あら? ザシュリアは王宮侍女志望だと思っていたのだけれど」
どこまで知っている!? わたくしがポロポロとこぼしていた“王宮侍女くらいでしか働けない”っていう言葉! すでに身の程も知っているし、無理だと痛感しております! 脳内で東の離島の最高位謝罪という地面に這いつくばる姿をイメージしながら、わたくしは口を開いた。
「そ、それは。恐れ多くも、今回王宮に招かれるまで、王宮侍女の仕事について詳しく存じておらずですね……。幼い子供が勇者に憧れるようなものでございます。それに、実家の商会の仕事もありますので……」
わたくしの言葉に、にっこり笑った王女殿下が口を開いた。
「あらあら。幼い子供の夢を叶えるお手伝い、わたくしもしてみたかったの。……そう。でも物理的に時間がないのは問題ね。……ウェルティン商会も、欲しくなったわ。わたくしが商会を管理下に置くから、侍女になってくれないかしら?」
あぁ、お父様。従業員の皆様。ごめんなさい。わたくし、ザシュリア、断り文句を間違えたようです。
なんとか国王陛下の許可を得てからと説得し、逃げるように帰ろうとしたわたくしは、いつの間にか侍女に回収され、侍女服の試着をさせられている。王宮怖い。王宮侍女こわい。国王陛下にかかっている! 頼みました、国王陛下!!




