38.新しい仕事
「あぁぁぁ! お会いしたかったですぅ! 王女殿下ぁ!」
存在しないはずの尻尾が左右に振れているのが見える。ユーリンをチラリと見て、手元の空になったカップを指さす王女殿下。即座にカップを持ち上げ、少しでも王女殿下と会話しようとするユーリン。そんなユーリンを軽くいなす王女殿下に、わたくしはおもわず拍手を送ってしまった。
「ユーリン。あなたの淹れたお茶を飲みたいわ」
「はい! よろこんで!」
平民街の飲み屋か、と思いながら、ユーリンの扱いが上手い王女殿下を見ている。
「姫様、あれなら追い出しますからお申し付けください」
「追い出したら後が大変じゃない。今のうちに少しでも発散させておきましょう?」
手早く王女殿下の髪型を整えながら問う侍女長に、されるがままになりながら答える王女殿下。まるで親子のようだと思いながら、書類をいくつか束ねる。それを王女殿下に手渡すと、そのまま呼び止められた。え、何も心当たりはありませんが!?
「あぁ、ザシュリア。ちょうどよかったわ。お願いがあるの」
「なんでしょうか? 王女殿下」
「あなたの功績がもう少し欲しいから、次のアイデンシャルティーネ教の神殿関係者との会談をあなたに任せるわ」
にっこりと笑う王女殿下とその仕事の責任の重さに震えるわたくし。侍女長は微笑ましいものを見るようにこちらを見ている……全く微笑ましくないのですが!?
「ジュガルドに手伝ってもらうといいわ」
王女殿下のアドバイスに首を傾げた。元影に手伝ってもらうってどういうこと?
鼻歌混じりのユーリンをはじめ、だれもアドバイスをくれないようだ。皆が皆、微笑みの仮面をつけている。だれか! ヘルプ!
「姫様、こちらをどうぞ」
「ありがとう。エミリアッテ」
普段無表情な侍女長のかすかに現れる表情の変化をわかってきた気がする。優しい微笑みのような微かな笑みを向け、王女殿下もそれを心地良さそうに受け取る。そんなお二人をみていると心がほっと安らぐような……。
「尊い! 王女殿下と侍女長の穏やかな絡み! 尊い!」
なにか叫びながらお茶を完璧に淹れるユーリンに思わずため息を落とし、わたくしは退室の挨拶をする。アイデンシャルティーネ教の神殿関係者との会合って何? 執務室に行って情報を収集しようと思い、そちらに向かって歩きはじめた。
「お疲れ様です」
挨拶しながら執務室に入ると、エリシアンがちょうど出て行こうとするところだった。
「おっと、すまない」
「いえ、ごめんなさい」
謝罪しあって席に向かう。隣はデスラントだ。ジュガルドの姿を探し、見渡したが見当たらなかった。
「……どなたかお探しですか?」
「ジュガルド様ってどちらか知っているかしら?」
わたくしの問いにデスラントは静かに首を振った。曰く、音もなく姿を消すことがあるらしい。さすが元影。
「……なにかあったんですか?」
わたくしの困惑に気がついたのか、デスラントが問いかけてくる。
「……アイデンシャルティーネ教の神殿関係者との会合を開くことになったんだけれど、ジュガルド様に聞いた方がいいと言われて」
わたくしの返答に、デスラントが納得したように頷いた。
「アイデンシャルティーネ教って少し特殊ですもんね。僕でよければ多少相談に乗りますよ」
デスラントの返答に、わたくしは目をぱちくりとしてしまう。エスラニアってアイデンシャルティーネ教じゃないよね? どうして知っているの? そんなわたくしの視線を感じたのか、頭をかきながらデスラントが説明を加えた。
「多少知識があるんですよ……まぁ、前職の影響ですかね」
デスラントの前職を思い浮かべて納得する。幅広い業務を受け持っていたといえども、エスラニアの元外務官だ。アイデンシャルティーネ教を信仰する国は周辺諸国の中にもいくつかあるので、そのあたりの知識だろう。生粋のアイシャンデルク王国民のわたくしよりも知識は豊富なのだろうか。そう思いながら、デスラントの隣に腰掛け、ノートを取り出してメモの準備をした。
「アイシャンデルク王国民だけど、恥ずかしながらにわかアイデンシャルティーネ教徒です。ご教授願います」
「承知いたしました」
そう言って始まったデスラントのアイデンシャルティーネ教の知識はかなり深いもので、試験対策で無意味に暗記していた知識の点と点が繋がるような、流れるようなわかりやすい説明に目を剥きながら、必死に書き写すのだった。




