閑話 王女殿下の恋
「あの王女殿下に相応しい男性なんて、国内にも国外にもいませんよね」
侍女長室で罰の反省文を終え、休憩として出されたお菓子と紅茶を楽しみながらそう語るわたくしに、困ったように固まった侍女長が、突然部屋の隅を確認し、なにかの魔術具を起動した。
「……え、なんですか? この騒動」
「ユーリンに絶対話さないと誓えるかしら?」
刃物でも突きつけられているような緊張感に、小さく頷いた。
「王女殿下の初恋は御年五歳のとき。苦手な蛇を目の前にして、固まっていた王女殿下を颯爽と救ったとある国の王子よ」
「なんですか、その物語みたいな話!」
わたくしが先ほどまでの緊張感など脱ぎ捨てて、わくわくとして侍女長を見た。
「……仕方なく話しているのよ。もうすぐ、その王子と王女殿下がお会いになる機会があって、ね」
侍女長の言葉に歓声をあげそうになった。そういえば、さっき起動していた魔術具って? 首を傾げていると、侍女長がため息を吐いて言った。
「ユーリン対策よ。どこからか感じ取って入ってくるから、魔術具で話を一切聞こえないようにして、眠っているような何かを発すると姫様が言っていたわ」
なにそれ。開発できる王女殿下もすごいけど、そのレベルで王女殿下の話を聞き取るユーリンこわい。
「フィネニルス王国の第一王子。メチウス姫の兄王子よ。今まで国外に戦争に出ていたけれど、もうすぐエスラニアが崩壊するでしょう? そうなったら、戻っておいでになるから、王女殿下とお会いになる機会が増えるはずよ」
侍女長の言葉に思わず首を傾げる。
「あれ……ということは、王女殿下はその王子のために、エスラニアを滅ぼす……?」
「……姫様ご自身もお気づきかわからないけれど、一因ではあると思うわ。ただ、姫様の民を大切に思うお心は本物よ。外交時にはある程度表情を隠せるとお思いだけど、あの姫様に私室でまでは無理だから、ユーリンの前では絶対彼の話をさせないでちょうだい」
なぜか重要任務を任された。ま、今までそんなに会話にも登らなかったお方だし、出てこないでしょう。
「そういえば、フィネニルス王国の第一王子が数ヶ月中に一時帰国するって情報が入ってきましたよ」
数週間後。突然そんな話をぶっこむユーリンに、ユーリン先輩!? と声に出かかる。こういう時に限って、侍女長がいない。わたくしにどうしろと!?
「まぁ!「それはメチウス姫がお喜びになりますね! せっかくですから、王女殿下はお手紙でもお書きになったらいかがですか? ユーリン先輩。わたくしたちは邪魔しないように、王女殿下のお菓子を取りに行ってまいりましょう。えぇ、迅速に」」
王女殿下の顔が赤らむ直前に声を上げて王女殿下の言葉に被せて感想を入れた。その後、ユーリンの背を押して王女殿下の私室を出た。正直に言うと、王女殿下が恋如きでそんな変わるとは思えないが、念のためだ。……ドアを閉める前に振り返って確認した王女殿下の顔は完全に恋する乙女でした。はい、想定外。これは、ユーリンにバレないようにするというミッション、高難易度すぎるのではないでしょうか?
「王女殿下、少し顔が赤くなかったかしら? わたくし、様子を見にもど「氷菓を! 部屋が少し暑かったと思うので、ユーリン先輩は厨房から氷菓をいただいてきてもらってもいいでしょうか!? わたくしが部屋の換気をしておきますので、えぇ、えぇ」」
被せながらユーリンにワゴンを差し出し、ドアを細く開けて軟体動物のように隙間から部屋に入る。
「あら?」
ペンをとっている王女殿下の頬は桃色に染まっており、完全に恋する乙女だ。
「せっかくだから、お手紙を書こうと思って」
はい、完全に恋する表情です。お相手はどなたですかと聞く必要もありません。アウトです。ユーリンが戻ってくるまでにこれを元に戻さなければならない。厨房までの所要時間が五分、氷菓の準備に五分、戻ってくるのは急足だから三分と見て、迅速に第一王子宛の手紙を後回しにして、この部屋に漂う甘い空気を換気せねば!
ひとまず窓を次々と開け、王女殿下に声をかけた。
「お部屋が少し暑かったので、窓をお開けしました。王女殿下。今思ったのですが、お手紙は寝る前の誰もいない時間にゆっくりとお書きになる方がいいのではないでしょうか? 実は、王女殿下に承認をいただきたい執務が溜まっておりまして」
「あら、大変だわ。それならば、お手紙は後にいたしましょうか」
王女殿下がそう言って手紙を片付けた。目を少し潤ませて残念そうにする王女殿下に心が傷む。というか、あの天才完璧王女殿下が恋に絡むとこんな年頃の乙女になるの!? 普段だったらこんな簡単に丸め込めないのに、さくっと丸め込まれちゃって、判断力も落ちておいででは!? ユーリンが戻ってくるまでに王女殿下の頭も元通りにしなければ。
「王女殿下。こちらの書類なのですが、疑問点がありまして」
「あら、どこかしら?」
きりっと執務モードになった王女殿下に安心していると、ユーリンが戻ってきた。
「あれ? お手紙はおやめになったのですか?」
「執務が溜まっていたの」
王女殿下の返答に、納得したユーリンが身震いする。
「ザシュリア!? お部屋が寒すぎるわ! 王女殿下がお風邪でも召したらどうするつもり!?」
思い出したかのように頬を染めため息を落とす王女殿下にヒヤヒヤとしながら、その日の執務を終えたのだった。
「ねぇ、ザシュリア。今日の王女殿下、様子がおかしくなかった?」
王女殿下専門の変質者ユーリンの目は誤魔化せなかったか。そう思って顔色を悪くしていると、ずいっとわたくしに顔を近づけたユーリンが怖い顔をして言った。
「お部屋、寒くしすぎたのじゃない? お風邪をお召しになったのよ。ザシュリア? 王女殿下の体調管理も、わたくしたち侍女の役目なのよ? それなのに、」
延々と続くユーリンの説教に安心感を覚えたのは生まれて初めてだ。ほっと息を吐きかけるとユーリンの目がさらに吊り上がった。
「明日王女殿下がお熱でもお出しになったら許しませんからね!?」
王女殿下の日常が恋愛ごとのイメージからかけ離れていて助かった。翌朝、少し夜更かしした表情ではあったが王女殿下が元気に過ごされていて、ユーリンは不思議そうに首を傾げていた。
ユーリン曰く、王女殿下のお風邪の前兆を見抜くのに失敗したのはこれで初めてだそうだ。
「ユーリン先輩が王女殿下のお風邪を心配していろいろと手配なさったからじゃないですか?」
わたくしの指摘に不思議そうにしながらも納得した様子でユーリンは業務に戻るのだった。




