35.王女殿下のお考えなどわからない
「わたくしね、あなただったら、彼の不正な行動に気がついてすぐに報告してくれると思って、待っていたのよ?」
手に鞭のような幻覚が見える。うん、あれは幻覚だ。きっと、多分。
「も、申し訳ございません!」
「えぇ、謝罪は十分にいただいたわ。なぜわたくしの大切な侍女があんな危険な目に遭うことになったのかについて、聞いているのよ?」
小首を傾げる王女殿下の笑みは完璧な微笑みだ。しかし、わたくしにはわかる。目が笑っていない。恨めしそうにこっちを見ているユーリンと今すぐ入れ替わりたい。
「デスラントには最初から、見せてもいい内容しか見えないようにしていたし、彼もエスラニアに渡して問題のない内容のものだけを選んでいたわ」
最初から裏切るつもりはなかったのよ。どちらかというと自殺志願者だったわ、と王女殿下が独りごつ。
「え?」
わたくしがびっくりすると、王女殿下も驚いたように反応した。
「わたくしの執務室なんかに、国家機密があるはずないでしょう? ……そうね。ザシュリアは政務の実務経験がまだ乏しいからエスラニアの持っている情報の予測までの域には達していないのね。わたくしのミスだわ」
国家機密について言った後、小声で何か付け加えていた王女殿下を見ながら、国家機密くらいありそう、と思った。そんなわたくしの表情を見て、侍女長が付け加えた。
「正確に言えば、国家機密はいくつか執務室にあることもありますが、原則的に王女殿下の準備なさった部屋に片付けることになっておりますし、管理は某商会よりもかなり厳重かと」
う、痛いところをつかれた。職員しか入れない部屋で鍵をかけて金庫に入れておけば大丈夫という考えは、弱小商会だったからこそ成り立っていたわけで、王宮に勤めて資料の管理の徹底ぶりに圧倒されている。……あれは国家機密レベルの内容だったからかもしれないが、一枚でも無くそうものなら高価な魔術具を使ってでも見つけ出すのだろう。
「……申し訳ございませんでした。わたくしの処分はどうなるのでしょうか?」
国のためと思ったが、結局上司の判断を仰がずに独断で動いたのだ。なにかしらの処分が降りるはずだろうと覚悟を決める。
「え? 何を言っているの?」
「え?」
王女殿下のきょとんとした表情に、わたくしも首を傾げる。
「あるわけないでしょう? デスラントの裏切りも闇に葬る予定よ。たまたま潜入していた密偵をわたくしの従者が偶然見つけたの。そうでしょう? エミリアッテ?」
「はい、姫様のおっしゃる通りに処理されております。……全く。姫様は本当に甘いお方だ」
「何か言ったかしら? エミリアッテ?」
ふふふおほほと笑い合う王女殿下と侍女長に恐怖心も覚えるが、安堵を覚えて息を吐いた。許される罪ではないと思っているが、許されてしまって安心している。
「でも、ザシュリアの考え方はわたくしの予想に反していてとても興味深かったわ。また話を聞かせてちょうだい
?」
「は、はい。仰せのままに」
王女殿下に目をつけられた気がするのは気のせいでしょうか?! ユーリンに激しく睨まれているのは気のせいでしょうか!?
「……でもこれでデスラントがこちらを裏切ることは絶対になくなったわ。完全に掌握したでしょう? 厳しく制限するより自分で選択したと思わせる方が、人間従うものなのよ」
「姫様のおっしゃる通りです」
「え? どういうことですか?」
侍女長と王女殿下の会話に思わず口を挟むと、無表情に近い顔をした二人に視線を向けられた。
「ふふふ、ザシュリアにはまだ少し早いお話よ?」
仕える相手、間違えましたかね!? わたくしは“何も聞かなかったことにする”という選択肢を選んで頭を下げたまま押し黙ることにした。
ってあれ? 王女殿下ってわたくしよりも年下だよね!? なんで幼子のように扱われているの!?
そんなことを思いながら顔を上げるとユーリンと目が合った。今夜は八つ当たりされる予報でしょう。




