33.お見送り
「では、王女殿下にまた会える日を楽しみにしているぞ」
「ありがたきお言葉、光栄に思いますわ」
にやにやと王女殿下とデスラントを見比べて、下品な笑みを浮かべた女王陛下が国に帰っていった。ユリンスの体調も昨日よりかなりよさそうだ。あの病に感染すると、多少の発疹や体調不良は現れるが、急性期になるまで重篤な症状が現れないらしい。王女殿下が投与した薬が効けば、ユリンスは死の数日前まで違和感程度で済むだろう。王女殿下の面前というのに、ベタベタと紳士淑女らしからぬ距離をとって、見下すように王女殿下を笑う二人には殺意を抱く。ダメだ、侍女らしく微笑んでいないと。
女王がデスラントに目線を送っていたのをわたくしは確認した。……デスラントはやはり信用できないと思うし、王女殿下だってあの様子を見ていたのに何も言わない。理由がわからない。
ついでに女王はデスラントごときと王女殿下がお似合いであるような口振りをした。能力は高いが、王女殿下にあんな男は相応しくない……とわたくしが思った横で、憤怒の表情を微笑みの下に浮かべているユーリンと侍女長がいて、わたくしの怒りは急速に消えていった。……自分よりも怒っている人がいると怒りが消えるって本当だったんだ。
「ザシュリア様。こちらの書類は以前の例を探してこのように記入したのですが、合ってますか?」
「……えぇ、合っていますが、まだ教えていないですよね? というか、以前のものが見つかったのですか?」
わたくしが驚いていると、デスラントが頭を掻いて返答した。
「二十年前の資料の中から見つけたので、参考に記入してみました」
何言ってるんだ、こいつ。時間があったら資料読んでおいてねと資料室の場所は案内したが、二十年前の資料? どうやって見つけた?
わたくしが混乱していると、エリシアンが現れて資料を探しに来た。
「あれ、ないな。今日中に必要なんだけど……」
「あ、以前の資料ですか? こちらで見かけましたよ」
「あぁ、ありがとう。助かったよ」
お礼を言って去っていくエリシアンを見送り、わたくしはデスラントを問い詰めた。
「……この短時間で資料の内容・場所全て把握しているってどういうこと? あなた、スパイ?」
わたくしの言葉に慌てたように両手を振りながらデスラントが答える。
「ス、スパイだなんて! まだ違います! 純粋に資料に目を通して場所を覚えただけです! 簡単なことでしょう?」
「まだ? スパイになる予定があるのですか?」
首を傾げるデスラントは嘘をついていないように見える。いや、“まだ”と言っていたから、今後スパイになる予定はあるようだが、嘘をつくのは苦手なようだ。瞳孔は開き切っているし、目は左右にずっと泳いでいる。
「いや、それは、あの、」
「あなた、王女殿下に救われておきながら、裏切るつもり!? 祖国で散々な扱いを受けているあなたにきっと同情して王女殿下はお救いになるとお決めになったのよ!?」
わたくしだって大変だった境遇から救われて王女殿下に感謝している。ふつふつとした怒りを感じながらわたくしが詰め寄ると、デスラントがあたふたとしながら返答した。
「な、な、ならないですよ!」
完全に嘘だ。目が泳ぎまくってる。嘘つくの下手すぎる。スパイになる予定はあるんだ。愛国心も薄そうだし、一体どういう理由だ? わたくしが首を傾げながら、デスラントの行動を見る。現段階ではなにも掴めないようだから、しっかりと様子を伺っておこう。そう決意して、デスラントに新たな書類を差し出した。
「これ、やってみてください」
「……終わりました」
「は!?」
こいつの事務処理能力は本物だ。次々と仕事は終わらせるし、わたくしが間に合わなくて焦っていた書類も完璧に手助けされている。痒いところに手が届く感じ……。使い勝手が良すぎて重要な業務を任せたくなるが、エスラニアに流されて困る情報は渡せない。支障のない範囲で業務を与えていく。それだけしか任せられないのが、本当に惜しい。
「でも、王女殿下が信用なさっているのでしょう? なら、なんでも任せて問題ないと思うわ」
ユーリンにそんな相談をしたのがバカだった。王女信仰の深い彼女が王女殿下の予測を疑うことなど、ありえない。
「……でも、スパイになるって明言しているような人ですよ?」
わたくしの言葉に、ユーリンが胸を張って答えた。
「我らが王女殿下よ? 間近で一緒に仕事して、信仰しない人なんていないはず!」
いやまぁ、確かに? 最初は疑心暗鬼だったわたくしだっていつの間にか信仰……というまでじゃないけれど? まぁまぁ信頼しているし? それはそうなんだけども……。
「でも、わたくしがしっかりと見張らなかったせいで王女殿下に害が出たら嫌じゃないですか」
わたくしの言葉に、ユーリンはにやにやと笑みを浮かべながら、わたくしの頭をグシャグシャと撫でた。
「ザシュリアも王女殿下のこと、大好きじゃない? 一人で抱え込まなくても、もっと王女殿下に頼ってみてもいいと思うわ」
ユーリンの言葉に、わたくしは頬を膨らませてしゃがみ込む。お下品と言われようが、鎌わない。
「……王女殿下はわたくしたちの主人よ? お手を煩わせないように侍女が動くのは当然でしょう?」
ユーリンが頭を撫でるのを続けて、わたくしに言う。
「でも、王女殿下はまだ未成年といえども王族よ? 権限をお持ちなの。あの方が、わたくしたち侍女を守るために権限を使わないお方に見える?」
見えない。それは見えないけど、わたくしがぐちぐち言っていると、どこからか地を這うような声が聞こえていた。
「あ、」
「ユーリン? ザシュリア? あなたたち、こんな使用人食堂でそんな格好でくつろいでいて、いいご身分ね? あなたたちの素行不良はあなたたちの主人である姫様の欠点となりうるのよ!?」
わたくしを見捨てて逃げようとして捕まったユーリンとまとめて、侍女長のお説教に放り込まれたのだった。




