26.鑑賞会
「……あのスイーツ、食べたかしら?」
王女殿下が小声で囁く。
「誘導は済ませております。今日も二人は胸がドキドキと高鳴ったように感じるでしょうね。それよりも王女殿下。作戦を彼に全て任せてしまってよかったのですか?」
王女殿下にわたくしがそう詰め寄ると、小さく笑った王女殿下が答えてくれた。
「もちろん、保険はいろいろと打ってあるわ。でも、彼は必ずやり遂げる人間よ。わたくしを信じなさい」
なぜか信じてしまう。王女殿下の言葉なら信じられるだろうと。
「挨拶回りを終えたら、あの魔術具のところに参りましょう」
王女殿下の言葉にわたくしは小さく頷いた。
王女殿下の後ろについて挨拶を回る。国内では“欲しがり王女”の名を欲しいままにしているが、国外ではある程度優秀さを見せているらしい。
「我が儘だけどある程度優秀だと思わせておいた方が便利でしょう? その方が抑止力になるもの」
国内の膿み出しのための“欲しがり王女”は、国内向けでは素が出てしまう、外交では決められたセリフだけ発している王女なのだろう、と思う人には思わせておくらしい。そうすることで国内に優秀な施政者がいるように思わせるそうだ。
ただ、侍女長がため息を吐いて付け加えていた。
「姫様が国外向けにお見せしているのは、あくまで常識の範囲内です」
王女殿下の優秀さは優秀すぎてわたくしも最初信じられなかったもの。納得していると、王女殿下も頬を膨らませて反論した。
「わたくしは常識人よ。他の人よりも本質を少し知っているだけ」
侍女長と絡むと王女殿下は突然年相応になるときがある。王女殿下の可愛らしさに微笑んでいると、どこからか現れたユーリンがわたくしの耳元で囁いた。
「……お可愛らしいでしょう? 年相応の王女殿下も。ほら、あなたもすぐに王女殿下の魅力に抗えなくなるわ」
驚いて振り向くと、ユーリンがニヤニヤして立っていた。そんなユーリンを見て、侍女長がため息を落とした。
「ユーリン。ザシュリアをあまりそちらの道に引き摺り込もうとしないでちょうだい。王女殿下の近くに付けられない侍女が増えるのは困るから」
「侍女長! ただ少し忠誠心と信仰心が高いだけで有能な侍女ですよ!?」
食ってかかるユーリンを見て、王女殿下はクスクスと笑う。いつの間にか個室に入っていたわたくしたちの前に、魔術具が置かれる。四角い薄い板のような形の魔術具を王女殿下が起動する。
「さてと、デスラントはうまく働いてくれているかしら?」
エスラニアの女王の控室には、女王の他にデスラントとユリンスがいた。個室に連れ込むほど親密になっているとは、と驚いていると、女王の横にユリンスが腰掛けた。思わず息を呑む。隣に腰掛けるのは、婚約者相当以上でないとマナーとして不適切だ。エスラニアでも同様だと思っていたが……デスラントがユリンスを窘め、女王に逆に叱られている。
「ですが、女王陛下! 他国の婚約者相当のお方をまた奪い取るなど、国際社会からより一層批判されますよ!」
「批判など多少めんどくさいだけで構うものか」
テーブルの上のドリンクを取り、そう言い放った女王にデスラントが反論した。
「なら、せめて、ユリンス様と真実の愛に落ちたとして、メチウス姫に婚約者をお返しになったらどうですか!? 各国からの尊敬を集めるために良策だと思います!」
ストレートに言った!? と思って驚いていると、周りは動じていない。女王陛下も考え込む姿勢を見せている。ユリンスは他に男がいることに焦燥感を抱いたのか、女王の手を取って言った。
「女王陛下。僕がその男の分も、いやそれ以上にあなたを愛します。それではいけませんか?」
自分好みの男にそう言われて、女王陛下も悪くないという顔をしている。
「ふーむ……確かにメチウスから奪い取ったが、地味なあの男に大した使い道などなかったからな……。あんな男、抱く気にもなれなかったわ。はっはっは!」
笑う女王の手に口付けてユリンスが上目遣いで女王を見上げる。
「僕はいかがですか?」
「ユリンスは愛らしいの。好みだ」
頭を抱える従者が、退職届と書かれた紙を叩きつけた。
「そんな各国の姫の婚約者を奪い取るような女王には、ついていけません!」
「「「まぁ!」」」
これは想定外で、王女殿下含めて全員で声を揃えてしまった。
「お前ごときが辞めたところで、痛くも痒くもないわ。さっさと失せろ」
メチウス姫の婚約者がどうなるかわからないが、デスラントの退職は確定した。
「引き継ぎの資料は私の引き出しの中にありますから!」
いつ辞めてもいいように前々から準備してたパターンだった!? 驚いていると王女殿下がニヤリと笑った。あぁ、この王女殿下、デスラントが辞めたいことをご存じだったパターンだ。
「ふふふ。なかなか苦労したのよ」
こっわ。敵に回しちゃいけない人はこの王女殿下です! みなさん! わたくしが心の中で声を上げていると、ユーリンが拗ねたように王女殿下に擦り寄ろうとする。
「わたくしも王女殿下に欲しがられたいです!」
「離れろ。姫様のお近くに寄るな」
侍女長がユーリンの頭を抑えたところで王女殿下が指示を出す。
「じゃあ、デスラントを回収してきてちょうだい。一緒に鑑賞会を楽しみましょうと声をかけてきて」
「あれ? ところでメチウス姫の元婚約者さんは?」
わたくしが首を傾げると、王女殿下は微笑んだ。
「女王陛下はメチウス姫に会わせるためにお連れになったのでしょう? 二人の時間をとっていただいてるわ」
いったいどうやって? わたくしの心の声は誰にも届かなかった。




