22.夜会①
「ようこそ我が国にお越しくださいました。エスラニア王国女王陛下」
近隣友好国を含めて開いたその夜会はかなり豪華絢爛なもので、わたくしだけでなく、普段こういう場に出されないはずのユーリンも侍女として働いていた。いつもながら輝くシャンデリアの下には、各国の料理が並び、その量も多い。夜会は今日から三日続けられる。エスラニアの女王の我が国の滞在は、一週間の予定だ。
「……ユーリン先輩。王女殿下に何かあったら一緒に命かけて守りましょうね」
「なにを当たり前なことを言っているの?」
わたくしの決意は冷たい視線で振り払われた。ユーリンは王女殿下を見つめるのに忙しいらしい。目は王女殿下から離さないが、てきぱきと働く姿は……慣れてきたはずのわたくしですら恐怖を抱くのだから、ユーリンの周囲だけ空間が開かれている。
「……ユーリン先輩はなんでそんなに王女殿下がお好きなんですか?」
わたくしの言葉に、眉を寄せたユーリンがわたくしに言う。
「その答え、今じゃなくてもいいでしょう? 後日しっかり時間を取って教えてあげるわ」
そうしてわたくしの未来の休憩時間は埋まったのだ。気のせいだと思いたい。休日は無事……だよね?
「ごきげんよう。女王陛下」
笑顔で女王に近づく王女殿下に、エスラニアの女王は振り向きざまに動きを止めた。いつのまにか屋外テラスに誘導されていたエスラニアの女王は、曇った笑みを浮かべて王女殿下をエスコートするユリンスに向けられている。
「運命的な出会いを」
王女殿下のそんな指示とプロデュースで行われた二人の出会いは、噴水の水が輝く下、時を止めるような美しいもので、二人の視線は絡み合っている。なんと言っても久々に女性に熱い視線を送られたユリンスの頬も紅潮し、エスラニアの女王を見つめている。
時が止まってちょうど三秒。王女殿下がエスラニアの女王に声をかける。
「女王陛下、ご紹介いたしますわ。わたくしの本日のエスコートを頼んでいる我が国のユリンス・ダビメット伯爵令息ですわ」
にこりと微笑む王女殿下が手を引き、ユリンスを引き寄せる。エスラニアの女王の様子に、横についている侍従が焦ったように顔色を悪くする。先日のフィネニルス王国のメチウス姫婚約者強奪騒動は、近隣諸国からも非難されたようだ。
「ユリンスは……あなたの婚約者なの?」
ユリンスから目を離すことはない。好みの髪型まで調べ上げた結果、ユリンスはより女王の好みに寄せられている。髪も散髪され、服装も好みに、女王からしたら理想の、運命の男に見えているだろう。
「……いいえ。まだ違いますわ。ただ、彼の婚約者から欲しがってしまったのですわ。ですから、彼には幸せになってもらわないと……」
まだ婚約者でない、その言葉に女王の喉がごくりと鳴った。斜め後ろの従者は必死に関心を惹こうとするが、女王の視線はユリンスに釘付けだ。
「あ、いけないわ。わたくし、メチウス姫にご挨拶に行かないと……。ユリンス。しばらくこちらで待っていてくださる?」
「はい、王女殿下」
ユリンスの好みは、派手な女ならなんでもと言ったところだろうか。しかし、このところ女性たちに塩対応され続けた彼の心も今は、唯一興味を示してくれている女王に向いているだろう。
席を離れようとする王女殿下を絶望的な視線で見つめるエスラニアの従者には同情心を抱くが、あくまで敵国の従者だ。仕方ない。
王女殿下付きの者たちは王女殿下についていく。ユリンスと女王が二人きり……いや女王の従者と三人きりになる。思い出したように王女殿下が振り返って、あくまで女王に言った。
「そうですわ。本日のデザートは、とても美味しくておすすめですの。女王陛下はもうお召し上がりになりましたか?」
「そうなの……。どちらにあるのかしら? 聞いて取ってきなさい?」
女王にそう指示された従者が肩を落としてついてくる。そんな従者を見て、王女殿下がにこりと笑って、わたくしの耳元に囁いた。
「……優秀な従者ね。彼がいなかったらあちらの国はどうなるのでしょうか? ……わたくし、彼が欲しくなってしまったわ」
「……承知いたしました。王女殿下」
王女殿下の指示を受け、脳内であの従者の情報を整理する。そして笑顔を浮かべて王女殿下おすすめのスイーツに案内する。
「こちらが、我が国風にアレンジした、フィネニルス王国の木の実を使ったデザートです」
フィネニルス王国という単語に顔を顰めそうになった従者の耳元で囁く。
「あなた様はきっととてもご優秀でいらっしゃるのですね。もったいないですわ……例えば我が国の王女付きになったらもっと高待遇をお約束できるのに」
ぎょっとした顔をした彼に笑みを深めて言う。
「目の下の隈がひどいですわ。……ご覧になって。あそこにいるのが我が国の王女宮責任者です。彼の今月の勤務日数は月十五日。休暇数は十六日。今月は旅行を楽しんだからお休みが多かったけれど、最低でも週休三日はいただいておりますの。それに、残業は滅多にございません。今月はこの夜会の準備があったので……最終週のみ月二十時間程度でしょうか?」
わたくしの言葉に目を見開いた彼の耳元で囁く。
「さらに自己啓発として月五冊まで本を自由に選んで支給いただけます。わたくしの今月の勤務日は十七日。残業はとても多かったんですの。なんと二十時間も。お給料は約五アイシャンデルク貨幣ですわ。……わたくし新人ですから、お給料が低くてお恥ずかしいですわ」
わたくしの言葉に目を見開いた彼の口から言葉が溢れる。
「給料……倍……。勤務時間……百倍……」
彼の言葉にわたくしは笑みを深める。
「もちろん、住居は使用人用で準備していただきますから、無料ですわ」
彼は家族はもう全員亡くなっており、特に親しい人はいない。女王に酷使されているが、元子爵令息だから爵位に応じた給料体系のせいでとても低い。勤務時間=女王の呼び出し全て、だ。愛国心も高くないと判断できるだろう。ただし、業務の大半は彼に偏っている。彼がいないと内政は終わるはずだ。
「そうそう。わたくし、出身は子爵家ですの。でも、出世したいなら爵位をいただけるそうよ」
少し事実を混ぜたわたくしの言葉に、彼はよたよたとし始めた。そんな彼の口に、デザートをほんのひとかけら入れる。
「……王女殿下は、休憩時間にお菓子やお茶も支給してくださるの。ベッドで眠れるってあんなにもしあわせなことなのね……。それなのに、一人で商会を回すよりもやりがいもあって、健康も守れて……わたくし、今、とても幸せですわ。王女殿下は、優秀な人材をどなたでも欲しておいでですから。あなた様のこともとても優秀とおっしゃっておいででしたわ」
ふらふらと女王の元に戻る彼を見て、わたくしは侍女長の元に向かう。後一押しだろう。




