21.密偵
「ねぇ、君。僕にお茶でも持ってきてくれない?」
あれから、ユリンスは厠に行くついでに脱走し、侍女の一人にそう声をかけたらしい。即座に衛兵に部屋に戻されたとか。
「普通、自分が王女殿下の婚約者になれるなんて栄誉をもらえるなら、おとなしく部屋に引き篭もりますよね?」
「えぇ、わたくしもそう思うわ」
ユーリンと侍女長の会話を聞いて、わたくしは思った。あぁ、ここには王女信者しかいないんだ、と。
「……あれは、自分にかなり自信を持っているので、多少のことをしても女性が自ら自分の手を離すなんてあり得ないと思い込んでいるのですよ」
思わず口を出したわたくしの言葉に、王女殿下がにっこりとした笑みを浮かべて反応した。
「あら、そうなのね……。ふふふ、じゃあ、今日から声をかける侍女全てに汚物を見る目で見られたら……わたくしも同様の反応をしたら、どうなるのか気になるわね」
そう言った王女殿下には勝算があったのだろう。敵国エスラニアの女王が来国するまで一週間を切ったところで、ユリンスの幽閉は一度解かれた。といっても、厠の中でさえ両サイドに衛兵がつけられており、かなり制限された生活の様だが。
そして、ユリンスの行く先に配置される侍女は全て王女付きの侍女に変更された。そんなに人員を減らして大丈夫かって? 我が王女宮並びに王宮では、常に余力がある状態にしてあるので、一週間程度特殊勤務でも問題ないでしょう。……それに、王女殿下がエスコートを受けなければいけないため、ユリンスには一時的に症状を和らげる薬を飲ませているとかで感染力も落としている。元々、貴族らしい距離をとった通常の生活で感染する病気ではないのだが。
「ねぇ、君たち。あとで部屋にお茶を持ってこない? 少し休憩してもいいからさ」
ユリンスがそう言って、侍女の一人の手を取ろうとすると、衛兵がすぐに手を叩き落とそうと構える。慌ててユリンスが手をしまい、侍女の一人が嫌そうな表情を隠すことなく返答した。
「……結構です」
他の侍女たちは無視して仕事に戻る。女性にそんな態度をとられたのははじめてだったようで、ユリンスが驚いた表情を隠すことなく、衛兵に声をかける。
「何、今の。王女殿下の婚約者相手に失礼じゃない? せっかくこの僕がブサイクに声をかけてやったのに。ねぇ、君もそう思うでしょ?」
問われた衛兵にも冷たくあしらわれ、仕方なさそうにユリンスが部屋へと戻る。そんなことを何度か繰り返すうちに、ユリンスも不安になったようで、王女殿下に会わせろと暴れ始めた。
「僕は王女殿下の婚約者だ! 王女殿下に会わせろ」
「姫様。あれ、騒々しいんで捨ててきてもよろしいですか?」
「そもそも王女殿下の婚約者を自称するなんて不敬以外の何者でもありませんよね? はやく捨ててきましょう」
「待ってください、侍女長……ユーリン先輩。わたくしも完全同意です」
わたくしたちが耐えきれずそんなことを言っていると、王女殿下はため息を落として、お茶を一口啜って言った。
「ちょうどいいじゃない。あれがわたくしの婚約者を自称していた方が、昨日から王城に入ってきてる彼の国の密偵たちに信じさせるのに都合がいいもの」
王女殿下の言葉に、わたくしたちは膨れながらも了承する。
「……姫様。珍しいですね。密偵なんてものを城に侵入させるなんて」
侍女長の言葉に首を傾げた王女殿下は答えた。
「えぇ。敵は中に入れて、こちらが意図する情報を取らせた方がいいでしょう? ほら、あちらの女王もすでに彼に興味を抱いている様よ?」




