20.束の間の休憩
「お帰りなさい。ザシュリア。もう済んだの?」
侍女長の問いに頷きで肯定を返すと、城内の一室がユリンスのために充てがわれていると説明され、念の為、年若い侍女たちは近づかない様に忠告された。……さすがに自称王女殿下の婚約者なんだから、女漁りなんてしないでしょう……?
「はい。指定された該当者は、すでに馬車に乗せ終えています。平民の方々は……?」
「王女殿下がそれぞれ適切に対処しておいでよ」
侍女長の言葉でなんとなく想像がついた。きっと、騙されたり脅されたりした平民はしっかりと治療され、婚約者がいる貴族と知っていたのに自分から近づいた様な命知らずの平民は、隔離されて……。
平民一人ひとりにまで心を砕く王女殿下に、改めて尊敬の念を抱く。わたくしがそんなふうに思っていると、いつのまにか現れたユーリンが横でハンカチ片手に号泣している。……引いた。全力で。
「うぇっぐ、ざずが、王女殿下ぁぁぁぁ!」
わたくしの引き顔があからさますぎたのか、侍女長に軽く肩を叩かれた。そうだ。侍女たるもの、いつでも微笑みを浮かべていないと。慌てて微笑みを浮かべ直すと、侍女長が小さく頷き、場所を譲るように手で示した。指示に従って、一歩下がる。
「ユーリン? わたくしの指示した来年度の王女宮の事業計画書の叩き台は?」
「ゔぇ、おばりまじだぁ!」
「では、出張費の精算は?」
「もぢろん全員分おばってまずぅ!」
鼻を啜ろうとするユーリンから一歩下がって逃げる。
「あと、」
侍女長がユーリンに積み上げた仕事が終わっているか、一つずつ質問する。全て終わってると言い張るユーリンに若干恐怖心を抱きながら、隅に逃げていると、目があった王女殿下に近くに寄るように手招きされる。
「お呼びでしょうか?」
「ザシュリア。今のうちにわたくしのお茶とお菓子を淹れてきてちょうだい。調理場まで逃げたら、大丈夫だから」
王女殿下の優しさに頭を下げ、お茶を準備しに下がる。
「……ふぅ。怖かった」
そう思ってお茶を準備して戻ろうとすると、ユーリンを引きずりながら歩く侍女長の姿が見えた。慌てて壁の影に隠れる。
「終わっているか中身まで確認します」
「おわっでまずっでぇ! わたくしを、わたぐじを王女殿下のおそばにぃぃぃ!」
……わたくしは、何も見ていない。よし、王女殿下のところに帰ろう。
見なかったことにして王女殿下の元に戻った。
「ザシュリア。おかえりなさい。ちょうどよかったわ。そこの書類、手伝ってもらえる?」
「はい。王女殿下」
王女殿下に書類を手渡されて、従者用の机を持ち込む。
「ザシュリアもお食べなさい」
「ありがとうございます」
王女殿下の優しさにほっとしながら、のんびりとした空間で書類を片付ける。何かの幸せ。一生ここで働かせてください。
そう思っていると、ぜぇはぁした様子のユーリンと、無表情ながら疲れ切った気配を隠せない侍女長が戻ってきた。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま戻りました。姫様」
「ユーリンはきちんとお仕事していたでしょう?」
「えぇ……。次回からは課題を今の十倍にすることにします」
侍女長の様子に、わたくしも悟った。あの非道な仕事量、終わらせたんだ……。いや、ユーリンでそのレベルって王女宮の従者のレベル高すぎる。わたくし、使い物になっている?
「そうね。本当に抑えないといけない時は、その五十倍くらいがちょうどいいと思うわ」
にっこり笑う王女殿下に、そんなぁ! と叫ぶユーリン。
「ところで、王女殿下。あれはいつまで王城に置いておくのですか? 王女殿下のお近くにあれがいると思うと……わたくし……」
あれとはユリンスのことだろう。確かに、病気を持っている男を王女殿下の近くに置いておくのは嫌だろう。
「ねぇ、エミリアッテ? あれが病気持ちなことは、しっかりと証拠隠滅してある?」
「えぇ。王女殿下の仰った通りに全て済んでおります」
「そういうことだから、ユーリンもザシュリアもうっかり漏らしちゃダメよ?」
「「はっ」」
微笑みを浮かべた王女殿下は施政者の目をしていて、わたくしとユーリンは思わず跪いたのだった。




