2.王宮
「あーあ、メイシアに相談してから王宮に行きたかったなぁ」
実家の馬車に乗り込み、足をぷらぷらさせながら窓の外を見る。王女様からの召喚状は、二日後の日時を指定していたが、その日までの間は通っている貴族学園はお休みだった。学園の親友メイシアを思い浮かべて、わたくしはため息を落とした。
「ま、王女からの召喚=公休扱いで学園を休めるんだから、感謝して家に戻ったらあの書類とあっちの決済と……」
家に帰ってから商会に行き、早急にしないといけないと思っている仕事のあれこれを考える。
「あー! 一日が全然足りない。睡眠時間削ったって数時間程度しか増えないし……」
そんなことをブツクサと言っていると、あっという間に王宮についた。
未成人の令嬢たるわたくしは、定例の強制参加の夜会くらいしか王宮に来ることもないし、夜会とは別の入り口から入る王宮は、初めてきた場所のように輝いていた。
「昼間の王宮って、遠くからみても綺麗だとは思っていたけど、近くで見るとこんなに美しいんだ……」
口をぽかんと開けて見上げていると、我が家の馬車の御者が降りようとしたまま惚けているわたくしに手を伸ばしたまま、ボソボソと言った。
「お嬢様! お嬢! 戻ってきてください! ほら、淑女らしく笑って、前を向いて降りる!」
「あ、ごめんごめん」
御者の手を取り、淑女らしく馬車を降りた。一応貴族令嬢としてのマナーは一通り頭に入っては、いる……多分。今まで誰かに指摘されたこともないし、一流の教師に習ったはずだから……。商会が忙しくて、わたくしの記憶力には不安があるけれど……。
「行ってまいりますわ」
御者にそう言って王宮に向かった。なんか頭を抱えていた気がするけど、家の者に挨拶をしてから家を出るって別におかしいことないよね?
場所の前で、わたくしの到着を待っていたような従者に従って、王女宮に案内される。
こちらも一応商人の端くれ。扱っている商品はほとんど魔石だけど、加工の良し悪しくらいはわかっている。丁寧に整えられた庭園に、庭園に接しているのにチリ一つ見当たらない美しく輝く通路。どこか上品な香りが漂い、すれ違う使用人は丁寧に頭を下げて通っていく。……もしかして、わたくしよりもかなり所作が美しい!? 王宮侍女って事務処理能力以外にも、ああいうマナーが必要!? 王宮の侍女くらいならって思っていたけれど……これは無理なんじゃ……。不安に思いながら、キョロキョロとしないように気をつけて、王宮内のあれこれを見る。侍女たちの制服も皺一つなく、誰もがのんびりとした美しい動作で動いていく。表情も明るい。いい職場なのだろう。我が家ももう少し余裕を持てたら、使用人たちも楽になるかな……。我が家の将来を不安に思いながら、案内された王女宮の一室に入る。
一度目の謁見では、おそらく使用人が対応する。王女本人と対峙するのは、二度目以降だろうというのが父ダニエルの予測だ。実際、一度目の謁見で王族と面会した事例なんて、社交界で聞いたことがない……我が家の情報収集が足りていない可能性は大いにあるけれど。
「お待たせいたしました。ウェルティン子爵家ご令嬢ザシュリア様。まもなく王女付きの侍女が参りますので、こちらでお待ちください」
案内されるがまま、席に着く。品のいい調度品は、一眼見てわかる高級品だ。宝石の代わりに魔石も使われている。……あの辺りは魔術具の一種だろうか? 案内されたソファーも驚きのふかふか加減だ。しかし、しっかりとしていて、座った人間がだらけることもないだろう。この押しても戻ってこない技術……どこの工房のものだ? 売れるぞ……。わたくしがそんなことを頭の中で考えているうちに、頭を下げて去っていく侍従と入れ替わるようにメイドが入ってくる。
「ウェルティン子爵家ご令嬢ザシュリア様。お待たせいたしました。メディ領産の紅茶とフィーリ領産の珈琲のご用意が済んでおります。どちらをお飲みになりますか?」
……どちらも、いつもわたくしが愛飲しているものだ。王宮の情報収集能力におそれを抱きながら、わたくしは答える。
「紅茶でお願いしますわ」
「かしこまりました。では、温度は少しぬるめ、砂糖一つにミルク少量でご準備してもよろしいでしょうか?」
飲み方までわたくし好みに準備しようとする王宮に驚きながら、小さく頷くと、まるで紅茶を選ぶことがわかっていたかのようにメイドが紅茶を持って入ってきた……。王家怖い。みんなマナーが完璧だし掃除も完璧。欠点が見当たらない。これは、侍女どころかメイドも無理だ……。そう震えながら、ちびちび紅茶を飲んでいると、憧れていたけど行列ができるせいで買いに行けていなかったパティスリーの新作お菓子が次々と運び込まれた。……庶民向けだけど、わたくしが普段好んで食べているクッキーから、豪華なケーキまで。
……使用人をパティスリーに並ばせるくらいなら、その時間書類仕事を手伝って欲しい。そんな我が家の状況とわたくしの好みを完全に把握したラインナップに、わたくしの喉はごくりと鳴るし、胸もどきりとする。
「お待たせいたしました。ウェルティン子爵家ご令嬢ザシュリア様。ジュリアンヌ王女殿下の管理なさる王女宮の侍女長をしております、エミリアッテ・ディスガバルと申します」
ディスガバル……あの侯爵家の!? 王宮侍女ってもしかして下位貴族じゃなれない!? マナーや能力だけじゃなくて、爵位も足りなかった!?
「お、お初にお目にかかります。ウェルティン子爵が長女、ザシュリアにございます」
慌ててカーテシーを取ると、銀縁のメガネをくいっと押し上げた侍女長は無表情で答えた。
「……今はわたくし、王女殿下の侍女という立場でございますので、そんなに畏まられると困ります」
「も、申し訳ございません!」
商人の謝罪の最終系、角のように曲がる謝罪を思わず捧げ、わたくしは自身の教養について認識を改めた。うん、最高の教師陣の教育、日々の業務ですっかり抜け落ちている。




