19.追放
「は、はい! お呼びでしょうか? 王女殿下」
壁の隅で数人の令嬢に取り囲まれるように、まるで周囲から見えないように隠されていたメイシア。また、あの女たちに嫌味を言われているんだ。いつもはわたくしも一緒になって守っていたのに、今は一人で……。メイシアのことが心配になって駆け出したい気持ちを抑えて、王女殿下の横に侍る。
王女殿下もわたくしの気持ちと、あの令嬢たちとメイシアの関係に気がついたのか、一瞬嫌悪した様な表情を浮かべた。そして、気を取り直した様に笑みを深める。
「ねぇ。このユリンスという伯爵令息は、あなたの婚約者って本当?」
「は、はい」
計画通りだ。ここまでは、わたくしはメイシアが王女殿下の提案を拒絶すると予想した。王女殿下は、了承するだろうと思っていたらしいが、わたくしの意見を聞いて、拒絶した場合の対策も考えてくださったのだ。
「あなたの婚約者、美しいわ。……正直、あなたには手が余るでしょう? わたくし、欲しくなってしまったの。彼との婚約を破棄、してくださらない?」
「え、しかし、」
やっぱり。国のために犠牲になることも辞さない。さすがメイシアと思っていると、王女殿下も好ましい者を見る様な優しい色を浮かべて、メイシアを見ていた。
「王女殿下がこうおっしゃっているんだ。お前も俺に縋り付いていないで、さっさと婚約破棄を了承したらどうだ?」
ユリンスの言葉は想定外で大変イラつくものだった。だが、タイミングとしては完璧だ。イライラしながらも、空気を読んだ様なユリンスの言葉に助けられた気もする。
壁際にいた令嬢たちがくすくすとメイシアを嘲笑う声が聞こえた。それをチラリと見た王女殿下が不機嫌そうにユリンスに言った。
「ユリンス。お前、わたくしの物になるなら、あの者たちとの縁もしっかり切っておきなさい」
「は、はい」
ユリンスは王女の言葉に慌てたように肯定し、淑女たちを睨みつけた。それを見ていたメイシアが意を決したように一歩踏み出し、王女殿下に向かって口を開いた。あぁ、さすがメイシア。わたくしの親友。きっと拒絶するつもり。
「王女殿下。恐れながら、わたくしは王女殿下のために、婚約を解消するつもりはございません」
メイシアの宣言に、横にいたユリンスが口を開いた。
「お前! そんなにも、この俺の美しい顔が、優秀なこの俺が恋しいのか!? 確かに俺がいたら、お前の貧乏子爵家も繁栄できるもんな! でも、みっともないぞ!」
ユリンスの言葉に、先ほどユリンスに振られたはずの令嬢たちもくすくすとメイシアを冷笑する。ハラワタが煮え繰り返りそうだ。イラつきを必死に抑えていると、ついに王女殿下がわたくしを呼んだ。まるでメイシアに見せつける様にゆっくりと。合図だ。メイシアを散々いじめた代償は、その身の破滅。わたくしは令嬢たちに終わりを告げに向かう。といっても、ここは夜会。騒動になっては困るから、令嬢たちには耳触りのいい言葉で釣る。そして、目が合ったメイシアににっこりと頷く。大丈夫。王女殿下はあなたを救ってくださるわ。
「……ねぇ、フレンダー子爵令嬢。わたくしは、あなたの気持ちをすべてわかっているわ。わたくしに任せて。わたくしが、あなたの新しい婚約者もしっかりと選定しておくから……。そうね。シュナウ伯爵。お宅の次男には、婚約者がまだいないわよね?」
「は、はい!」
「あなたにぴったりの新しい婚約者も用意したわ。いかがかしら?」
「……王女殿下のありがたいお申し出、謹んでお受けいたします」
メイシアの照れた様な笑みに、わたくしは嬉しくなりながら、令嬢たちに声をかける。
「失礼いたします。恐れ入りますが、王女殿下がユリンス様についてお聞かせ願いたいとおっしゃっておいでです。ご移動願えますか?」
「なによそれ」
「わたくしたちのユリンスだったのに」
「でも、ユリンスのことが聞きたいなんて可愛らしいじゃない」
不敬だ。腹から迫り上がる不快感を押し込み、無表情で案内する。控え室を通り過ぎ、裏手に向かっていることに気がついた令嬢たちが騒ぐ。
「ここはどこよ」
「どこに連れて行く気?」
「わたくしに何かしたら、お父様が許さないわよ」
令嬢の言葉に無表情のまま返す。
「ご当主様の許可はとってあります。せっかくだから、城外でと王女殿下がおっしゃっておいでです。こちらに馬車をご準備いたしました。どうぞ」
王家の紋章はないが、豪華な馬車だ。ごくりと唾を飲んだ令嬢たちは、馬車に乗り込んだ。全員が乗ったところで、外側から厳重に鍵を閉める。
「では、ごゆるりと馬車の旅をお楽しみください。数日分の食糧が乗っておりますので、ご安心を」
文句を言う令嬢たちを無視し、馬車を出発させる。
「行ってらっしゃい。いつか治るといいわね? その病気」
わたくしはそう言って後ろを向いて城に戻った。
豪華な馬車? 当然だろう。以前王女殿下が長距離移動用にお使いになっていた馬車だ。今は新しい馬車に替えられたから、こういう貴族の内密な移動に使っているものだ。
わたくしは、肩をゴキゴキと回して、王女殿下の元に戻るのだった。




