16.非常事態
「わたくしが侍女長やあちこちの侍女からコツコツと聞き出したのよ。あなたにも期待しているわ」
そう言われて、ユーリンからやっと解放された昨夜のことを思いながら、肩をさする。こわかった。王女殿下もあんなのが近くにいるなんてお可哀想。そう思いながら、わたくしは感謝する。今日はユーリンがお休みの日だ。ほっと息を落としながら、久々な執務室に顔を出した。
「あ、お疲れ様」
「昨日は大変そうだったな」
「すまないな。巻き込まれたくなくて」
口ぐちに謝罪する先輩たちにムキーっと言い返しながら、書類を片付ける。
「お疲れ様。ザシュリア。昨日はユーリンに巻き込まれて大変だったんだって?」
「そうなんですよ。単なる面倒見のいい先輩だと思っていたら、王女殿下の信奉者だったなんて……だれか教えてくださればいいのに」
エリシアンにそう言いながら、睨みつける。
「エリシアン様は機会があったのですから、事前に教えてくださればいいのに」
「ごめん、ザシュリアも王女殿下の信奉者になる予感がしたから」
わけのわからない言葉で逃げられた。どういう意味だ。わたくしは、あんな風になる予定もつもりもない。
雑談しながら、昨日の夜のユーリンとの時間を思い返す。
何も考えずに書類を処理する時間って気が楽かもしれない。一生ここにしがみついていたい。平和な職場って幸せ……。
そう思っていたら、血相を変えた侍女長が駆け込んできた。
「エリシアン! 緊急事態よ!」
「何が起こった!?」
「まだ、影からの情報しか上がってないけれど、すでに王女殿下はご存じよ。皆、多少の無茶振りがあることは覚悟なさい! ちなみに、国王陛下に情報が上がるのは明日だと予想されるわ。あなた方も情報の流出に注意して、ことに当たりなさい!」
侍女長が言ったことを要約すると、敵国エスラニアの女王が友好国フィネニルスのメチウス姫の婚約者を欲しがったという。婚約者の魔力がちょうどいいとか部下としてつかってやるとか、友好の印に差し出せとか戦争を引き合いに出され、仕方なくメチウス姫の婚約者が了承したという。
友好国といっても、フィネニルスはかなりの小国だ。しかも、小国のただの姫君の婚約者。それがどう緊急事態に繋がるのだろうと首を傾げていると、エリシアンがわたくしの様子に気がついて、口を開いた。手元にあった書類をいくつか片付けながら。
「メチウス姫は、王女殿下の数少ないご友人だ」
「ということは?」
「確実に、王女殿下はなにやら復讐をお考えになる! ということで、総員、各位準備! 敵国エスラニアの女王の弱点から好みまで抑えた情報を集めろ! ザシュリアは書類仕事が得意だろう? 上がる情報を全てまとめあげろ!」
あちこちから了承が飛ぶ。慌てて手元にあった書類を片付ける。緊急時の対応は習っている。書類はそれぞれに割り当てられた一時待機用の棚に置く。どうしても今日終えないといけない書類は手元に残すが、わたくしの今日の仕事には絶対に今日中に終えないといけないものはなかった。新人だからか気を遣われているのかもしれない。ついでに、直近の提出期限を一時待機用の棚の目立つところに記載して、席に戻る。この棚は昼食等の離席時でも利用するが、緊急時として使うのは初めてだ。いつの間にかユーリンも出勤している。……早すぎない? この部屋とかに盗聴の魔術具とか隠してない? 怯えながら、ユーリンが差し出してくる書類を受け取って、目を通して要約していく。
敵国エスラニアの戦略的な弱点から、女王が持っている化粧品の好み、趣味嗜好まで洗い出される様子に恐怖を感じながら、リストアップされる書類に目を落とす。敵国エスラニアの女王の好みは辛い物で、よく読む本は戦略に関する物、ねぇ。具体的な書物名や食べ物名まで出ているのが少し怖い。どこの情報だ。
いやぁ、戦略に関する物が愛読書かぁ。確かに驚く様な戦略で近隣諸国を次々と併合しているもんね。大陸の和平が脅かされているんだから、そのうち王女殿下に制裁されるんじゃない? あー……今まさに制裁されそうになっているのか。
「あ……」
その書類を読んでいるうちにわたくしが気がついて溢した単語のせいで、わたくしは王女殿下の私室に緊急招集され、ユーリン先輩に恨めしそうに睨まれるのだった。




