14.王女殿下の喧嘩
「メルディアンヌ帝国が滅亡し、ジャリジュール家が新皇家として立つことになった」
……王女殿下が湯浴みをしながら、軽く書類数枚を侍女長に差し出し、服を着替えさせてもらいながら、侍女長に何か口出しをし、食事を楽しみながら、呼びつけたエリシアンに何か言いつけたと思ったら、数刻後、国王陛下が頭を抱えながらそう言いにきた。シャンディアン王子とのお茶会に向かおうとしたときだった。
王女殿下はにっこりと笑いながら、返答した。
「まぁ。残念ですが、よかったですわね。ジャリジュール家からも、帝国の圧力に困っていると言う言葉を聞いておりましたし、我が国も魔石の輸出量を増やして欲しかったですから、我が国としては助かりますわね。それに、帝国といってもすでに形骸化していらしたのでしょう? 遅いか早いかの問題ですわ」
笑みを貼り付けたまま、国王を追い出してお茶会に向かおうとする王女殿下に、国王が凝り固まっているのではないかというくらいに深く刻まれた眉間の皺を解しながら、王女殿下の進行を妨げる。……よくわからないけど、危険な予感がひしひしとするから、国王陛下は早急に撤退すべきだと思う。
「……もう数ヶ月後の予定だったであろう?」
「……彼の国のせいでシャンディアンに“嫌い”と言われてしまったのですわ」
「それは、そうなのだが……。こちらにも都合があってだな」
「同盟国にはすでに根回し済みですわ。エミリアッテとエリシアン以下、王女宮付きの者には少し無理をさせてしまってけれど、問題はないと思いますわ」
にっこりと笑う王女殿下に、侍女長がなにか書類の束を国王に差し出した。……超過勤務手当……? え、そう言われると、今日休みの予定だった人が数人いる様な……?
「非常時でも問題なく稼働できる様に、通常勤務は余裕を持たせておりますから」
そう言って下がる侍女長を見て、少し不安に思った。……もしかして、就職先間違えた……? いや、そんなまさか。花形の王宮の侍女。憧れの職場。大丈夫。
「さて、シャンディアンに謝罪して、宝石の返却に伺おうと思っておりますの」
にっこりと笑みを深めた王女殿下が、言葉を続けた。
「お父様は、その邪魔をなさるおつもりで?」
……生まれて初めて見た。国王陛下が走るところ。そう思いながら、お茶会に向かう王女殿下の後ろを静々と歩く。
「シャンディアン、ごめんなさいね。お返しするわ。お姉様、反省したの」
「……僕も、ごめんなさい。お父様もお母様もお兄様も許したってことは、何か事情があったんだよね? そう思うと、僕、すごく子供っぽくて……恥ずかしいや」
いや、シャンディアン殿下は大変大人でいらっしゃる。わたくしが脳内で拍手喝采していると、王女殿下も嬉しそうに笑みを浮かべた。
「シャンディアンはしっかりしているわ。他人の物を欲しがるなんて、恥ずかしいことだもの。……もう触っても大丈夫よ。解毒済みよ」
シャンディアン王子付きの侍女が、震える手で宝石を受け取ろうとしているのを見て、王女殿下が口添えする。安心した様に息を吐いた侍女が受け取り、中身を検める。……この侍女は毒がついていたって知っているってこと? 首を傾げていると、ユーリンが周りにバレない様に耳打ちしてくれた。
「あの侍女は、侍女歴が長いの」
今までも王女殿下はあれこれからみんなを救ってきたってこと? え、なんで毒薬がついているとかわかるの? そう思うと、この宝石のためにあつらえた宝石箱って……受け取っていた宝石専用に作られたかと思うくらいぴったりサイズだったよね? 思わず背筋がぞくりと震えた。そう思って周りを見渡して気がつく。今日のお茶会は、王女殿下を理解している者しかいない。シャンディアン王子付きの侍女も含めて。多分、この場で王女殿下の才能を一番わかっていないのは、わたくしだ。まるでわたくしに才能を理解させる様に準備されたお茶会の様だ。そう思って思わず王女殿下を見ると、いたずらに成功した子供の様な笑みをこちらに向ける……。って、怖いって。怖い怖い怖い。あの人に秘密なんて何もできないじゃん。いやないんだけど。というか、侍女にされた時点で身包み剥がされるくらい調べ尽くされた後なんだろうけど。
「……毒薬が塗ってあったってこと?」
シャンディアン王子の言葉に、わたくしがホッとした。よかった。仲間がいる。シャンディアン王子殿下に親近感を抱く。恐れ多くも。……わたくしに向ける王女殿下の視線が尖ったのは気のせいだよね?
「……そうよ」
「それを、お姉様が見抜いたってこと?」
「……そうよ」
シャンディアン王子殿下の言葉を一つひとつ了承する。
「ならなんで、隠しているの?」
心の底から不思議そうにするシャンディアン王子殿下に、王女殿下が優しく笑った。
「お姉様が危険を排除するけど、お姉様が排除できると全員が知ってしまうと、悪い人を探し出すのが面倒でしょう? だから、わたくし自身が評判の悪い王女として罠になっているの」
王女殿下の言葉は、シャンディアン王子殿下の予想通りだったのだろう。悔しそうに俯いて唇を軽く噛んだシャンディアン王子殿下が顔を上げて、反論した。
「そんなの、そんなの、大人のやることじゃないか! お姉様一人が汚名を被って、危険を犯す必要なんて、ない!」
シャンディアン王子の言葉は、王女殿下のことを思った言葉だった。図星を指された様に目を見開いた王女殿下は、にこりと笑って返答した。
「それがわたくししかできないことで、わたくしの存在意義よ」
「優しいお姉様がそんなのおかしい! なんでもできるお姉様なら丸ごと守ってよ」
反論するシャンディアン王子殿下に、悲痛な表情を浮かべた王女殿下が、静かに謝る。
「ごめんね。お姉様、これしかやり方を知らないの」
優しくシャンディアン王子殿下の頭を撫でる王女殿下に、何も言えなくなったシャンディアン王子殿下は、されるがまま撫でられているのだった。




