10.王女からの罰②
「王女殿下が幼少の頃、それはそれは聡明なお方だった話はしたかしら?」
「侍女長が自信を無くしそうになったときのお話でしょうか?」
「それもそう。優秀とおっしゃっても幼かった王女殿下は、まだ侍女をしっかりと教育できなかったの」
怪我の具合が心配で声をかけると、大丈夫と返答を返され、続きを語る。
「……だから一度、隣国王子の機嫌を王女殿下付きの侍女が、損ねてしまったことがあったの」
「……初めて聞きました」
わたくしの言葉に、侍女長はそうでしょうと言った。
「その侍女と上司であった当時の侍女長が責任を取らされたの。侍女長は鞭打ちの上、王宮から追放。侍女は鞭打ちと出勤停止」
「どのような不敬を……」
「ただ、王子殿下の好き嫌いを知らなかっただけ。侍女は愚かにも王子殿下に嫌いな食べ物を勧めた。王女殿下も料理の変更を訴えていらしたんだけど、伝わらなくてね」
「そんなことで……」
わたくしの言葉に、侍女長は表情を真面目なものに切り替えていった。
「ここは王宮よ。我が国の王族は寛容な方が多いけれど、国外の王族はそうでない方もいる。外交上優先されるのは、侍女か国外の王族か……もちろん、後者でしょう?」
侍女長の言葉に、静かに頷いた。
「先ほどの、王子殿下が嫌がっておいでだったり、王女殿下が明らかに間違っていたりしたら、従者の身でも口を挟む必要がある。でも、今回誰もが当然と受け入れていたことを、あなただけが直接王族に異議を申し立てた。もちろん、異議が正しいこともたくさんある。しかし、従者の身でそれを直接王族に、糾弾するように言うのは、どうかしら?」
「……」
「王女殿下の私室だから? それが常態化したら? あなたはどのラインまで許されるのか、わからなくなるかもしれない」
「……」
侍女長の淡々とした、しかし簡潔な説明はわたくしの心を抉った。王女殿下が間違っているから、王子殿下付きの侍女たちが王女殿下をそういう目で見ていたから。わたくしはそんな視点で王女殿下を糾弾しようとした。侍女の身でありながら。
「王女殿下は寛容なお方よ。だからこそ、これ以上自分の侍女が不必要に痛めつけられるのが、嫌だったのよ」
小さくため息を落とした侍女長が仕方ないのに、と呟いた。
「……あの時の王女殿下はまだ御年一歳で、言葉がお上手でなかったから」
……うん、聞き間違いだろう。一歳でそんなことができる子供がいるだろうか? いや、いるわけない。それに、言葉がお上手でない云々の話じゃない。きっと聞き間違いだと思っていると、突然侍女長が目の前で服を脱ぎ始めた。
「え、じ、侍女長!?」
わたくしが慌てて目を逸らそうとすると、さっき王女殿下が叩いたあたりに鞭の跡があった。でもそれは、とても古い傷で、傷としてはもう治ったものだった。
「……鞭の跡?」
わたくしが首を傾げると、侍女長は相変わらずの無表情で、でも照れたように笑った。
「以前お話しした、失敗した侍女がわたくしです。いまだに王女殿下にあの時のミスをいじられます。あれがなければ、侍女長もわたくしも痛い思いをしないで済んだのにって」
侍女長の言葉には、ツッコミどころが多すぎて、わたくしが固まっていると、侍女長は納得したように話し始めた。
「さっきの鞭打ちの跡ですか? 王女殿下があの後すぐに、音は大きいけれど実際は痛くない鞭を作られまして。ミスをするとたまにアレで叩かれます。本当に痛くないので、いつかザシュリアが叩かれる時も驚くと思いますよ」
違う。そうじゃない。一歳の記憶をいまだに持っている? 一歳で音は大きいけれど痛くない鞭を作った? そこまで聞いて、わたくしは納得した。あぁ、侍女長……王女殿下に関することは盲信してしまっているんだな。優秀で真面目でいつも無表情で怖いけれど、残念なお方だ。
その後、前の侍女長が現在は孤児院長として幸せに働いている話まで続いた、侍女長の王女殿下自慢を聞き流して、わたくしは反省した。
王族は怖いもの。余計な口出しは直接でなく、まずは上司に相談しよう、と。
そして思った。侍女長、もしかして……前侍女長が孤児院で幸せそうに働いているの、羨ましがっている?




