01_B__03_04 第1話 Bパート 分割 3 / 4
第1話 Bパート 分割 3 / 4
【 第1話 概要 】
サブタイトル:僕は余談が好きなんだ。/余談から始めてみないか。/(この中から1つだけ採用する)
OP曲前:初回なので、幾何学的なデザインから、混沌とした騒音。すっとOP曲に繋がる。
Aパート。初回なので、謎解きは少なめ、主に定義の議論。ハルが学校備品のクラシックギターで、ハワイアンギターっぽく遊ぶ。弦の中央で音色が変わるのはピタゴラスの倍音。2倍の2倍の……は同名。楽典は2次元、コードなど便利な道具を先にが面倒。
CM明け:転入したステラの、吹奏楽部の初日。トロンボーンの朝顔と、サックスのウツボカズラ。
Bパート:初回なので、謎解きは少なめ、主に音楽理論の利用方法。ハルに、倍音から音階の説明。ステラはトロンボーン担当、先輩から教わる、演奏のスライドのポジションはギターと同じ。謎解き気分の楽典を勧める。ステラはトロンボーン先輩に片想い。
Cパート:倍音を基準にした「純正律」と、ピアノの「12平均律」。トランペットはギターの倍音と同じ、ピストンで迂回は、ギターの1フレット。登場人物の簡単な紹介。
予告:玉がなぜだか傾いて、カレンダーは2か月間も足りなくて、ステラは自宅じゃこんなことをしてるんだ。ブイブイ鳴らすぜー。
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ヤッ子。ちょっと、困った様子。「ああ、そういったことがあるのは、想定外だった。私が言いたかったのは、戦後の日本で、沖縄県は、自動車が右側通行だった時代があったんだ」
ミッツ「本当ですか?」
ヤッ子「早坂君の例も、私の例も、資料に基づいて「正誤の判断」に使える。音楽理論は、正誤に使わない」
ヤッ子「昭和の中期の、男性の髪型は、資料からわかるように、パターンが少なかった。その当時、男が長髪で、後ろで束ねるなんて、珍しい性格の人だと思われていた」
ヤッ子「資料から、「当時は、スマートフォンが無かった」は正誤に使えるが、ファッション誌に載っていないからといって、「当時は、男性の長髪はいなかった」は正誤に使えない」
ミッツ「そうですよね。テレビで時々見ますけど、大体こんなパターンですね」
ヤッ子、ハル、ミッツの髪型が、昭和中期の男性の髪型になる。ヤッ子が坊主刈りで、指し棒で「色っぽい」と表示しても良いが、淫靡にもなるので、避けるべきか。
3人の髪型だけでなく、服装も変えても良い。料理人の角刈り、サラリーマンの七三分け、リーゼント、パンチパーマ、オールバック。
ヤッ子「昭和の中期では、男性の髪型はこうあるべきだ、場所柄によってどうする、場所柄にかかわらず禁止というのもある」
ヤッ子「髪型に限らず、ファッションに限らず、料理、言葉遣い、芸事、恋愛……。世界中で、研究者が手引書を書いては、重版もされずに廃れたり、永く継承されたり」
ミッツ「当時のファッション誌に従えば、当時のファッションが再現できる」
ハル「当時のファッション誌に従えば、時代劇を作ることができる。現代劇を作るなら、当時のファッション誌に逆らうことになる」
ヤッ子「そういうことだ。古代ローマのファッション誌を使えば、古代ローマの劇の衣装を作れる。「ところ変われば品変わる」だな」
ミッツ「じゃあ、現代の劇を作るなら、音楽理論に従う方が、おかしい」
ヤッ子「そんなことはない。ファッション誌やマナーの本には、当時の文化だけではなく、人間として変わらないことも書かれている」
ハル「例えば?」
ヤッ子「季節によって、衣服に暖かさを求めるのは変わらない。ファッション誌には、文化によって変わる事柄と、時代が変わっても継承される事柄の、両方が書かれている」
ヤッ子「だから、書いてあることの、どれが当時の流行なのか、どれが今も通用するのか、なんとなく気にしながらが良さそうだな」
ハル「あ、そうか。音楽理論の、「全部に従うべき」と、「全部に逆らうべき」の、ゼロか百かは、危険な思想ですね」
ミッツ「「危険な思想」って、その言い方が大袈裟」
ヤッ子「大袈裟ではあるが、正しい。「ゼロか百か」にこだわるのも、「こうあるべき」も、文化や時代で変わることもある」
ヤッ子「髪型と同様、音楽でも、リズム、メロディー、ハーモニーで、昔は「そりゃ、おかしい」というものが、今は普通のものがあり、今も「そりゃ、おかしい」というのがある」
ヤッ子「音楽理論の書籍を書いた人が、その時代の感性で、「そりゃ、おかしい」と思うか、「どちらかといえば、これが安心する」と思うかで、「禁止」「許容」「良好」と書いたのではないかと推測する」
ヤッ子「感性は経験で磨くというから、その地方に何年か住んだり、そのジャンルに何年か接したりなどで、自然と身に付くようになるとかな。その地方で何年間か暮らしても、その時代だけしか経験していない」
ヤッ子「音楽理論書を書いた人にとっては、読んだだけの私には、まだまだ実感が少ない、感性が鈍いと思われるかもな」
▽ 場面変更 ● ── ●
校内のどこかで、偶然にも、関連する話をしている。
生徒「ひな祭りの日に、テレビの『笑っていいとも!』で、タモリが男雛(おびな)の衣装を着たんだ」
生徒「へえ」
生徒「頭の飾りが何かにぶつかって、「昔の人は、馬鹿だったんだな」なんて言ってた」
生徒「今となっては、おかしなファッションなのに、当時は正しいと思われていたんだな」
生徒「知ってるか? ネクタイは、ルイ何世だかの肖像画にある、あの、首のビラビラが由来なんだって」背景に、ルイ16世だか何かの肖像画。
生徒。大きく同意。「そう! ネクタイって、前屈みになると、ラーメンに入るんだよな」背景に、椅子から立ってテーブルに前屈みになると、ラーメンなどに入る絵。
ラーメンの失敗は、生徒本人のものでなく、その場面を見たとしても良い。学校の制服で、ネクタイの有無が未定のため。
生徒「ネクタイの文化が、夏の猛暑で、少しずつ減っている。制服の、このネクタイも、将来は無くなるかもな」
生徒「未来のタモリが、ネクタイをして、「昔の人は、馬鹿だったんだな」なんて言うかも」
生徒「昔じゃ考えられなかった文化が、現代では普通なのって、たくさんありそう」
生徒「女の水着のビキニ、女が人前で喫煙」
生徒「男の長髪、しかも茶髪」
生徒「服装のユニセックス」
生徒「沖縄の県議会だったっけ? アロハシャツが正装になった」
生徒「ネイルアート」
生徒「缶ジュースを開けられない!」
生徒「逆に、現代では信じられない、未来のファッションって、無いかな」
生徒「ネイルアートのように、デンタルアート」
生徒「デンタル?」
生徒「歯に、マニキュアのような色や、飾りを付ける」
生徒「それなら、トゥースアートだな。デンタルは歯医者。歯そのものはトゥース」
生徒「歯の矯正から発展して、ファッションになる」
生徒「夏の猛暑で、男のミニスカート」
生徒「うわっ、満員電車で、おっさん同士で、汗まみれのヌルヌルの太ももが触れる」
生徒「男のワンピース。風通しがいい」
生徒「ワンピースは、せめて、スカートの代わりに、キュロットがいいな」
生徒「温度や湿度で、色変わりする衣服」
生徒「紫外線でも、色変わりしてほしい」
生徒「今更ながら、かつら。衣服のように、手軽に着替えられる」
生徒「それ、いいな。これまで、最後の砦のように、頭髪は自前にこだわっていたが、かつらのために、剃るのが当たり前」
生徒「大人の男で、自前の髭をファッションにする人が少ないように、自前の頭髪をファッションにする人が少ない」
生徒「スカートめくりのように、ウィッグめくりが、いたずらになる」
生徒「かつらも、頭髪の模倣なら洗濯が大変だから、頭髪の模倣に限らないファッションが当たり前になる」
生徒「コスプレのコストダウン」背景に、コスプレ用のウィッグネットが大変な様子を表示する。その上部に、ウィッグが待っている。
生徒「抗癌剤(抗がん剤)の副作用の悩みが減る!」
生徒「忍者の服の復活」
生徒「忍者って、あの服は、実際とは違うんだろう」背景に、いかにも忍者らしい服装を表示する。
生徒「忍者もサンタクロースも、架空の話も多いが、忍者のあの服は、横走りしながら、ションベンができるんだってよ」
生徒「顔は、頬の部分が何も無い広さで、さびしいから、化粧をする」
生徒「アニメ『巨人の星』(梶原一騎、川崎のぼる、東京ムービー)の、子供の頃の星飛雄馬みたいに」
生徒「映画『竜とそばかすの姫』(細田守)の、そばかす」
生徒「そばかすの点々と、グラデーションの化粧」背景に、そばかすを模したドット柄と、その下にグラデーション。
生徒「そばかすもいいが、眼鏡ストラップを拡張して、紐がブラブラ」眼鏡を首から下げるストラップ。眼鏡フレームから、紐暖簾のような、プレスリーの袖のようなブラブラ。それが、首の後ろに周るのも良い。
▽ 場面変更 ● ── ●
さっきの続き。
ハル、ミッツ、ヤッ子。廊下を歩きながら、音楽理論の話をしている。
この、廊下での話は、音楽理論の是非の話題で、中学生らしい「こうあるべき」といった議論が多いので、大胆に削っても良い。
まるで、学校がとても広くて、長い廊下をいつまで歩いても、目的地に着かないよう。アニメでは、この会話を大胆に削除しても良い。
または、字幕で「三人は、話に夢中になり、学校の中で時空の歪みに迷い込んだことに、気付いていません」を表示する。
ヤッ子「クラシック音楽の音楽理論の書籍は、当時だけのものと、今でも通用することの、両方が混在しているが、現在の音楽理論の書籍は、「知っていて当然」が、ほとんど説明されていないものもある」
この「ほとんど説明されていないものもある」の箇所は、「蔑ろにされているものもある」でも良い。
ハル「それだったら、その「知っていて当然」の事前知識が無いと、読んでもわかりませんね」
ヤッ子「その事前知識は、ほとんどが楽典だ。音符の名前、音の高さの名前、手拍子の名前など、事前知識のおさらいだから、改めて説明すると、理論書の目的から逸脱し、冗長になる」
ミッツ「楽典を知らないと、読む資格が無いって、言われているような気持ち」
ハル「課題のルール違反じゃなくても、何でも批判する人っていますよね」
ヤッ子「作品の魅力よりも、規則だけ覚えることを「愚の骨頂」と言う人もいる。作品を非難する道具に音楽理論を使うのは避けたいな」
ヤッ子「作品を非難する道具ではなく、単に音楽理論を面白がって勉強するのは、趣味として楽しいかもな。旅行はしなくても、国旗と国名と首都を覚えたり、テレビの旅行番組を見るのが好きってのに、似ているかな」
ハル「音楽理論って、どれだけあるんですか?」
ヤッ子「数え切れないな。有名なのは「和声学」「対位法」、それから「コード理論」もある。だが、自分なりの工夫も、広い意味での音楽理論だから、そんなものは書籍にもなっていないし、名前も付いていない」
ハル「料理に似ていますね。広く知られている工夫もあれば、地域性の工夫、それぞれの家庭の工夫。創作料理の本も出版されますが。あ、だったら、シメジ婆さんが教えてくれたのは、広く知られている工夫かな?」
ミッツ「ハルって、よく料理に譬えるよね」
ハル「音楽理論の全部を覚えないと、作曲してはいけませんか?」
ヤッ子「そんなことはない。アイディアに詰まったら、ネタ探しに使うのもいいだろう。書籍を読むだけでなく、既存曲を聞いたりな」
ヤッ子「実際の作品から得られるアドバイスは、少なくないぞ。「そんなことができるなら、こんなこともできるかも」とかな。科学の発展に似ている「できるはずがない」というのが、できるようになったりな」
ハル「手品でもそうです。手の甲に両面テープでコインをくっ付けるのをトリックにしたなら、コイン以外もくっ付けられるし、こうして指の爪に種をくっ付けたり」
ハル。片手を前に出し、手の甲を上向きにする。手の甲に漢字の「種」があり、大きな矢印を表示。
ミッツ「手の甲はわかるけど、爪に何を隠すの?」
ハル。小さな含み笑いで「それは秘密」
ヤッ子「ただし、既存曲を聞いても、遠近法の補助線のようなものが無いから、自分で理論を見付けるのは、難しいがな」
ミッツ「音楽理論を勉強しなさいとか、音楽理論の基礎ができていないとか」
ハル「いきなり、難しい料理を作ろうなんて無理。愛こそはすべて」
ミッツ「また料理に譬えるぅ」
ヤッ子「何の資料も無く、初めて料理しても、失敗するだろう。長い歴史の中で、ずっと使われている手法の、昔ながらの食べ物は安心する。そういったアドバイスのように、音楽理論を勉強しなさいとは言うだろうな」
ヤッ子「ゆで卵は、普通は鍋で茹でるが、ゆで卵用の機械を使うのも良い。しかし、電子レンジでゆで卵を作ってはいけない」背景に、ゆで卵が破裂する動画。注意書きで「危険なので、まねしないでください」を表示。
ミッツ「駄目なんですか?」
ハル「電子レンジの説明書に書いてあるだろう」
ミッツ「新しい料理も、新しい音楽理論も、試行錯誤なのは同じだね。だけど、料理も音楽理論も、初めてでの試行錯誤と、経験があっての試行錯誤は違うよね」
ハル「だから、浅い経験を補うために、納得できるアドバイスとしての音楽理論や、既存曲の解析も役立つんですね」
ミッツ「美味しいお店で、「この食感がたまらない」っていうのを真似したり」
ハル「その効果を知った上で逆らうと、より効果的になったりするけど、何も知らなかったら、ちぐはぐになったりするよな」
ヤッ子。ハルとミッツの会話を聞きながら、心の声。「(ギャングエイジを過ぎた中学生なんだな。わかったような気持ちで、理想論を楽しむのは、自信を持って社会に出るための準備、第二次反抗期に繋がるのだろう)」
ヤッ子。心の声。「(崇高な理想をもって、それが理解できない大人を見下し、自分が本気になれば、指一本で世の中を変えられるはずだと思う。驚く程に急成長する精神と身体に、自ら驚き、自信と歯噛みをする年頃か)」
ヤッ子。ハルとミッツの会話が迷走し始めたので、話題を変える。「逆に、的外れの「勉強していない」の批評もあるな」
ハル「的外れの批評?」
ヤッ子「舞台衣装で、和服にマジックテープを使っていたら、「和服の基礎ができていない」「そもそも和服とは」と批評しても、舞台衣装だからな。違う基準で批評は筋違いだ」背景に、マジックテープでベリベリ剥がす動き。
ハル「基準の違いといえば、お客様を待つ、あるいは、お客様の言葉を待つ間に、手を前で組むか、後ろで組むか、国によって文化が違うらしいですね」背景に絵。レストラン、ホテルなどで、立って待つ姿。
ヤッ子「使う基準によっては、態度が悪いと思われるだろうな」
ミッツ「スマイルマークのような、簡単な顔を書く時に、感情表現に目を使うか、口を使うか。日本と欧米では違うらしいから、音楽理論でも、ジャンルによってアドバイスが違うかも」
背景に、スマイルマークをいくつか。目が笑っている、泣いている。口が笑っている、泣いている。
ハル「だったら、両方を使えば、組み合わせで多様にできないか?」
ヤッ子「早坂君は、好みに合った困難に立ち向かう時に、こういう表情をすることも、あるだろう。」スマイルマークで、眉と目は怒ったように、口は不二家のペコちゃんのように舌を出す。
ここで、漫画の例を出しても良い。
板井れんたろう、吾妻ひでおの笑い汗。笑顔で涙。笑顔で冷や汗。
ジョージ秋山。『銭ゲバ』。顔の左右で、目の形、牙の有無が違う。顔の左右のどちらかを、指で隠すと、セリフの雰囲気が異なって読める。
スマイルマークに、眉を加え、眉と瞼で、上向きと下向きが異なる。更に、眉の下の眼球の輪郭線を加え、眉と瞼と輪郭線で向きが異なる。輪郭線は短い。
ヤッ子「蜜霧君は、『ハバネラ』(ビゼー)を知っているだろう。「♪ダッッタラッタッ」という曲だ」イントロを歌う。『ハバネラ』の、ゆっくりなテンポ。
ミッツ「知っています」
ヤッ子「『ハバネラ』のメロディは使わず、伴奏部分のリズムをメロディに使い、テンポを速くすると、ダンスができるようになる。ファッションで言えば、異なった時代や国の、服装と髪型を合わせると、面白い効果になることもある」
ハル「そうすると、「ハバネラのテンポに違反している」ですが、「面白いから」の基準が使えますね」
ミッツ「音楽理論によっては、矛盾もあるんですか?」
ヤッ子「あってもおかしくないぞ。日本の民謡を西洋音楽の基準で批評すると、「勉強していないから、3度音が無いんだろう」ってことになる。西洋音楽でも、わざと3度音を省いて、宇宙の空虚感を表現することはあるのに」
ハル「「3度音」って、何ですか?」
ヤッ子「和音の部品だが、細かなことは、これから知るだろう。譬えれば、米飯はそれだけでも美味いが、独立した食事ではない。3度音を加えることで、カツ丼、カレーライス、ドリア、チャーハン、様々に変わる」
ハル「え、3度音って、そんなにすごいんですか」
ヤッ子「まあ、ちょっと大袈裟な譬えだったな。音楽だったら、何も加えない米飯だからこそ、効果的な場面もある」
ハル。この辺りから、ミッツとヤッ子の会話が、意味不明という顔になる。
ミッツ「和音には、根音と3度音が無ければならないって、ピアノの先生が仰っていました」
ヤッ子「蜜霧君のピアノの先生は、クラシック専門ではないか?」
ミッツ「はい、そうです」
ヤッ子「音楽理論で有名な和声学では、そのようになっているな。しかし、ベートーベンの『運命』では、最初の2つの和音のうち、1番目は根音省略、2番目は根音と3度音の両方が省略されている」
背景に、『運命』のタイトル「交響曲第5番 ハ短調 作品67」を表示する。楽譜を表示しても良い。楽譜を表示する場合、「3度音」「5度音」「根音が省略されている」などを添えても良いが、ハルが「?」を出す絵も添える。
ミッツ「それじゃあ、全く和音として、成立していないじゃない」
ヤッ子「これは、曲の構成として「伴奏が無い、歌だけの部分」と考えれば、「和音として不足」には当たらないな」
ヤッ子「同じくベートーベンの『エリーゼのために』でも、ミとシだけで、短調の導音であるソ♯を含まない属和音の箇所がある」
ミッツ「でも、ソ♯を含む箇所もあるから、無くても「あるつもりで聞きなさい」とも思えます」
ヤッ子「ベートーベンの曲だから、努めて「正しい理由を考えなさい」と指示されても、身近な凡人の作品なら、「あるつもりでなんて、通じない」と否定するのだろうな」
ハル。まだ、ミッツとヤッ子の会話が、意味不明という顔のまま。
ハル。心の声。「(こんな話、楽譜を読めない視聴者に、通じるのだろうか)」ハルに指し棒で「わざとらしい心の声」を表示する。
ヤッ子「和声学では「完全5度の連続は禁止」「直行8度は禁止」だが、「内声音を含み、導音から主音に行く場合は許容」とか、あれこれある」
ミッツ「聞いたことがあります」
ヤッ子「シューマンの『トロイメライ』という曲があるだろう」
ハル。心の声。「(宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』で、ネズミがリクエストした『トロメライ』のことかな?)」
ヤッ子「あの曲の中には、隣り合った声部での、上行の直行5度や、隣り合った声部で増4度から減5度、これは音程の呼び名は違うが同じ距離だが連続していたりする」
ミッツ「禁止だらけじゃないですか」
ヤッ子「和声学を勉強したのか?」
ミッツ「勉強ではなく、小耳に挟んだ程度ですが」
ヤッ子「そうか。『トロイメライ』には、上行の直行8度、上行の連続8度、下行の直行7度、下行の連続完全5度、その他、あれこれあるぞ」
ミッツ「知らなかった……」
ヤッ子「しかし、それらの多くは、「転回形だ」「片方が順次進行だ」などの理由から、禁止ではないものもある」
ミッツ「だから、大丈夫なんですね」
ヤッ子「ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』では、コード進行で、完全5度の連続がある」
ミッツ「それは……、明らかに違反ですね」
ヤッ子「ところが、これは「コード進行」ではなく、「コード推移」だから良いという話もある」
ミッツ。嫌な気分になって、顔をしかめる。「うわっ、それって、「石を投げたら攻撃だが、食べ物である玉子なら攻撃ではない」って言うのと似ている」
ヤッ子「違反していると思える箇所でも、シューマンの作品に対しては、努めて「このように考えたら許容だ」の理由を探し、身近な凡人の作品に対しては、努めて「このように考えたら禁止だ」とすることがある」
ヤッ子「腑に落ちないが、考え方を変えることで、禁止と許容が変わるらしい。正直に言うと、私には、なぜ禁止なのか、なぜ許容なのか、わからない」
この話は、第5話と第8話で、「音楽理論と、虐めの構図」として続く。
ヤッ子「なぜ、完全5度の連続が悪いのか、禁止の理由が納得できるように、わかるように努力はしたが、未だにわからない」
ヤッ子「食生活など、健康被害があるのなら、悪いことがわかるようになりたい。しかし、芸術だから、無理して悪い理由を探すのは楽しくない」
ヤッ子「だから、わかる人は楽しめば良いと思うし、法律家ではないから、実害も無いのに、禁止箇所を探すのも趣味ではないのでな」
ミッツ「ショパンの曲の左手では、禁止がどっさりありそうですね」
ヤッ子「ピアノの演奏で、右手でメロディ、左手で和音の場合、そんな禁止の規則からは対象外で、聞いていて不快でもないし、誰も困らない」
ハル。まだ、ミッツとヤッ子の会話が、意味不明という顔のまま。一緒に歩きながら、ただ聞いているが、話の意味はわからない。
ハル。心の声。「(知らない単語ばかりで、話が通じている。不思議だ)」ハルに指し棒で「視聴者向けの、わざとらしい心の声」を表示する。
ヤッ子「ギターの演奏で、声部の概念がある場合もあれば、コード弾きでは、和声学で扱う「声部」という概念が無い場合もある。ショパンの曲の左手も、ギターのコード弾きになぞらえると、和声楽の禁止には該当しない」
ミッツ「そうですよね」
ヤッ子「なのに、禁止の規則を用いて批判することはある」
ミッツ「わっ、やだなー」
ヤッ子「音楽理論を学んで、禁止事項が「なぜ禁止なのか」に納得ができなくても、避けられるなら避けた方が無難だな。批判されないというだけでなく、感性が高まった未来の自分が褒めてくれるかも知れないし」
ミッツ「そうですね」
ヤッ子「逆に、禁止事項を使っている作品があっても、自分が納得できない禁止事項だったり、困りもしなければ、批判しない方がいいな。面倒な言い争いも避けられる」
ミッツ「それは音楽理論に反しているから駄目って言うのは、何となく、犯罪は法律に反しているから駄目ってのと似ているのかな」
ヤッ子「悪いことをしない理由が、相手が困るからなのか、そう教わったからなのか」
ハル「さっきから、何を言っているんですか? 完全なんだかとか、セイブ(声部)なんとかって」
ヤッ子「ああ、済まなかった。クラシックの音楽理論は、愛好者がまるで一般常識のように話すのだ」背景に、セリフの「まるで一般常識のように」を字幕表示する。
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