06_B__01_02 第6話 Bパート 分割 1 / 2
第6話 Bパート 分割 1 / 2
【注意事項:楽典以外の余談に、児童には不適切な生々しい描写や、心的負担の箇所があります】
【 第6話 概要 】
サブタイトル:音楽を自由に楽しんで、何が悪い!
OP曲前:ヤッ子の姉、鍵宮美音(かぎみや・みね)が、ポップスのバックバンドのコンサートに急遽の出演依頼を受け、失敗。クラシック音楽の基礎はあるが、ポピュラー音楽は経験が無いため。
Aパート:ジャズを簡単に書き直す。シャッフル記号とスウィング。フォルテシモでショージが抱き着く。sfz。長調と短調のジェンダーを宇宙人に教える。「シ、ド」でツナ缶効果。ロックは揺れる。教会旋法。ステラの海老逃げ。
CM明け:左手がテンポ、右手がメロディを叩くのができない。
Bパート:ステラがヤッ子に、吹奏楽の相談。ヤッ子が、姉である鍵宮美音(かぎみや・みね)の話をする。ピアノは好きではないが、継続を強制され、できない仕事を強制され、投身自殺。
Cパート:将来の夢は世界征服。若いなら何でも。シメジ婆さんが言ってた。夢がたったひとつなら、叶わなかったら悲しいね。夢がたくさんあれば、どれかひとつでも叶えば嬉しいって。
予告:猫の肉球がプニプニで、ハルは突然すごくギターが上手になり、ヤッ子がモーツァルトに一喝。酔っぱらっちゃったぜい、ぐでんぐでんだー。
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▼ Bパート。 ▼── ──▼
吹奏楽部の練習の終わり。
ステラがトロンボーン先輩に相談。「あの、先輩。相談があります」
トロンボーン先輩「え? 相談って、恋愛相談なら、お門違いだよ」
ショージ「ステラちゃん、相談なら、のるよ」
ステラ「あ、では、ショージさんも」
ショージ。心の中で歓喜。「(やった、ステラちゃんに頼られた)」
トロンボーン先輩「うーん、どこか、場所を変えようか」
ショージ。心の声。「(どんな相談かは知らないけど、トロンボーン先輩よりも役立つことを言いたい!)」ガッツポーズのような誓い。
3人で廊下を歩いている。
ヤッ子。帰宅の準備をしていたが、暗い表情のステラが2人の男に挟まれて歩いているのを見て、声を掛ける。
ヤッ子「どうした? 星山君」背景に注釈文「ヤッ子先生は、生徒同士のトラブルを、とても心配している」を表示する。
ステラ「ヤッ子先生。相談があります」
ショージ。能天気な表情だったが、落ち込み、心の声。「(また人数が増える)」
▽ 場面変更 ● ── ●
理科準備室。ここには、台所(水道)がある。
ヤッ子。コーヒーを差し出す。ヤッ子とステラはマグカップだが、ショージとトロンボーン先輩はビーカー。
ヤッ子「悪いな、来客用のカップは、1人分だけなんだ」
ステラ「ごちそうになります」
ヤッ子。椅子に座り、コーヒーを一口飲み、ゆっくりと鼻から息を吐きながら、「肯定」「納得」のような声を静かに出す。
ヤッ子「星山君は、それが心配なのか。吹奏楽部の練習が終わったばかりなら、吹奏楽部の先生に相談するのが、すぐに思い付くが、吹奏楽部の先生に心配を掛けたくない、そういう気持ちもあるのかもな」
ステラ。首から上が動く頷きと、腰から上が動くお辞儀の、両方を合わせたような、小さな動き。
ヤッ子「生徒のカウンセリングは、私はド素人だ。単に、音楽に詳しい、年上の人が、相談仲間に加わっていると思ってくれ。ついでに、ゆっくり話ができるための、この部屋の提供者でもある」
ヤッ子「音楽もスポーツも、真剣にするのは楽しいが、なんとなくするのも楽しい。青春を謳歌する道具だって、いいじゃないか」
トロンボーン先輩「星山さんが、そんなに悩んでいるとは知らなかったけど、僕は君を、お荷物だとは思ってないよ」
ショージ「コンクールの入賞は、「できたら嬉しい」ってことだけど、学校の部活だから、1年後には部員の3分の1が入れ替わり、別な楽団になっているものさ。それが学校の部活だよ」
トロンボーン先輩「自分だけの力か、部活としての力かって言えば、僕の従兄の話があるよ」
トロンボーン先輩「僕の従兄は、通信制高校で、全日制高校と違って、人数が少ないし、部活動も消極的」
トロンボーン先輩「その地方の、通信制高校のためのイベントがあって、音楽部は無かったけど、従兄は先生から誘われて、学校代表として出場することになったんだ」
トロンボーン先輩「従兄は趣味で作曲していて、先生からは「自分で作ったピアノ曲を演奏するように」って。でも従兄は、自分では演奏しないって言ったんだ」
ステラ「どうしてですか?」
トロンボーン先輩「自分で演奏したら、学校の名前を借りた、自分の発表になるからって。音楽の先生からピアノを弾ける生徒を紹介してもらって、その人に演奏してもらったんだ。そうしたら、学校の発表になるから」
ステラ「なるほど」
ショージ「怠けたり、わざと邪魔をするのは困るけど、それぞれの生活の中で、時間や練習場所を工夫して、頑張っているんだから、何も引け目を感じることはないよ」
トロンボーン先輩「楽器を習うというのは、マッサージやエステと違うよね」
ショージ「どういう意味ですか?」
トロンボーン先輩「マッサージやエステなら、ただ横になるだけで、効果を受けられる。吹奏楽部の合同練習は、自宅での練習方法を教わるんだから、合同練習以外の時間で、自分で練習しなければならない」
ショージ「上手くなるコツ(骨)は、人によってそれぞれで、それを知ったからって、瞬時に上手にはならない。コツは、地図や案内図のようなもので、迷ったり遠回りは、しないで済むけど、道のりが短くはならない」
トロンボーン先輩「何が原因なのか、他人である僕達には、わからないこともある。もしかしたら、手に持った地図の向きが違うのかも知れないし、ギターだったら、演奏技術は良いのに、6本の弦の調律がバラバラだから、下手に聞こえるのかも」
ステラ「やっぱり、練習が足りない……のでしょうか……」ステラの声は、小声であるが、はっきりと聞こえるように、丁寧に発音。小声なので、音量は大きく調整。
トロンボーン先輩「その、工夫の方法は、もしかしたら、他の人は自分より良いアイディアを持っているかもしれない。だからこうして、相談するのは、正しい判断だよ」
ステラ「そうですか……」
ショージ「仕事じゃなくって、部活動である限り、コンクール入賞は絶対条件じゃないよ。目標なんだ」
ステラ「その、目標の邪魔になっているんじゃないかと。部活動といっても、プロを目指している部員の将来を、邪魔しているんじゃないかと」
ショージ「部活動って、ジャンルは何でもいいけど、目標に向かって努力したり、協力したり、そんな経験をすることが、教育なんだ。プロを目指している人なら、部活以外で個人的に楽団に参加したり、個人でコンクールに出るさ」
ショージ「人によっては、個人レッスンのために、遠くまで行くことも、あるかも」
トロンボーン先輩「人によって、部活動に重きを置く人もいるけど、部員の全員が、部活動を最優先にすべきというのは、今の時代には無いよ。会社だって、昔は家庭より会社が、いつでも必ず優先というのは、見直されているよね」
ショージ「部活動を最優先にした基準で、少しでも「完全じゃない」部分があれば、「やる気が無い」とかって言うのは、言い過ぎだと思うよ」
トロンボーン先輩「人は、たった一つのコミュニティにいるとは限らない。部活動、学校全体、家庭、友人や恋人。どれもが「こっちを最優先して」なんて求めるのは、不可能の強要だよ」
ショージ「みんなから、完璧を求められて、ゼロか百かの選択を迫って、幸せが崩壊することが、これまでもあったから、見直される時代になっているんだろうね。なんだか、相手が生身の人間であることを忘れているみたいだ」
トロンボーン先輩「安心していいよ。以前もあったけど、「吹奏楽部を最優先」と思われる発言が、練習中にあったから、先生が注意したんだ。「コンクールは目標だが、絶対ではない」と」
トロンボーン先輩「これまでの先生の言葉から、推測できると思うよ。コンクール入賞を目指さない部員がいてもいい。入賞を目指している人の邪魔をしなければ、部員として認める。そんな部員を「やる気が無い」と責めてはいけない」
トロンボーン先輩「部活動と関係無い時間を、徹底的に排除するために、友達と遊ぶ時間を否定したり、入浴時間を極めて短縮すべきってのは、歩くために必要な地面は、足跡の大きさと同じで足りるってのと似ている」
ヤッ子。これまで黙っていたが、ここで会話に加わる。ショージとトロンボーン先輩が、「部活優先ではない」「練習方法」を中心としていたので、ステラ自身の希望の話題にするため。
ヤッ子「星山君は、吹奏楽を続けていたいのか? それとも、誰かの無理強いで続けているのか?」
ステラ。ヤッ子に向かって、はっきりした口調で。「自分の意志です。みんなと一緒に、音楽を作るのが夢なんです」
ヤッ子「それならいい。音楽は楽しいものだ。苦しみながら音楽をすることはない」
ヤッ子「私には、3歳上の姉がいてね、ピアノを習っていた。私はピアノを習わせてもらえなかったが、大学に入ってバイトで稼げるようになってから、自分で専門の先生に習いに行った」
ヤッ子「それまでは、姉が私にピアノを教えてくれた」
ヤッ子「姉はピアノよりも、絵を描くのが好きで、上手で。それなのに、親からはピアノを辞めることを許されなかった。姉は、自分のしたいことができずに、したくないことを強要され続けたんだ」
ヤッ子「姉の性格は、今から思えば、じっくり描いた絵を見せることに向いていた。みんなの前で何かをするという性格ではなかった」
▽ 場面変更 ● ── ●
ヤッ子の回想。生徒達に話す。
ヤッ子小学3年生、姉の鍵宮美音(かぎみや・みね)小学6年生。
ヤッ子の子供の頃の姿は、トリック写真として、第1話で描かれている。キャラデザインを合わせる。
美音の古いピアノ楽譜の、『エリーゼのために』(ベートーベン)のページの余白に、白雪姫のような絵が描かれている。色鉛筆。
ヤッ子「お姉ちゃん、絵が上手だね」
美音「ありがとう。この曲は、白雪姫だと思ってね」
ヤッ子「白雪姫?」
美音「うん。最初は、美しくて、明るく楽しく、優雅に暮らしていて、別な場所では、7人の小人も楽しく暮らしていて」
ヤッ子「あ、ここだね」楽譜のBメロ(ヘ長調)の部分に、小人達が跳ねるような絵がある。
美音「それぞれ、会うこともなく、別々に暮らしているけど、白雪姫は騙されて、毒リンゴを食べさせられて、森の奥に捨てられる」楽譜の、該当するところを指す。それぞれの箇所には、色鉛筆の絵が描かれている。
美音「最後は、静かに眠りながら、王子様が来るのを待っている」
ヤッ子「王子様は来ないまま、終わるの?」
美音「きっと、白雪姫であるエリーゼのところに、王子様であるベートーベンが、まだ行っていないって曲じゃないかな」
ヤッ子「すごーい。そうだね、白雪姫だね」
美音「まだあるよ。見る?」
ヤッ子「見せて見せて!」
美音。スケッチブックを出す。スケッチブックには、色鉛筆、水彩画、貼り絵、コラージュなど、様々な表現方法で、曲名と共に描かれている。
美音「絵を描く余白が小さいのと、演奏の書き込みのせいで、絵が描けないから、もう楽譜に絵を描くのを辞めちゃった」
『エリーゼのために』が載っている楽譜集の、別な曲のページは、色とりどりの書き込みがびっしりだが、文字だけ。
ヤッ子。スケッチブックの『英雄ポロネーズ』(ショパン)のページを見る。蒸気機関車が描かれている。
タイトルには、「英雄ポロネーズ」の文字に並べて「憧れの蒸気機関車」と書かれている。難しい漢字なので、文字の大きさはアンバランス。
ヤッ子「英雄なのに、機関車?」
美音「暗い車庫の中に、鎮座まします機関車。竈の火が熾り(かまどのひがおこり)、様々なカラクリが連動し、車庫の扉を開けば、晴れた広場でお祭り。大道芸人がいて、機関車のお披露目を喜ぶ」
美音の絵が広がり、画面全体に、美音が色鉛筆で描いた絵の世界が広がる。美音とヤッ子のセリフは、絵の世界のナレーションになる。ヤッ子と美音が、絵の世界を歩いたり、空を飛んで見下ろしても良い。
絵の世界に、『英雄ポロネーズ』がBGMとして使用される。適宜、楽譜の対象の箇所が表示される。BGMは、美音の話す場面に合わせ、飛び飛び。
ヤッ子「わぁ……」
美音「車輪が線路の継ぎ目でガタンゴトンと鳴る」
美音「規則的な蒸気機関の音が続き、通り過ぎる時にはドップラー効果で半音、下がる」
機関車は、画面の左から右に進む。ホ長調の最後の小節の、最後の2つ16分音符は、左手が急に迫り、嬰ニ長調の直前の16分音符は右手が先に半音下がるため。
ヤッ子の頭の後ろに、「ドップラー効果?」が表示される。
美音「救急車と同じで、通り過ぎたら、音が低く聞こえる」
ヤッ子「あっ、そうか」
美音は、きちんと調べていなかったが、『英雄ポロネーズ』の頃には、既に蒸気機関車は商業営業しており、ドップラー効果で半音下がるスピードで走っていた。
美音「蒸気機関車が去った後は、あちこちに花が咲いている広い草原。空は晴れていて、遠くからカリヨンの音(ね)が届く」
美音「ディズニーの、白雪姫と、鏡の国のアリスは仲良し。花を摘み、冠を作って、お互いの頭に載せる」
美音「爆弾が飛んで来ることもなく、何を心配することも、誰を疑うこともない」小学生の美音が、ここまで考えることは、非現実的なので、このセリフは無くても良い。
美音「やがて陽光に包まれてうたた寝。でも、「ド」と「ファ♯」のアクセントで、居眠りの夢はちょっと悪夢」
美音「再びテーマが現れる。この駆け上がりは、これで4回目だけど、抜けるような青空を、天に昇って行く龍」
美音「ショパンは、この曲を作った頃は療養していたけど、もしかすると旅行したかったのかも」
ヤッ子「すごーい!」
美音「でも、こんな勝手な曲想は、冒涜だって」
ヤッ子「冒涜って、何?」
美音「神様を汚すような、悪いこと。曲想は、研究者が苦労して導き出したものがあるから、それに従えって」
室内のテレビから、声が聞こえる。
テレビ「この資料の発見により、歴史の教科書が書き換わることになりますね」
テレビ「そうです。歴史は過去のことではありますが、歴史は変わることがあるんです。解釈や、推測が変わることがあります。これまで「正しい」と思われていたことが「誤り」に変わることもあるのが歴史です」
テレビ「その当時の人に会えませんから、推測をしますが、推測だから、変わる可能性があるのですね」
▽ 場面変更 ● ── ●
ヤッ子の回想。生徒達に話す。
鍵宮美音、中学生の頃。
自宅。茶の間。
母親。美音に向かって。「ピアノはやったの? もうすぐコンクールがあるんでしょ!」
美音「指遣いが難しいところがあって、できないから面白くない」
ヤッ子(小学生)。茶の間で、五線ノートに楽譜を書きながら、姉と母親のやり取りが気になり、書けない。眼鏡をかけて、姉と母親を見る。
母親「そんなんじゃ、コンクールでは恥をかくよ。先生に申し訳ないじゃない」
美音「コンクールには、出たくない。人前でピアノなんて嫌」
母親「何を言ってるの。もう申し込みをしたんだから、出なくちゃ駄目」
母親「美音って名前の通り、美しいピアノだねって、みんなが褒めてくれて、前はあんなに喜んでいたのに」背景に「鍵宮美音」の名前に、フリガナを添える。
美音。心の声。「(そりゃ、子供が弾いたら褒めてくれるでしょ。褒められて笑うのは、くすぐられたら嫌でも笑うのと同じ、嬉しくはないのに)」
ピアノレッスン。
美音「どうしても、ここができなくて」
先生「お母様から聞いたんだが、できなくて、面白くないから、やりたくないんだって? だったら、練習してできるようになれば、面白くなる。簡単な理屈もわからないのか」
美音「できないから面白くないんじゃなく、練習したくないんです」
先生「練習しないから面白くないんだ。できるまで頑張れば、できるようになる」
美音。心の声。「(本当は、漫画家になりたいのに)」楽譜には、絵は描かれていない。
自宅。
母親「クラシック音楽からポピュラー音楽に転向した人はいるけど、その逆の人はいないでしょ」
美音「でも、みんなが歌ってる曲を演奏したい。同級生と楽しみたい」
母親「そんなことをしたら、変な癖が付いて、下手になる」
美音「友達と、ほんの少しだけ、ポピュラー曲を弾いて楽しみたい」
母親「ポピュラー音楽は、大人になってからにしなさい。今は、クラシック曲だけ」
美音。母親に反論できない。口には出さないが、心の声。「(今なのに。大人になる前の今、みんなと楽しみたいのに)」
コンクール。
ここで演奏する曲は、そのままBGMとなる。既存曲に悪い印象を付与することを避けるため、当アニメのオリジナル曲が良さそう。
ピアノ曲に悪い印象を付与することを避けるため、美音のピアノソロが、途中からオーケストラに変わるのが良さそう。
美音。演奏中。心の声。「(失敗しちゃいけない、失敗したら叱られる)」呼吸がおかしくなる。
美音。精神の圧迫により、演奏しながら幻覚。
黒鍵の数が変わる、黒鍵の大きさが変わる。鍵盤が、客席からの厳しい視線に重なる。各鍵盤の遠近感が変わる。
鍵盤に出現した目の、瞼に歯が生え、「ほら、この鍵盤だよ」「違うよ、こっちだよ」と言う。セリフは文字や、手招きとも連動する。
白鍵が白目、黒鍵が黒目となり、たくさんの目玉。ピンぼけになり、大きな目玉に見える。黒目は輪郭が曖昧で、大きな白目の中に、いくつもの黒い藁の玉のような黒目が、大小さまざまで漂う。
床にヒビが入り、崩れる。ピアノの脚、椅子の脚、美音の足の部分だけ残し、数本の細い絶壁になる。
細い絶壁を、群衆となった観客が押して、揺れる。群衆の中には、ピアノ教師、母親、審査員、クラシック作曲家がいる。
群衆の全員がのっぺらぼうで、顔に「客」「作曲家」「審査員」「母親」などが書かれている。体は、やや緑がかった薄い灰色で、棒人間。
美音の瞳は左右が別々に振動。嘔吐感が湧き、口が開き、吐瀉するが、片腕の手首で口を押さえ、出る前に飲み込む。
唇の隙間から黒いものが流れ落ち、その汚物は数々の音楽記号となり、8分音符が巨大な鎌となり、巨大なブーメランのように飛び、細い絶壁を切断。
巨大な8分音符を投げたのは、死神。
奈落に落下しながらも、両手で交互にピアノにしがみつきながら、美音は演奏。美音に襲い掛かる化け物。
64分休符が、美音の親指以外の、他の指を同時に切断。美音の絶叫! それでも、美音は逃げず、残った親指だけでピアノを弾き続ける。
切断された指から血が飛び散るが、いくつかは、指から出た血が、震えながら鍵盤を弾く。
弾いているピアノの、あちこちの鍵盤が、美音の腹を突く(衝く)。その中の1本が、美音の腹から背中まで突き抜ける。吐血。美音は、長い1本の鍵盤に貫かれたまま、10本以上の鍵盤に、一斉に付き抜かれ、高々と持ち上げられる。
4分休符の上が刃、下が持ち手のナイフを、逆手に持った化け物が、ナイフで美音の首を刎ねる。
曲の最後の強い打鍵は、無音で表現。拍手の中、お辞儀もせずに走り出す。顔に当てた両手の脇から吐瀉物がこぼれる。トイレに駆け込み、両手で受け止めた吐瀉物を洗面台に流す。口の周囲は、吐瀉物で汚れている。
脚は弱々しく震え、顔は洗面台に。蛇口からの水が、美音の顔に容赦なく注がれる。美音は、声も出せず、ただ、喘ぐだけ。
床に座り込む。美音の、不規則に痙攣した喘鳴。
表彰式の終わりには、美音はコンクールの客席にいる。
母親「ほら、やっぱり、あの失敗が悪かったんだ」
先生「難しい箇所は及第点なのに、簡単な箇所で失敗するのは、気が抜けたんだな」
美音。客席で、俯いたまま、棒読みのように。「先生、あたし、人前で演奏なんてできません。あたしがしたいのは、絵を描くことです。本当は、あたしより、妹の方が、ピアノが上手です」
先生と母親。少し無言。
母親「申し訳ありません、先生。本当に、この子も妹も、無謀なことを言い出して」
先生「いえいえ、子供のうちは、叶うことのない夢を持つものです。現実を知らないからこそ、かわいいものです」
ヤッ子。表彰式が終わったので、先に通路に出て、待っている。
母親「妹の方は、作曲家になりたいだなんて言い出しますし」
先生「作曲の基礎であるピアノを習っていませんから、まず、無理でしょう。ピアノを自己流で弾いているのなら、どんなに上手に聞こえても、認めることはできません」
母親「そうですよ。世の中には、いい曲がたくさんありますから、わざわざ新しく作ることもありませんのに」
先生「クラシックの歴史上の作曲家の名前で、グリーグやヴェルディの名を知らない人は多いですね。歴史上に名を遺すのも難しいのに、多くの人にも知られるのは、私たち凡人には無理です。作曲家になる努力は、無駄でしょう」
この、ピアノの先生は、クラシック曲や、オーケストラ曲、それから、いくつかの映画音楽の話をしています。それ以外の、商業作曲家は、意識にありません。
母親「自己満足で、趣味で作曲しても、それだけでは無意味だってのが……(呆れたように、一息を吐いて)……わからないのよねえ、やっぱり子供ねえ」先に通路で待っているヤッ子を、侮蔑の目で見る。
先生「ピアノが上手だと、自己満足で思うのは傲慢です。正式に音楽に携わる者にとっては、失礼以上に、迷惑です。そもそも、正式に習っていないのですから、音楽ではありません。子供の遊びの範疇を外れないうちに、やめて頂きたい」
美音。心の声。「(妹は、音楽が好きで、ピアノも弾けるけど、一度も自分から上手だとは言っていない。音楽が好きな妹が音楽をやめるように言われて、ピアノを弾きたくないあたしがピアノを強要されるなんて)」
ヤッ子。脳内の音楽で、小さなダンス。歩き回らず、上半身を揺らす程度。
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