05_B__05_09 第5話 Bパート 分割 5 / 9
第5話 Bパート 分割 5 / 9
【注意事項:楽典以外の余談に、児童には不適切な生々しい描写や、心的負担の箇所があります】
【 第5話 概要 】
サブタイトル:ゲオルギア。
OP曲前:ステラが引っ越して来た日。平日で、母親と買い物、学校の近くを通る。メルヘンの服装のステラに、グランドにいたショージが一目惚れ。
Aパート:楽語はイタリア語が多い、ローマ字読み、イタリアの首都がローマ。ローマ数字は音階、和音、大文字小文字は長短。メトロノームとベートーベン。速い6/8拍子。モーツァルトの『鏡』。俳句は4拍子。
CM明け:音楽の先生が自動車免許の更新。今朝の星占いは最悪。ここにいるのは、ほとんどが同じ星座。この場所は、最悪の星座の人の集まりで、びくびく。
Bパート:トロンボーンの楽譜が2声、音符の下に休符。「♯」「#」の違い、紛らわしいカタカナ。ドイツ語の音名「H」の由来。音楽理論を用いた非難は、いじめの構図と似ている。デタラメの効用。新手法の否定。憲法の自由。
Cパート:クラシックギターでは、3声を1段に書いている。
予告:ヤッ子の姉には夢があり、ステラは海老逃げし、ハルはみんなから「好きー!」って抱き着かれる。宇宙人には、どう説明すればいいんだ?
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ハル「そんなことありません。冗談を本気にする方がおかしいですよ」
ヤッ子「からかいの冗談なのか、本当のことなのか、わからないから虐めだ」
ミッツ「エイプリルフールでは、本気にされるように、それでいて罪にならないように、上手に騙すのが楽しい」
ヤッ子「年に一回の遊びではなく、常日頃からの責めながらの嘘は、遊びでは済まない」
ハル「例えば、どんなことがありますか?」
ヤッ子「子供は未熟だ。指示されたことも上手にできない。それを責める」
ハル「確かに、指示する方も、下手だと承知した上で指示しないと」
ヤッ子「ところが、上手くいかないと責める。仕事とは、成果で決める。失敗しても、頑張ったから、お給料をくださいなんて、大人の世界ではあり得ないと責める」
ハル「そりゃそうだ」
ヤッ子「まだ子供である自分が、そう責められた。学校で、誰かが失敗したのを、同じ理由で責めたらどうだ? 性格が悪いと言われないか?」
ミッツ「確かに。友達の失敗を責めるなんて」
ヤッ子「しかも、教師のいる場で、そのように責めたら、教師からも嫌われるか、指導対象として、事あるごとに「お前の考えは悪い」と指導される」
ヤッ子「自宅で「お前は能無しだ」と責められ、学校では「お前は性格が悪い」と否定され……」
ミッツ「安心していられる場所が、無い」
ヤッ子「最初に教わったのが、こじつけの嘘の理屈で、それを以って「お前が悪い」と非難され、自己肯定ができなくなる」
ヤッ子「からかいから始まり、幼少の頃から日常的に「お前は馬鹿だ、お前は馬鹿だ」「お前が悪い、お前が悪い」「お前は迷惑だ、お前は迷惑だ」と言われ続ける」
ヤッ子「本人も自分は能力が低い馬鹿だ、自分が悪い、自分は迷惑だと思う。それが性格の基礎になる。その性格で学校に行くと、虐められる。「虐められ癖」も性格の基礎になる」
ヤッ子「褒められもせず、存在すらも無視されていると、「褒められたい、せめて、存在を認識してほしい」と渇望するのは、至極当然ではないか」
ミッツ「よく、「自己顕示や、自分の承認欲求や、自分が得することより、他人を思い遣る、滅私の気持ちで、徳を詰め」と言いますが、それって、とりあえず安穏とした生活ができている人に向けての話ですよね」
ヤッ子「そうだ。がめつい行動を諫めるために用いられるが、褒められることに飢えている者のがめつい行動は、より下品に見える。飢えているからな。だから、余計に、周囲の人が諫めようという気持ちになる」
ハル「誰にも褒められなくても、自分のしたいことを、ひたすらに行う人生も、素敵だと思います」
ヤッ子「それは、「パンを食べられないなら、ケーキを食べればいい」と似ている。ケーキはケーキ屋でもコンビニでも売っている。簡単に買えるのに、なぜ怠けると言われる」
ヤッ子「虐めの被害者の承認欲求は、虚栄でもない、偉ぶっていたいではない。良いものや報酬の分配は少なく、悪いものや罰ばかり押し付けられる。存在を無視される。ゴミ箱のくせに、人間の権利を主張するのは馬鹿だ」
ヤッ子「だから、虐めの被害者の承認欲求は、普通の人間として認められたいという欲求だ」
ヤッ子「「あなたは、いるだけで、価値がある」なんて言葉は、虐めの被害者にとって、全く縁の無い異文化、いや、異世界のことだ」
ミッツ「もし、道行く人が、ハルの家の敷地内に、ゴミを投げ入れたら? 色んな人が、わざわざ遠回りして、ゴミを投げ入れて、それでも、「自分が楽しければ」って思えるかな」
ハル「それは犯罪だろう。からかいじゃない」
ミッツ「わざわざ、嫌がらせをするんだから、主旨としては同じだよ。駆け寄って来ての通せんぼと同じ」
ヤッ子「もし、子供はからかわれて育つのは普通で、悪くはないのなら、「どうぞ皆さん、子供をからかい続けなさい」「子供が失敗するようにわざと邪魔して、失敗をからかいなさい」と、教育評論家が言うだろう」
ヤッ子「コントでは、「せっかく、ここまで手間暇かけたのに」というのが、偶然だったり、わざと邪魔されたりというものがある。コントとして成立するのだから、客は笑う」
ヤッ子「昔のサーカスのピエロのようだ。ピエロは、周囲の結託による姦策に気付く前から、気付いた後も、馬鹿のように努力を続ける。客は、それを笑う」
ヤッ子「サーカスには、多くの種目があり、簡単に難易度は比較できないのは当然だ。これは未確認情報だが、ピエロは、最も技術の優れた者が演じるらしい」
ハル「コメディ担当なのにですか?」
ヤッ子「そうだ。サーカスでは、怪我をしてはいけない。ピエロは、失敗という、怪我をしやすい役を演じるからだ」
ヤッ子「ピエロが空中ブランコに挑戦する。落下した際の安全のために、網が設置されている。梯子を上って(のぼって)、空中ブランコの台に立つ。喜んで客に手を振ると、後ろから蹴られる。網に落ちる。ピエロは網をよじ登る」
ヤッ子「ピエロが空中ブランコで飛び、反対側にいる人と手を繋ぐ。手を繋ぐはずが、相手は受け止めず、ピエロは網に落ちる」
ヤッ子「網は、本来は事故対策。安全に落ちるのが望ましい。しかし、ピエロは、派手に手足をバタバタして落ちる。わざと、危険な落ち方をする。しかし、怪我をしてはいけない」
ヤッ子「ピエロは、哀しいコメディアンだ。台本による演技として、サーカスの仲間からからかわれ、失敗を重ねて、それでも無邪気に何度も、成功を試みる。お客様から褒められたい」
ヤッ子「台本とはいえ、お客様が喜ぶのは、ピエロの成功ではなく、ピエロの失敗だ。誰の邪魔もされていないのに、せっかく用意したものが無駄になる。客は、ピエロの失敗を探そうと努め、見付けたら喜ぶ」
ヤッ子「ピエロは、台本とはいえ、客の前に出た時から、何をしても失敗すると決まっている。失敗が喜ばれると決まっている。客の前に出た時から、努力が無駄になると決まっている」
ヤッ子。普通に瞬きしただけで、突然、目から涙が霧状に吹き出す。眼鏡のレンズに涙が吹き付けられる。続けて、ぼろぼろと、大粒の涙が落ちる。とめどなく流れ続ける。
ヤッ子「自分が好きなことなら、熱中することもあるだろう。自分の望まぬことを強要され、望まぬ努力を強いられ、達成できても、ゴールではないから、褒められない」
ヤッ子「もっと続けなければ無駄だという「鼓舞」「応援」を装った「否定」がある。どんなに努力しても、強いられた課題を、達成できても、達成できなくても、否定される。これまでの経験から、その予測は実現する」
ヤッ子「否定されると予測しながら、望まぬ努力を続ける時間」
ヤッ子「努力が無駄になる。自分が望んだ努力も、他者から強いられた努力も無駄になる。無駄が繰り返される。これは拷問だ。最もむごい拷問だ」最後の方は、声が裏返り、震えている。
ヤッ子。呼吸が乱れただけで、泣き声も無く、表情も変わらず、本当に突然、大粒の涙が、頬を伝い、頬に留まることなく、垂れ落ちる。泣き声ではなく、「あぁ」の声が、無意識に漏れる。
ヤッ子。ハンカチで涙をぬぐう。背景に、姉である美音の思い出を、いくつか表示する、または、回想として描く。泣きながらピアノを弾く。練習の成果を披露し、喜びで振り返ると、母親とピアノの先生が睨んでいるなど。
文字で「シーシュポスの神話」を表示する。
ハルとミッツ。真剣な目で、しかし、何も言えない。
ヤッ子「からかわれたくらいで、駄目になる子供は、どうせ、何をやっても駄目な人間だ。生き続けていても、幸せにはならないだろうと。生まれながらに幸せになれないと決まった人生を持った、そんな赤ん坊」
ヤッ子「ピエロは演劇の役割だから、演劇が終われば、最も技術の高いメンバーだ。生まれながらに幸せになれないと決まった人生を持った赤ん坊は、「自分を護るために逃げるのは、卑怯ではない」としても、逃げる方法は、ひとつだけだ」
ハル「必ずしも、からかわれることが、苦しい人生になるとは限らないという例を出し、からかいを正当化するんなら、入浴後に髪を乾かさなくても、必ずしも湯冷めで風邪をひくとは限らない」
ハル「「ちゃんと髪を乾かしなさい」と、わざわざ言うのは、「必ずしも」に対して「念のため」ですよね。風邪をひいた本人が悪いのではなく、それを教えないのが悪いでしょう」
ハル「ことわざの「芋の煮えたも御存じない」は、可愛がられて、ちやほやされて、何も教わっていない人を揶揄する意味ですよね。嘘情報ばかりの虐待や、何も教えないという虐待を受けたのに、周囲からは「ちやほやされた」と誤解される」
ミッツ「ステラちゃんが言ってたよ。吹奏楽部では、トロンボーン先輩が優しいって。新しいことを教わったばかりなら、記憶が定着していないから、「既に教えた」として話は進めないって」
ハル「?」
ミッツ「だからぁ、次の話に進む時、「この専門用語は既に教えたから」って、まだ定着していない専門用語を使って、次の専門用語の説明をしたら、わからないでしょ」
ハル「そうだな。理解が追い付いていないのに、次の説明に使われても、「あれ? その用語の意味は、何だっけ?」となるな」
ミッツ「もしも、ステラちゃんが、用語集の紙を手渡されて、それを完全理解しているという前提で、次の話をされたり、「渡した資料を、ちゃんと読んでいない」と叱られたら、わからないんだろうね」
ハル「第1話でヤッ子先生が言ったように、「まるで一般常識のように」と、話が進んだら、困るな。本人は「わからない」で、先輩は「教えた」で、その他の人は「ちやほやされた」となるのか」
ヤッ子「からかいが推奨されないのは、誤っているからだ。からかって、失敗させるのは、精神的な虐待だ」
ヤッ子「刑事事件になる暴力なら悪い。失敗への叱責や、からかい、「どうせ駄目だ」が心に沁み込むような扱いを、日常的に継続的に行っても、「刑事事件ではないから良い」とは、明らかな誤りだ」
ここで、ハルがパソコンに譬えて、「パソコンを物理的に壊すことは犯罪だが、コンピュータウイルスを入れるのは、防御をしていない方が悪い」の話と、「パソコンは工業製品だから、不良品もある」の話にもできる。
パソコンには、役立つように、適切なアプリケーションをインストールすべきが、最初からコンピュータウイルスばかりをインストールに譬える話にもできる。
ヤッ子は、厳しく自分を律しているため、ハルの比喩に対しても、叱責することになる。その場面は、アニメとして問題提起ではなく、害となるため、用いない。「フィクション内の、登場人物の考え」を逸脱した害となる。
ミッツ「子供って、色んなことが下手なのは当然でしょ。それなのに、能力が無いって言われ続けて、基礎的な性格になるなんて」
ヤッ子「私が、教諭という職業に就く時、忘れてはいけない、自戒として、教諭の下地としている言葉がある」
ヤッ子「それは、狼に育てられた子供が見付かったという話が由来だ」
ハル「聞いたことがあります」
ヤッ子「「オオカミ少女」として、知っている人もいるが、信憑性も怪しいらしい。信憑性は別にして、こういう言葉がある」
ヤッ子「「人は、人間として育てることにより、人間になる。狼として育てると、狼になる。人は狼にはなるが、狼は人間になれない」」
ヤッ子「古い言葉なので、現代なら不適切な表現と指摘されることもあるだろう」
ハル「そうか、「育てる」だから、長く継続することで、基礎的な性格、定着するんだ。もちろん、大きな事故や事件でトラウマになることもあるし、小さなことであっても、継続することで、定着するんですね」
ミッツ「でも、悪いことを継続するって、普通じゃないことの考案を続けるんですから、難しいと思いますけど」
ヤッ子「簡単なことだ。一例として、絵画でも書道でもいいが、筆の使い方を、逆に教える。筆先とは逆側に、絵の具や墨を付けるように教える」
ヤッ子「筆の使い方なら、教わったことが誤りだと、確認も容易だろうが、確認が難しいこともある。教わったことは正しいと固執するのは、当たり前のことだ」
ヤッ子「知らないから教わる。教わるとは学ぶこと。学んだ証しは変わること。嘘を教われば、悪く変わる」
ヤッ子「どんなに頑張っても、みんなと同じような技術にはならない」
ヤッ子「「自分が悪い」という考えが染みついているから、自分の性格が虐待の後遺症であることに気付くのは、かなり後になってから、教育心理学を知った後だが、もう手遅れだ」
ヤッ子「時代によっても異なるだろうが、本人が子供のうちに、周囲の誰かが「虐待の後遺症」と気付き、適切な対応をしていたら、「悪い事柄」「悪いと判断される事柄」の多くが、回避できていたのかもな」
ヤッ子「しかし、「適切な対応」は、多くの場合は期待できない。なぜなら、虐待の後遺症に対する適切な対応を思い付くよりも前に、性格の悪いものがコミュニティにいるのが迷惑だからだ」
ヤッ子「後遺症ということは、その責任は、虐待をした者にはるはずだ。コミュニティにとっては、とんだとばっちりだ」
ヤッ子「本人さえ、自身が「虐待の後遺症」と気付かないどころか、まさか自分がそうなのだと思わないのだから、周囲の誰かが気付くのは、もっと難しい」
ここで、「自分が、性的虐待(または、性被害)を受けていたと知ったのは、中学生になってから」の例を出すこともあり得るが、強烈な問題提起となる。加害者は、身近な人とは限らない。
ハル「スポーツでは、試合中の失敗を気にしていたら、「切り替えろ」って言いますよね」
ミッツ「試合は、人生の時間の、ほんの一部。虐待は日常的。しかも、スポーツでは、失敗した本人を周囲が気遣いと共に、試合に勝つ目的から「切り替えろ」と言うけど、虐待は周囲が責め続けるから、失敗した本人は気持ちが委縮する」
ヤッ子「虐待であったり、公害であったり、身体に不都合が生じたら、周囲からの気遣いもあるだろう。当人は被害者であるから」
ヤッ子「しかし、当人が被害者であっても、性格に不都合が生じたら、当人は、周囲からもっと攻撃される」
ヤッ子「自分が非難された理屈が、嘘だと知らないから、その理由を以って他人を非難すると、他人からは性格が悪い奴だと非難される。どの理屈が正しいのかわからないまま、いつでも非難される」
ミッツ「うわっ……」
ヤッ子「本人が、自分は精神的虐待を受けたと気付き、それを周囲の誰かに相談するのも無駄だ」
ハル「よく、「信頼できる人に相談」というアドバイスがありますが」
ヤッ子。溜息。「それが、逆なんだ。親の悪口、親の陰口を言うことになるからだ。天に唾す(てんにつばきす)の、犬にも劣る、下等動物以下の、悪い者だからな。余計に、勧善懲悪の対象にされる」
ヤッ子「信頼できる人や、周囲から尊崇されている人は、昔ながらの綺麗事を言うことで、そのような立場になった。その人から、勧善懲悪の対象にされることは、周囲の人に「こいつを攻撃しても良い」と許可することにもなる」
ヤッ子「虐待を受けた本人は、「親が悪いから、自分は悪くない」とは言っていない。親が原因だと気付く前から、自分が悪いから自分が努力したのだが、逆の評価になる。いわゆる「偉い人」「人徳者」から、逆の評価を受ける」
ヤッ子「ただし、今の「信頼できる人」の話は、それこそステレオタイプの言い方だ。そうではない人もいるだろうが、そういう人もいるから、神様の扉を叩き、開かれても、救いになるか、ならないかは、私には「運次第」としか言えない」
ヤッ子「親の悪口を言ったことで、これまで、どんな辛い目に遭ったことも、それを解決しようと努力したことも、否定される。嘘のアドバイスを信じたことが悪い、無駄な努力だと」
ミッツ「親の悪口を言わず、現状だけを話したら、どうですか?」
ヤッ子「それも、駄目だったんだ。これは、私の経験ではないが、笑顔が素敵で、精神的に苦しんでいるようには見えない人の経験で、すがるような気持ちだったらしい」
ヤッ子「精神科、心療内科、心理相談を掲げる医院で、現状を話すと、最初の返答が否定の言葉だった」
ヤッ子「これが「珍しいこと」であれば、神様から嫌われているの意味になる」
ヤッ子「話し方が悪いのであれば、話し方が下手だから現状になったの矛盾になる。じっくり話し合えば良かったのなら、最初の返答で否定の言葉だったので、そこで、続きの話ができなくなったそうだ」
ヤッ子「いずれの理由であっても、「信頼できる人に相談」は、無駄というゼロではなく、マイナスとなる危険もある」
ヤッ子「相手が「信頼できる人」という立場であれば、助けを求める自分にとっては、機嫌を損ねてはいけない相手であり、自分の生殺与奪は、相手の気分次第ということだ」
ハル「助けを求めるって、人任せ、他人任せのような……、ああ、違うのか。済みません、うっかり、非現実的な綺麗事を言いそうになりました」
ヤッ子「他人に委ねるのは、病気になって医者を頼るのと同じだ。体の病気のための医者と、心の病気のための医者があるのは、必要だからだ」
ヤッ子「私の希望では、否定の返答の前に、「話し方が下手かも」の可能性を考慮し、もっと聞いてくれるべきだった」
ハル「精神的に苦しんでいるようには見えないのなら、仕方がありませんね」
ヤッ子「プロであっても、このようなことが、ありえる。すがるような気持ちなのに、最初に否定の言葉を受けたら、拒絶だ」
ヤッ子「くれぐれも言っておくが、そのような医者や、カウンセラーは、「無駄というゼロではなく、マイナス」というのではない。このようなことにならないように、カウンセラーは気を付けているはずだ」
ミッツ「そうですよね、それは珍しいことですよね。あっ、そうか。珍しいことで拒絶されたのなら、「神様から嫌われている」の意味ですね」
ハル「親を恨まなくても、正しい理屈って、考えればわかるでしょう」
ヤッ子「考えられる年齢の前に、虐待が始まる。それに、「正しい理屈」が永遠に決まらない事柄もある」
ハル「例えば?」
ヤッ子「仕事の評価は、「やる気」か「実績」か。結婚で最も大切なのは、「愛」か「お金」か」
ヤッ子「仕事の評価は「実績」だと教わり、別な大人から「やる気」だと聞かされたら、こう言うだろう。「え? 仕事の評価は、実績じゃないですか?」と。それだけで、大人から嫌われる種になる」
ヤッ子「「実績」と教わり、「やる気」と聞かされると、どっちが正しいのか、確認せずにはいられない。これまで「お前は誤りだ」と言われ続けたから、「何が正しいか」に貪欲だ。「人それぞれ、考えが違う」とは気付かない」
ヤッ子「「やる気」か「実績」か。「愛」か「お金」か。ゼロか百かではないから、正しさは永遠に決まらないのに、生意気にもゼロか百かの言い方をするから、大人からは「性格を矯正する必要がある」の対象になる」
ヤッ子「または、ゼロか百かで答えるよう求められる。両方だと答えることは許可されない。悪い性格に思われるように、強要される」
ミッツ「性格の矯正だなんて、何を言っても外れくじだけ用意されているようなものですね」
ハル「でも、それでも、いつか幸せになれると夢を見て……」
ヤッ子。急に強い口調で。「どこに、その保証がある!」
ハル「いや、保証は無いけど、毎日の生活の中で、小さな幸せを見付けていれば、いつかきっと」
ヤッ子「見方を変えれば、逆境は順境になるという考えがあるが、それが有効な状況と、それが当てはまらない状況がある。自分に都合の良い基準を用いた、有効ではないアドバイスだろう」
ヤッ子「「宝くじも、買わなきゃ当たらない」の理屈で、外れくじだけが用意されているのを、買い続けていたら、当たった喜びの経験はできない」
ハル「えっ? それはひどいです」
ハル「すごく珍しい成功例の紹介、例えば、猫が好きな人が、猫に関するビジネスを始めて、成功したとか、それは「珍しい成功例」なのに、それを挙げて、「努力すれば全員が成功する」と言い換える人はいますよ」
ハル「珍しい成功例を挙げて、それをしないのは怠けだ、やってみなけりゃわからない、やった者だけが成功するって言い換えるのもひどいですが、外れくじだけが用意されているのに、「買った者だけが当たる」って、言うんですか」
ヤッ子「そうだ。藁山の中から、存在しない1本の針を探せと命じられる。それをしないと、これまでの人生も、これからの人生も、否定される」
ミッツ「珍しい成功例を聞いたり、歴史上の偉人の伝記を読むのは、成功例だから面白いよ。でも、偉人と違うことは凡人なのに、凡人であることを非難されても困る」
ヤッ子「偉人伝には、逆境を乗り越えたことも書かれている。大災害で全員が持つ逆境。戦争で自国民の全員が持つ逆境。その他、様々な逆境がある。身内さえも敵になる逆境もある」
ミッツ「それらを、乗り越えるのは、「伝記が出版される程の偉人」という、極めて珍しい事象ですよね。そんな、珍しい程の凄い人と同じように、逆境を乗り越えるなんて、凡人には無理です」
ヤッ子「しかも、逆境の原因が、幼少の頃から精神的虐待を受け続けたことだから、逆境を乗り越えろというのは、不可能の強要だ」
ヤッ子「音楽と同様だが、小さな幸せを見付けるには、感性を磨くのも大切だ」
ヤッ子「しかし、小さな楽しみであっても、例えば楽しみにしていた料理を、食べる前に汚物を投げつけられて、それでも食事を楽しむなんてことは、無理だろう」
ヤッ子「汚物ではなくとも、食べる前に、壊滅的に嫌がらせを受けて、それでも食事を楽しむなんてことは、無理だろう」
ヤッ子「他人を元気付けるために、「どんな時でも」「感謝を忘れずに」とは、非現実的な、お涙頂戴のフィクションを本気で信じている、おめでたいな」
ハル「そうか。「この歌を聞いて、元気が出た」というのはありますが、虐めの被害者に勧めると、元気になる場合もあれば、凶器になる場合もあるんですね」
ヤッ子「厳しい言い方だが、お涙頂戴のフィクションを本気にしている人には、私は「現実を知りなさい」と言う」
ヤッ子「確かに、歌が生きる力になることもあるが、万能薬だと勘違いすると、凶器になることもある。軽い風邪なら、温かくして、よく眠るのが治療だから、漫画の凄腕外科医のブラックジャックだって、手術はしないだろう」
ハル「当たり前です」
ミッツ「病気なのか、怪我なのか、状態はどの程度なのかで、治療は異なります」
ヤッ子「「生兵法は大怪我の基」というように、誤った治療は、患者を追い詰める。万病に効くという「鼻くそ丸めて萬金丹」と、変わらない」
注意。萬金丹は、現存する漢方薬。口伝の歌の歌詞に「鼻くそ丸めて萬金丹」がある。ヤッ子には、口伝によるため、誤った意味が伝えられた。ヤッ子は、落語や昔話の、「架空の万病薬は、実は鼻くそだった」と教わった。
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