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【全年齢版】放蕩者の第九王子は、呪われ王女の献身で愛を知る  作者: 逢坂とこ
第一章 放蕩者の出奔

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7. 放蕩者と『呪い』のお話

 その日から、ウィルヘルムとアーシャは、定期的に顔を合わせるようになった。


 見目麗しい帝国からの客人に、スヴェルダの社交界は興味津々だった。ウィルヘルムはあらゆる夜会に呼ばれ、そこには社交界ビューを果たしたばかりらしいアーシャの姿があることも多かった。結果としてふたりはしょっちゅう出会い、その度に楽しく会話を交わした。

 アーシャはわかりやすくウィルヘルムに好意を持っているように見え、ウィルヘルムは、レオンハルトがウィルヘルムを『効きすぎる』と称したことを思い出していた。なるほど確かに、アーシャにもウィルヘルムは『効く』らしい。この調子で結婚まで漕ぎ着けられたら万々歳なのだが、と思いながら、ウィルヘルムはぼんやりとアーシャの顔を見た。


「……あの、……ウィルヘルム様、私の顔、どこかおかしいでしょうか?」

「ん?」


 ──劇場の、貴賓席である。


 アーシャに誘われて訪れた城下の大劇場は、帝国のものには流石に敵いはしないものの、十分な広さと設備とを誇る建物だった。二階に設えられた貴賓席はよくある半個室で、中にはアーシャとウィルヘルム──と、アーシャ付きの侍女がひとりいるだけである。薄暗い部屋の中で、アーシャがなんだかひどく怯えた様子で聞いてくるから、ウィルヘルムは慌てて首を振った。


「いや? 相変わらず、輝いてるみたいだなと思っただけ」

「……もう」


 調子がよろしいのだから……と、ほっとしたようにアーシャは笑った。そうして彼女がパンフレットに視線を落とすのを見て、ウィルヘルムもまた手の中のそれをぱらりと捲る。

 今宵の演目は、『スヴェルダに古くから残る伝承をコミカルにアレンジしたラブストーリー』だと聞いていた。役者の紹介を読むともなしに読みながら、寝ないで済むといいのだが、と今までしたことのない心配をしてしまう。ウィルヘルムは劇場にこそ来慣れていたが、この手の席でまともに観劇をしたことがほぼないのだ。途中からは劇どころではなくなるご婦人方に付き合って、最後まで筋書きを追えたことが一度でもあったかどうか。


 そんなことを思い出しながら、はじめてまともに見た舞台は、これはこれでなかなか面白いものだった。


 伝承ベース、ということもあって、筋書きそのものはシンプルだった。



 ──昔々、あるところに、愚かな一人の王子がいた。

 王子には美しい婚約者がいたが、にもかかわらず、王子は彼女を裏切って別の恋人を作り──あまつさえ、公衆の面前で、婚約者に『婚約破棄』を言い渡した(そこで『おいおい』とウィルヘルムは内心呆れ返った──女と別れる一番簡単な方法は、相手の面子を立ててやることだというのに)。

 それに怒ったのが、『愛の女神』であるセレスティアだった(女神、というのは、高位の精霊の俗称である)。セレスティアは王子に『呪い』をかけて、王子を醜い蛙の姿に変えてしまう(ここで本当に舞台上の役者が蛙に変わったものだから、ウィルヘルムは感心した。魔法使いが多いスヴェルダでは、魔法での演出を前提とした作劇が可能なのだ)。

 蛙となった王子の愛を王子の恋人は拒否し、王子は『彼女は僕を本当に愛していたわけではなかったのだ』と嘆き悲しんだ(当たり前だ、婚約者のいる男に言い寄ってくる女なんて、財産狙いか人のものが好きかの二択に決まっている)。王子はこのまま蛙として生きるしかない、と我が身を儚み(やたらと悲劇的な独唱が挟まって辟易した)、それから、かつての婚約者のことを思い出した。

 せめて、最後に、彼女に謝ろう。王子は元婚約者の元に向かい、元婚約者に誠心誠意謝罪した。元婚約者は蛙の姿の彼を抱き上げ、そっと彼に口づけた(なんでそうなる!?)。

 そうして、元婚約者の『真実の愛』によって王子の呪いは解け、二人は結婚し永遠の愛を誓った(そんな男はやめておけ、と、自分を棚に上げてウィルヘルムは思った。一度浮気した男は何度でもする、というのがウィルヘルムの持論である)。二人はセレスティアの祝福を受け、末永く幸せに暮らしたという──……



(ありふれた話だが、まあ、飽きはしなかったな)


 というのが、すべてを見終えてのウィルヘルムの感想だった。魔法を駆使した舞台演出は凝っていて、歌や踊りを交えた舞台は華やかだった。話の筋について言いたいことは色々あるが、『昔話』に整合性を求めるほうが間違っている。約束されたハッピーエンド。万雷の拍手に混じって手を叩きながら、ウィルヘルムは、ちらりと傍らのアーシャを伺った。

 アーシャはずっと、ウィルヘルムからしてみると真剣すぎるぐらいに真剣に、真っ直ぐに舞台だけを見つめていた。ウィルヘルムは正直拍子抜けした。いくらお目付け役の侍女がいるとはいえ、暗闇に乗じて手を繋いだり、身体を寄せ合ったり──なんなら口づけの一つぐらいまでは、ねだられてもおかしくないと思っていたのだが。


「……こういう話が好きなのかい?」


 ウィルヘルムが声を掛けると、アーシャは、はっとしたような顔で振り向いた。ウィルヘルムは微笑んで尋ねる。


「それとも、贔屓の役者が出ていたのかな。夢中だったね」

「……私ではなく、舞台を見ていただきたかったのですけど」

「見ていたよ? なかなか興味深い演出だった」

「ウィルヘルム様は魔法使いですものね」


 アーシャは納得したように頷き、そういえば、とウィルヘルムは首を傾げた。


「君は、魔法使いじゃないんだな。守護精霊もいないようだけど」


 魔法と精霊の国・スヴェルダの王家は当然ながら魔法とは縁深く、過去にも有名な魔法使いを多く排出しているはずだった。ウィルヘルムの問いに、アーシャは苦笑する。


「私は……魔法とは、あまり相性が良くないのです。エリシアお姉様は魔法に詳しいので、もしかしたら、ウィルヘルム様は、お姉様とのほうが話が合うかもしれませんわね」

「僕が今話してるのは君だし、話したいのも君なんだけど。魔法の話なんて、学校でだけしていれば十分さ」

「まあ」


 ウィルヘルムの調子のいい言葉にだろうか、それとも留学生としては不真面目な態度にだろうか、アーシャが口元に手を当ててくすくす笑う。それから、カーテンコールが続く舞台を見下ろして──ふと、アーシャは呟いた。


「……『真実の愛』で、『呪い』が解ける。そんなことが、実際にあるのでしょうか?」


 その言葉は、答えを期待してのものではなさそうだった──けれども、ウィルヘルムは答えを持ち合わせていたので、あっさりとその問いに頷いた。


「あるよ」

「えっ?」

「知らない? 古い呪いにはよくある条件だよ。だからこそ、物語にも使われている」

「……そうなのですか?」

「ああ。……そうだな、もうしばらくアンコールは続きそうだし……少し、その辺りの補足をしようか?」


 魔法使いであれば誰でも知っている──というほど初歩の知識ではないが(そもそも『呪い』というものが、現代魔法ではほぼ扱われることのない分野である)、アーシャが魔法使いでないのなら、『真実の愛』でなぜ呪いが解けるのか、訝る気持ちは理解できる。ウィルヘルムが尋ねると、アーシャは「是非」と頷いた。


「聞かせてください。……お姉様は、『呪い』はもはや古典の領域だと言っていました。違うのですか?」

「そうだね。帝国でも過去の遺物ではあるけど、過去の記録は色々残っているから……そうだな、僕の知っている範囲で話そうか」


 魔法学院で学んでいる範囲においては、帝国とスヴェルダとの間に大きな差があるようには思えなかったが、こんなところに違いがあったか。少し不思議に思いながら、脚を組み、時間つぶしに、と講義をはじめた。


「『呪い』とは、『解ける』ことを代償として設定することにより、効果を長期間に──ときには永続にする『世界との契約』だ。それぐらいは知っている?」


 そういう意味では、『呪い』は、厳密に言えば『魔法』ではない。魔法はあくまで、術者の力の範囲で行使されるものだからだ。ウィルヘルムの問いに、アーシャは「はい」と慎重に頷いた。


「普通の魔法は、術者の魔力が切れれば解ける……けれども『呪い』は、『条件』が満たされ続ける限り続く、と」

「そうだね。世界との契約だから、『呪い』に使われる魔力は世界が供給し続ける。『呪い』はつまり、術者の手を離れた『魔法』なんだ。術者以外でも解けるし、逆に、条件が満たされなければ術者本人も解くことができない……そういう厄介な代物だ」


 アーシャは真っ直ぐにウィルヘルムを見て、熱心すぎるぐらい熱心に講義を聞いている。ウィルヘルムは淡々と続けた。


「だから術者は、その『条件』を、なるべく満たされないように、自分だけが満たせるように設定する。……ただ、ここが難しいところでね。そもそも実現が不可能なものは、『代償』として成立しないんだ」

「それは……そうでしょうね。リスクなく恩恵だけを受けることは出来ない、と」

「そういうこと。だから一時期、『真実の愛』を条件にすることが流行ったんだよ。有り触れていて、かつ、手に入れがたいものとして」

「……有り触れていて、かつ、手に入れがたい……」


 不思議なぐらいゆっくりと──噛みしめるような口調で、アーシャは言った。そんなにありがたがられるようなことを言ったつもりはないのだが。それにそもそも、とウィルヘルムは肩を竦めて続ける。


「といっても、最初に言ったとおり、『昔の流行り』だよ、それは」

「そうなのですか?」

「ああ。まず、『呪い』そのものが、君も言ったとおりほとんど古典、廃れた術で、今ではほぼ使用されない。なにせ『術者本人にも解けない』可能性があるんだ。ごく単純に危なすぎる。ともあれ、だからもう、掛けられる人がいるかすらわからないし……君だって、お伽話ぐらいでしか聞いたことがないだろ?」

「……そう、ですね。言われてみれば」

「そして『真実の愛』を条件にすることは、『呪い』そのものより先に廃れている。なんといっても、条件として不確か過ぎるからね」


 ウィルヘルムは皮肉に唇を曲げた。


「そもそも条件がどう満たされるかを……『真実の愛』が本当にそこにあるかを、一体誰が判定できる? 事実、術者の意図せぬ形で解かれる、あるいは意図した状況で解けないような事態が頻発してね。同じ条件の呪いが同時に解けなかった、なんて事態もあったらしいし。再現性の低いものは扱いづらい。お手軽に永続性を得られる条件として使うには、不確定要素が高すぎたんだ」


 『呪い』とは世界との契約であり、条件を判定するのは世界そのもの──ということになっている。そのあたりの仕組みは詳しく解明されないまま、『解けない呪い』が相次いで、『呪い』そのものが廃れていった。まあ、とウィルヘルムは軽く笑った。


「夢のない話かもしれないけど、『真実の愛』なんて結局その程度のもの、ということかもしれないね。……せっかくの劇に水を差したかな」

「……、いえ!」


 アーシャは、慌てたように首を振った。


「お話はお話、現実は現実ですもの。……でも、随分お詳しいので、驚きました」

「そうかな? たしかに、こちらの学院では『呪い』の話は聞いていない。……『呪い』みたいな物騒な魔法は、スヴェルダより帝国のほうが似合うからかも?」


 アーシャは「そんな」と困ったように言って、それからふと、その紫色の瞳でまっすぐにウィルヘルムを見上げた。


「……もし」

「うん?」



「セレスティアの呪いが、今なおあるとして──私が蛙になったなら、ウィルヘルム様は、私に口づけてくださいますか?」




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