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【全年齢版】放蕩者の第九王子は、呪われ王女の献身で愛を知る  作者: 逢坂とこ
第一章 放蕩者の出奔

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3. 放蕩者と『魔法と精霊の国』


 潮風の匂いがする。

 スヴェルダ王国は、帝国の北東に位置する小さな島国だ。帝国北端の港町から定期船が出ていて、二日ほど行けば、スヴェルダの首都であり港街でもあるヴェルミに到着する。短い船旅を終えたウィルヘルムは、「さて」と軽く身体を伸ばした。


「迎えはなし。……一介の留学生扱い、ってことか」


 ウィルヘルムが王子であることそのものは伝わっているはずだったが、スヴェルダ側としては、あくまで一生徒として受け入れるということだろう。ウィルヘルム側としても、余計な目がないのはありがたかった。

 そもそも、王子という身分ながら、ウィルヘルムはほとんど放任されて育っている。ティーザ夫人の後援を受けるようになってからは市井の劇場やら店やらに連れ出され、レオンハルトに使われるようになってからは、豪商の夫人やらとしょっちゅう街で密会もした。街歩きには慣れている。鞄一つ分の荷物を持って歩き出すと、胸ポケットから顔を出したルミナがくんくん鼻を鳴らした。


「ヴェルミだ! 懐かしい匂いがするね」

「……お前、スヴェルダに来たことがあるのか?」

「あれ? 言ってなかったっけ? ヴィオレッタは、ここの魔法学院の出身なんだよ」

「はあ?」


 ウィルヘルムは思わず顔を顰めた。まさか、こんなところで己を捨てた母の足跡を辿るような羽目になるとは思わなかった。「だからウィルは、ヴィオレッタと同門になるんだね」と機嫌良く言うルミナに、思わず「おい」と低く尋ねる。


「初耳だぞ。……お前、わかってて黙ってたな?」

「ええ? そんなことないよぉ。……でも、ウィルに、この国に来てみてほしかったのはほんとだよ。ここは、『魔法と精霊の国』。魔法使いの比率が高いんだ」


 人は皆、魔力を持って生まれる。

 けれども、その量は個人差が大きい。一定以上の魔力を持ち、『個人で魔法を使うことができる』ものだけが『魔法使い』と呼ばれる。

 ウィルヘルムは、ティーザ夫人の指示で魔法使いとしての教育を受けてはいたものの、魔法使いであることをあまり公にせず生きてきた。帝国の王族は一般に高い魔力を持ち、守護精霊も継承するが、魔法使いになることはない。帝国では、『魔法』はあくまで便利な道具にすぎず、それを使う魔法使いもまた人に使われる道具であるという意識が高いためだ。故に守護精霊もあくまで便利な『使い魔』と見なされ、他国では一般的であるような、『大切なパートナー』という扱いはなされない。


 そんな帝国内で、ルミナは今まで、不平不満を口に出したことはなかった。


 けれども、ヴィオレッタが元はスヴェルダの魔法使いであり、ルミナが帝国外での守護精霊の扱われ方を知っていたというのなら、ウィルヘルムが考えていたよりも、ルミナには不自由が多かったのかもしれない。ポケットを飛び出し、ウィルヘルムの肩あたりで俄然生き生きとしはじめたルミナに、ウィルヘルムはため息をついた。


「……まあいい。急いで行く必要もないし、街の様子を見がてら、軽く何か腹に入れるか。それなりに活気もありそうだ」

「いいね! ヴェルミと言えば揚げた魚だよ!」

「お前その形で肉食なの違和感あるよな……」


 軽口を交わしながら活気のある大通りを歩くと、道ゆく人々もごく普通に守護精霊を連れて歩いているのが見えて、ウィルヘルムは素直に感心した。パートナー。話には聞いていたが、たしかにそう表現するにふさわしい親密さだ。

 そもそも守護精霊は、その存在に契約者の魔力を必要とする。ゆえに帝国では、普段は実体を持たせず、必要な時だけ顕現させる使い方が一般的だ。けれどもここでは、ウィルヘルムがそうしているように、精霊を普段から連れ歩くことも珍しくないらしい。それだけ魔力のある魔法使いが多いということか、なるほどこれは『魔法と精霊の国』の名に偽りなし、と考えながら、観光客よろしくあたりをきょろきょろ眺めながら歩く。


「なるほど、店も帝国とは結構違う……というか、ここは魔道具の店か? こんな普通に売られているのか……」


 『魔道具』は、その名のとおり、魔法が込められた道具である。例えば、宮廷で使用されている魔法灯などがそうだ。しかしながら、魔道具は一般的には非常に高価で、帝国王都でさえ路面店に並んでいるのは見たことがなかった。そういえば魔道具はスヴェルダの主要産業の一つで、現在は魔道具の取引を通して帝国とスヴェルダとの関係が一気に深まっている──というようなことが資料に書いてあったな、と思い出しながら、ショーウィンドウに並んでいる道具につい目が引き寄せられるウィルヘルムを、ルミナが急かす。


「道具じゃお腹は膨れないよ。ご飯ご飯!」

「……いや、それを言うなら、お前の腹が膨れて何の意味があるんだ?」


 繰り返すが、ルミナはウィルヘルムの魔力により顕現している状態で、食物からエネルギーをとる必要はない。呆れるウィルヘルムに、ルミナは胸を張って答えた。


「僕が嬉しいし、ウィルも楽しいでしょ? 一人で食べるより」

「……お前のその自信、羨ましいよ」

「いいからおさかな~!」

「はいはい、……しかし、揚げた魚って……ああ、あれか? そこに露店が……」



「──離してください!」



 そのとき、声が聞こえた。

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