2. 放蕩者は国を追われる
「……らしくない失態だな、ウィルヘルム」
ため息混じりのレオンハルトの言葉に、ウィルヘルムは肩を竦めた。
金髪碧眼の端正な顔立ちに、困ったような穏やかな微笑み。武骨な顔立ちの自信家である第一王子・ギルベルトとは正反対の、知的で柔和な印象を他人に与える彼こそが、その第一王子と密かに王位争いを行っている第二王子・レオンハルトだった。
レオンハルトは、普段、ウィルヘルムを自室に呼ぶことはない。第一王子との争いの最中、ウィルヘルムとレオンハルトに繋がりがあると知られることは、互いにとって理にならないからだ。レオンハルトは、表向きはウィルヘルムに興味がないように見せかけて、その裏で、ウィルヘルムを女性相手の間諜として重用しているのだった。
その彼がわざわざ──守護精霊であるルミナを介することなく──直接、ウィルヘルムを呼び出した。良くない話であることは明らかだった。ウィルヘルムはため息を吐いた。
「だから、一度は断っただろ。俺のターゲット層からは外れてるって」
きっかけは、『隣国ルクセリアから旅行に来ている貴族令嬢イザベラから、彼女の父親が知っているはずの軍事機密を聞き出して欲しい』というレオンハルトの依頼だった。
イザベラは若く無垢な娘で、そのうえ初めての国外旅行に浮足立っていて、籠絡することそのものは簡単だった。イザベラが訪れた先で偶然を装って出会い、第九王子という身分を明かし、故に帝国国内では肩身が狭いのだ、と少しの寂しさを混ぜて零せば、イザベラはあっという間にウィルヘルムに同情的になった。
彼女はいかに自国が優れているかをウィルヘルムに語ってくれた。ウィルヘルムがその国に行きたくなるように、とでも考えたのだろう。
そして彼女は気づかなかった。彼女が語った言葉の中に、国内では有力な武官である父親でなければ知り得ないような情報が混ざっていることに。
「イザベラ嬢は、本気で君と結婚するつもりだったんだ」
「寝てもないのに?」
「……。お前はもう忘れているようだが、貴族の令嬢というものは、基本は婚前交渉なんてしないんだよ」
「いやいや、覚えてたから手を出さなかったんですよ、お兄様」
「……彼女の父親は、娘を誑かされたと激怒している。娘の方はともかく、父親の方はお前の評判を知っていた……いや、調べさせたんだろう。絶対に結婚させるわけにはいかないと息まいているらしい」
「はあ? あんなお子様、こっちから願い下げだって……」
「ウィルヘルム」
嗜めるように名前を呼ばれて、ウィルヘルムは軽く眉を寄せた。ただの事実だし、そもそも『頭が痛い』みたいな顔をし続けているレオンハルトはずっと、ウィルヘルムにこの悪行を行わせた自身のことを棚に上げすぎている。お説教はルミナからのもので十分に足りている──けれども、この兄に切り捨てられることは、ウィルヘルムの国内での足場が失われることを意味してもいる。言い訳のようにウィルヘルムは言った。
「いや、だってさ。この国にはもう、俺の『愛してる』を信じる女なんていないだろ。だからちょっと……勝手が狂ったんだ」
「わかってるよ。お前の言う通り、僕の采配ミスでもある。若い女性にお前は『効きすぎる』んだな」
人を毒かなにかのように言わないで欲しい。不服さを隠さないウィルヘルムに、「それで、だ」とレオンハルトは話を仕切り直した。
「今のところ、お前が彼女を誑かした目的……彼女から聞き出した情報については、向こうには知られていないようだ。娘の方は、何を話したかも覚えていないんだろう。そういうわけで、この件はこのまま流したいんだが」
「……だが?」
「ルクセリアとうちは近すぎるからね。娘のほうが押しかけてくる、あるいは、娘に絆された父親が、お前と娘を結婚させろと言ってくる可能性もある。……というわけで、だ」
レオンハルトは、ウィルヘルムに一枚の紙を差し出した。
「ほとぼりが冷めるまで、お前には国を出てもらう。ちょうどというべきか、魔法と精霊の国、『魔法使い』を母に持つお前に相応しいスヴェルダ王国から、留学受け入れの案内が来ていてね」
「スヴェルダ王国……?」
「ああ。あの国には『魔法使い』に特化した学院があるだろう? 閉鎖的なお国柄もあって、今までは国外への門戸はほぼ開いていなかったんだが、急に方針を改めたらしい。……まあ、それ自体はどうでもいいんだけど」
我が国の魔法研究が彼の国に劣っているとは思えないからね、とレオンハルトは肩を竦めた。妙なところで自国へのプライドがある男だと、愛国心など欠片もないウィルヘルムは少し目を眇める。そうでなければ、王位争いをしようなどとは思わないのかもしれないが。
「ともかく、渡りに船だと思ってね。──お前、魔法は使えるな?」
問いに、ウィルヘルムは頷いた。ウィルヘルムには母親譲りの豊富な魔力があるし、ティーザ夫人が手配してくれた家庭教師に一通り以上の手ほどきを受けているから、『魔法使い』を名乗れるだけの技術は身についている。
それで、すべてが決まりになった。
ウィルヘルムは、愛を知らない。
『愛』はずっと、彼にとって、利用するものだった。
だからずっと探していた。愛を? 違う。愛なんて不確かなものは、必要ない。
必要なのは、居場所だ。
具体的には、家と金だ。安心して暮らせるところ。誰に阿ることもなく、安心して眠れるところ。
それさえあれば、何もいらない。
(……『魔法と精霊の国』。スヴェルダ王国)
まだ、スヴェルダ王国がどこにあるのかも知らないが──これはもしかしたらいい機会なのかもしれないと、ウィルヘルムはそう考えた。




