20. 放蕩者は見破られる
また『寂しい』か。
女はそのフレーズが好きすぎる、と内心で嘲笑ったのは、この時ばかりは明らかな虚勢だった。今までの女たちがウィルヘルムを称して言った『寂しい』と、彼女が今口にした『寂しい』との間に差などない、と思うには、彼女はウィルヘルムを知りすぎていた。ウィルヘルムの動揺には欠片も気づかず、微笑みながらアーシャは続ける。
「あとは……そう、瞳が素敵なのよ。ヘイゼルの瞳。見たことがありまして?」
試したい、と思ったのは、何も、先刻の会話だけが──セレスティアという名の女神について、彼女が試した『愛』についての話だけが原因ではなかった。
端的に言えば、ウィルヘルムは、アーシャの真意が知りたかったのだ。昨日のアーシャの『秘密』、イザベラを帰らせた何らかの『事情』は、やはり、知っておかなければならなかった。その問いは結局、たったひとつに収束する。我が身を投げ出してもウィルヘルムを守ろうとしたアーシャの『真意』。
彼女は──本当に、ただ、ウィルヘルムを愛しているだけなのか?
なにせ明日にはもう、『緑の魔女の森』に着いてしまう。アーシャは、ウィルヘルムと結婚してしまう。それでいいのか? 本当に? いや別に、結婚に愛が必要だなんて、そんな夢みたいなことを考えているわけではないのだが。そんな考えはおくびにも出さず、ウィルヘルムは軽く首を傾げる。
「……いや。特殊な色なのかい?」
「ええ。普段は、黄色がかった茶色に見えるのですけど……時折、色が変わるのです」
「そんなの、光の加減だろう。何が素敵?」
「光の加減……なのかも、しれませんけど」
ふふ、と、思い出すようにアーシャは笑った。まるでなにか、可愛くてしかたがないもののことを思い起こすみたいに。
「でも……わかるのです。あの方の瞳は、嘘をつくときに、それが嘘であることが悲しいみたいに、淡い緑に揺らいで見える」
息を飲む。
それ以上の失態は、かろうじて、どうにか堪えた。──なんだって? なにを指摘された? 混乱するウィルヘルムの前で、アーシャは柔らかく目を細める。
「その正直さを、私は、とても可愛いと思うのです。……可愛らしくて、だから、放っておけない。抱きしめて頬ずりしたくなる。もう大丈夫だと言ってあげたくなる」
もう何も言うな、とウィルヘルムは思った。自分からそう仕向けたくせに、もうこれ以上聞きたくないと強く思った。
誰もがウィルヘルムの瞳を『不実』と言った。謎めいていて、何を考えているかわからない、神秘的な瞳だと。
『正直』だなんて、ウィルヘルムから最も遠い言葉だ。
なのに、それが彼女の口から出ると、まるでそちらのほうが真実のような気がしてしまう──真実であってほしいような気がしてしまう。それが恐ろしくて、ウィルヘルムはなにかに急かされるように口を開いた。
「……でも」
悪あがきだ。
「貴方がそんなに愛する男は、今、ここにはいない……貴方を守ることもできていないじゃないですか」
わかっていて、それでも言わずにはいられないのは、あるいは、彼女の口を塞いでやりたいという、それだけの衝動によるものかもしれなかった。ウィルヘルムは、アーシャの細い手首を掴んだ。アーシャが、驚いたように顔を上げる。
顔を寄せる。
「……!?」
アーシャが、咄嗟に、ウィルヘルムの胸を押しのけようとする──こんな細い手で、一体何ができるつもりなのだろう? ルミナを呼ぶことが思いつかないのは、彼女が守護精霊に慣れていないからだろうか(まあ、ルミナはウィルヘルムの守護精霊なので、ウィルヘルムから彼女を守ることはないわけなのだが)? ウィルヘルムはうっすらと笑った。
「……旅人が祭で何をしているかなんて、誰も興味はありませんよ。貴方の待ち人も、この夜のことを知るすべはない……どころか、まだここに来ないということは、貴方以外の誰かとこうしているのかも」
顔を変えていても、表情の作り方に同じ変わりはない。ウィルヘルムは、誘惑のための表情の作り方というものをよく心得ていた。目を細め、アーシャの手首をくすぐるように撫で、甘やかすように微笑む。何もかもが許されるとでも言うように。
「そんな」
「あり得ない、と言い切れますか? ……別に、悪いことじゃありませんよ。『緑の魔女の森』に行く前に、少し、ほかの男のことを知っておいたっていいでしょう?」
「いや、ッ」
アーシャは恐らく『離して』とでも言おうとしたのだろう。その小さな口を大きく開いて──それから、何かに気づいたようにはたと動きを止めた。
大きな瞳が、さらに大きく、零れ落ちそうに見開かれる。
「…………ウィルヘルム様…………?」




