19. 放蕩者は祭りに加わる
祭りは、日暮から行われるということだった。
魔法灯がかしこに灯され、どこにでもありそうな田舎の村を、どこか幻想的に照らし出している。ウィルヘルムが女将から聞いた祭の概要は、次のようなものだった。
『セレスティア様は、王家に呪いをかけたんだそうだ。『愛を失う』呪いだよ。その呪いによって、王子は婚約者を捨ててまで愛した女に捨てられたんだとか。……でも、女神様は、その顛末がさらにお気に召さなかったらしくてね』
『自分でやったくせに?』
『自分でなさったのに、さ。女神様はもしかしたら、ただ試練を与えただけのおつもりだったのかもしれないねえ。ともかく女神様は、悲しみに暮れながらこの村を通りかかった。女神様は風の女神でもあるからね。あたり一体がひどい嵐になった』
『傍迷惑な女神様だな……』
『そこで女神様は、嵐の中を行く一人の男に出会った。男は、病気の恋人に薬を届けに行く途中だった。女神様はふと思い立って、男にも、試練を与えることにした』
『ほんとにしょうもない女神様だな! これだから女ってやつは……』
『なんだい、若いくせにわかったような口をきくねえ。……女神様は、男の恋人そっくりに化けて男に抱きついた。もう大丈夫だから自分と一緒に行こうと言った』
『なるほど、オチが読めたな……』
『まあ、昔話っていうのはそういうもんさね。……男は、彼女が自分の恋人ではないことを見破った。女神様はそれにいたく感動した。男の『真実の愛』にね。女神様は男の恋人の病気を治し、ついでに王家を呪ったことも忘れた、と。……以来うちの村では、女神様に『真実の愛』が失われていないことをお教えするための祭が行われているってわけさ』
……そういう女将の話を思い出しながら、ウィルヘルムはルミナに祭りの概要を話した。
「嵐を模した紙吹雪を、視界が効かないぐらいに魔法で散らすんだそうだ。村の若い未婚の男女が集まって、その中から恋人を見つけ出すことで、『真実の愛』を示すんだと」
「……それってさあ」
ルミナが、ぴょこんと顔を出した。お邪魔虫にはならない、という意思表示なのかどうか、ウィルヘルムとアーシャがふたりでいるとき、ルミナは基本的に顔を出そうとしない。
「嬥歌だよね? つまり」
「えらく古風な言い回しだな、それは」
ウィルヘルムは軽く眉を寄せた。守護精霊は年代を凌駕した存在であるがゆえに、時たま古すぎる表現を使いがちだ。それから、気を取り直して頷く。
「ま、そうだろうな。よくある出会いのためのパーティーだ」
アーシャには流石にそうとは言えなかったが、適齢期の男女を集め、歌や踊りで空気を盛り上げて結婚させる、田舎ではままある風習だ。つまるところ、『見合い』のための催しである。この村ではそれが『セレスティア様の祭り』という形式になっていて、『真実の愛』というワードも、運命的な出会いの演出に一役買うのが目的で残されているのだろう。
元々恋人同士だった二人の結婚の、あるいは意中の相手に思いを伝えるきっかけを作り出すためのありがちなイベント、ではあるが。
「でも、面白いな。どうやら、ここの伝承は『本物』だ……もしかしたら、王都で見た劇よりずっと」
「そうだね。王女様の反応を見るに、セレスティアがかつて存王家の守護精霊だったこと、彼女の存在が王家にとって一種の禁忌であることは事実みたいだ」
感心したように言うルミナに、ウィルヘルムは応じずに肩を竦めた。
こちらの伝承のほうが正しいのなら、『愛を失う呪い』によって蛙になった王子様とやらは、元婚約者と復縁することはなく、誰にも愛されずに死んだのかもしれない。浮気者には相応しい結末だと言える。なんならこっちのほうが民衆受けはよさそうだが、流石に『王子が呪いで死んだ』は外聞が悪すぎるから、王都での劇はあの形に落ち着いたのだろう。考えていると、「あ」と気配を察知したルミナが軽く目線を上げた。
「……王女様が着替え終わったみたい。じゃあ、僕は行くね」
「ああ。危険があるとは思えないけど、一人にはさせられないからな、流石に」
祭りは、女性陣が先に広場に集い、後から男性が薬、ではなく、意中の相手に渡すための花を片手にやってくる、という形式で行われる。護衛役としてルミナをつけることは、事前にアーシャの了解をとっていた。
「しっかり守るから安心して。……ウィル、それよりさあ、さっきの話、本当に……」
「いいから、さっさと行け」
追い払うみたいに手を振ると、不安そうな顔のまま、ルミナがぱたぱたと飛び去っていく。その姿を見送ってから、さて、とウィルヘルムは表情を消した。
「……『真実の愛』ね」
それを試すのは、愚かなことだ。
なぜならそれは、ただの確認行為に他ならないからだ。『愛』なんてものはどこにもないと、そう確認するだけの。伝承の中であればこそ、『真実の愛』が証明されることもあるのだろうが、現実はそううまくはいかない。
ウィルヘルムは、『愛』を知らない。
ウィルヘルムの人生は、『愛』なんてものが実在しないことを確認する、そんな日々の繰り返しだった。だから、わかっている。自分が今、愚かなことをしようとしていること。
汝試すなかれ。……わかっていて確認してしまう、その理由は一体どこにある? 大雨のなか飛び出してきたアーシャの姿を、魔獣の前にひとつの躊躇いもなく身を投げ出し、全てが片付いた後ウィルヘルムの身体にすがりついて身も世もなく泣きじゃくっていたアーシャの姿が順に思い出され、ウィルヘルムはそれを──そのとき己が抱いた気持ちを振り払うように首を振った。
……そうして、魔法灯が照らされる中、ウィルヘルムは、ウィルヘルムではない姿で、祭りの中に立っていた。
長い黒髪は魔法で金に、瞳は明るいブルーへと変えて、眉は凛々しく、顔立ちは少し精悍にして──『甘ったるい』と言われるウィルヘルムのどこか淫靡な美貌とはまるで異なる、真面目そうな男の顔を作り上げる。薄い幕一枚で顔を覆っただけの変化の魔法は、長時間は使えないし表情に違和感が出るようなちゃちな代物だが、宵闇の中、ほんの少しの間だけであれば問題はない。
これは『試練』ではない。ちょっとした悪戯だ。ウィルヘルムは、内心でそう言い訳をした。女神と同じだ。悪い自覚がある分だけウィルヘルムのほうがマシだ。思いながら、祭りのための花を片手に、ウィルヘルムは魔法の吹雪の中を歩いた。
白い紙吹雪は、当たれば軽く痛みを感じるほどの勢いで広場一帯を埋め尽くしている──が、人の姿が視認できないほどではない。柔らかな灯りと奏でられる音楽とがロマンチックなムードを演出し、はやくも寄り添う影がそこかしこに見える中、ウィルヘルムは目当ての姿を探して顔を巡らせた。
──否、探す必要などどこにもなかった。
アーシャは、紙吹雪の中、そこだけ月の光によって守られてでもいるように、ぽかりと浮かびあがって見えた。その姿は、民族衣装らしい細かい刺繍の入ったワンピースを身につけているせいで、どこか神秘的にも見える。そうか、と一拍遅れて思い出した──『魔法が効かない体質』。紙吹雪はアーシャの周りで渦を巻き、あまりに普通からかけ離れたその光景は、まるで、彼女こそが女神であるとでも言うようだった。ウィルヘルムはいっとき呆然とした。
アーシャが、ウィルヘルムの視線に気づく。その瞳が不思議そうにウィルヘルムを見るのを見て、ウィルヘルムはやっと目的を思い出し、とっておきの笑顔を作った。
「こんばんは。旅の方ですね」
こちらも魔法で偽装した声で語りかけると、不思議そうな顔のまま、アーシャがくるりとあたりを見回す。
「そうですが、……私は貴方の恋人ではありませんわ。恋人を探された方がいいのでは?」
「ああ、旅の方はご存知ないのですね。……この祭は、実際は、出会いのための祭りなのですよ。まだ恋人になっていない二人が、この場を借りて親睦を深めるのです」
「えっ」
アーシャはぱちりと目を瞬いた。思いつきもしなかった、という顔に、思わず笑ってしまう。
「そうなのですか!?」
「そうなんですよ。……貴方には、待ち人がおられる?」
「ええ」
「貴方のような人を待たせるとは、悪い男だ。……では……どうでしょう。彼を待つ間だけ、少し、話し相手をしていただいても?」
アーシャはきょとんと目を瞬いた。何を言われているのかわからない、と言いたげな、口説かれているとは微塵も思っていなそうな表情だ。その顔のまま、不思議そうに尋ねる。
「貴方はいいのですか? 貴方の出会いは?」
「貴方と出会えた。この夜に、これ以上の幸運はありません」
「まあ」
アーシャはそこで、やっと、ウィルヘルム(が化けた男)の目的に気づいたらしい。困ったように眉を寄せる。
「私は……その、貴方のおっしゃるとおり、旅人で」
「わかっていますよ。ただ話を聞きたいだけです。それぐらいなら、貴方の待ち人も怒らないはず」
「それは……」
アーシャはちらりと胸元のルミナを見下ろした。ルミナは素知らぬ顔をしている。アーシャは少し笑って、ウィルヘルムの言葉に頷いた。
「そうかもしれませんわね」
そうしてアーシャは、ウィルヘルムが勧めるままに広場の隅の木陰に座った。ルミナは勿論これがウィルヘルムだと気づいていて、だから護衛の仕事をしていないだけなのだが、アーシャはそうとは気づかなかったようだ。これ幸いと、ウィルヘルムはアーシャに「さて」と前置いて尋ねる。
「早速、聞かせていただきたいな。……どんな方なのですか、貴方の待ち人は」
「どんな……?」
思い起こすような間があった。アーシャは、ウィルヘルムから視線を離して、己の指先を緩く組みながら、ゆっくりと言葉を纏めているようだった。
そうしてアーシャは、ぽつりと言った。小さな声で。
「優しい人です」
そっと唇に乗せられた微笑が、密やかな声音が、彼女の心をそのまま表しているようだと思った。
「優しくて──とても、寂しい人」




