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【全年齢版】放蕩者の第九王子は、呪われ王女の献身で愛を知る  作者: 逢坂とこ
第一章 放蕩者の出奔

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1. 放蕩者の不埒な日常

 ディルセル帝国の貴族たちにとって、夜は昼よりも圧倒的に長い。

 魔法による幻想的な光によって照らし出された部屋で、美しい音楽とともに人々は踊る。豪華な食事を楽しみ、煙草の煙に沈みながらカードゲームに興じ──あるいは、薄暗い部屋で密やかな邂逅を楽しむ。

 今宵もまた、一組の男女が逢瀬を楽しんでいる。女は、べっとりとした口紅で不自然に紅い唇を開いた。


「……いけないひと。ティーザ夫人はご存じなの?」

「その、ティーザ夫人の不興を買ってしまったんです。……僕がいけないんだ。寂しいと言って彼女を困らせた」

「まあ……」


 表向きは同情するように、けれども、心の内の悦びを隠せない顔で女が笑う。男──ウィルヘルムは哀しげに微笑んだ。捨てられた仔犬か何かに見えるように。


「夫人は、僕の目が悪いと言うんです」

「目?」

「不実な目だと」


 ウィルヘルムの瞳は、いわゆる『ヘイゼル』と呼ばれる色をしている。正面から見ると金褐色──榛色、とも呼ばれる地味な薄茶色に見えるその瞳には、『見る角度によって色が変わる』という不思議な特徴があった。


「僕の心は、この瞳のように移り気だと言うんです。……貴女も、そう思われますか?」

「さあ。……わからないわ。ここからでは、その『移り気』が見えないもの」


 表向きは『休憩用』と銘打ちながら、実際の用途など明らかな部屋の、これ見よがしに置かれた長椅子に座る女が片腕を伸ばす。ウィルヘルムは戸惑ったように目を瞬き──それから、促されるままに体を屈めて、女の手のひらに己の頬を寄せた。

 女が、ウィルヘルムの目を下から覗き込むように見る。角度によって色を変える瞳。


「……ああ」


 うっとりと、女が微笑む。


「なんて哀しそうな目をするの。憂いの青……来て。私が」


 慰めてあげる。

 女は囁き、ウィルヘルムの漆黒の髪──魔力を宿して重たく落ちる、長い濡羽色の髪へと指を絡ませる。ウィルヘルムは一度目を伏せて、けれども、その腕に逆らわず女に身を寄せた。



 * * *



「もう……この、節操なし! 女誑し! 僕の翼が真っ黒になったらどうしてくれるのさ!?」

「……うっさいなあ……」


 部屋にはもう、女の姿はない。

 そもそも、伯爵夫人である彼女には、当然ながら正式な『連れ』がいる。束の間の火遊びを楽しみたいだけの女は、それでもピロートークに夫の最近の趣味──怪しげな投資への愚痴を聞かせてくれた。これで、ウィルヘルムの仕事は完了だ。ウィルヘルムは、己の守護精霊であるルミナ──机の上でぴょんぴょんと跳ねている、手のひらに乗るサイズの、子どもの好むぬいぐるみのような姿をした『』──に短く命じる。


「聞いてただろ。今のあれこれを兄さんに伝えてきてくれ」

「守護精霊は伝書鳩じゃないんですけど!?」

「そりゃ、伝書鳩よりは優秀だろ。……俺は、もうちょい寝てから帰るから」


 ウィルヘルムは再びソファーに沈んで、片手だけを挙げてひらひら手を振った。ルミナは憤懣やる方ないとでも言いたげに前脚でウィルヘルムの頭を小突き、それから、ため息をついて姿を消す。それを見送り、ウィルヘルムは再び目を閉じた。

 翼が黒くなる、とルミナは言った。もちろんそんなことが起きるはずがない。ルミナは貞節を重んじるではないのだ。それなのにルミナがウィルヘルムの素行にうるさく口を出すのは、彼がウィルヘルムの親代わりを自認しているからに他ならなかった。

 親代わりであって、親ではない。ルミナは、ウィルヘルムの母ヴィオレッタが唯一残してくれた『守護精霊』──魔法使いの家系における、親から子へと受け継がれる使い魔だった。


 ウィルヘルムは、愛を知らない。


 そう言ったらルミナは「僕がこんなに愛しているのに!?」と怒るだろうが、守護精霊とはそういうもの、一族を愛するように出来ている存在だ。そもそもそういう性質をしているものの愛を愛として受け取れるほど、ウィルヘルムの頭はおめでたくない。


 ウィルヘルム・ルーベルデンは、ディルセル帝国の第『九』王子である。


 父親は子どもよりも専ら子どもを作る行為のほうに興味がある(結果として大量の女子どもを後宮に抱える)皇帝であり、ヴィオレッタは帝国所属ではない流れの魔法使いだった。

 ウィルヘルムは、五歳頃までは、ヴィオレッタの手で育てられていた。当時の記憶もうっすらとある。ウィルヘルムと同じ色の髪と瞳の女とルミナとで、穏やかに暮らしていた日々の記憶だ。


 けれども、ヴィオレッタは突然姿を消して、以降、ウィルヘルムはひとりで後宮を生き抜くことを余儀なくされた。


 ヴィオレッタが消えてからの後宮での生活は、有り体に言って、みじめなものだった。

 ヴィオレッタは貴族ではなく、彼女の両親はもう死んでいるとルミナは言った。身寄りのない──後ろ盾のひとつもないウィルヘルムは、誰からも顧みられることはなかった。食事さえもろくに与えられない暮らしの中で、ウィルヘルムが見つけた生き延びるすべは、後宮の女官たちにひたすら媚を売るということだった。

 幸いにして、ウィルヘルムは可愛らしい子どもだった。女官たちは、まるで子猫でも飼うかのように、ウィルヘルムにいろいろなものを与えてくれた。


 そんなウィルヘルムに訪れた転機は二回。


 一度目は、王妃のサロンに集う女性たちの一人──ティーザ公爵夫人、夫である公爵と『公には出せない趣味』を共有する高貴な婦人が、ウィルヘルムの愛らしさに目をつけて、ウィルヘルムのパトロンになったこと。

 二度目は──ティーザ夫人のもとで丹念に『育てられた』ウィルヘルムの美貌、教養、魔法、そして何より女性に気に入られるための手練手管に、第二王子であるレオンハルトが目をつけたことだった。



 ──そして、今、三度目の転機が訪れる。


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