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【全年齢版】放蕩者の第九王子は、呪われ王女の献身で愛を知る  作者: 逢坂とこ
第二章 放蕩者と駆け落ち

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18. 王女様と『セレスティアの祭り』


 そうしてどうにかたどり着いた村は、ちょうど『祭り』の準備をしているところだった。


「魔獣が出たんだって? 運が悪かったね」

「全くだ。……駆除の手筈は?」

「村の魔法使いが、騎士団に連絡を入れたって。ま、しばらくは出歩けないけど、祭りに備えた蓄えがあるからね。どうとでもなるさ」


 宿屋の女将はにこにこと笑って言った。アーシャは先に部屋で湯浴みをしていて、とりあえず着替えだけを終えたウィルヘルムは、飲み物でも貰おうと思って宿の食堂に来たのだった。

 魔獣については、御者から村長に一報を入れてもらっていた。下手に『魔法使い』の自分が出向いて、退治の手伝いまで依頼されたら面倒だと思ったからだ。幸い、魔獣発生時の手順は整っていたようだ、とウィルヘルムは軽く安堵する。


「なら良かった」

「祭りもね。突然の雨でどうなることかと思ったけど、……まあ、夜には晴れることはわかってたよ。セレスティア様も、祭りを楽しみになさってるはずなんだからさ」


 『温まるように』と出してもらったスパイス入りのホットワインを一口飲み、ウィルヘルムは「セレスティア様ねえ」と首を傾げた。


「一度、劇で見たことがあるけど。セレスティア様って、この国ではそんなに有名な精霊なんだ?」

「有名? そりゃ勿論。この国の子どもで、セレスティア様のお話を聞かずに育つ子はいないだろうね」


 女将はにこにこと、胸を張って続けた。


「そしてこのあたりでは、『女神様』と言えば勿論セレスティア様のことさ。『緑の森』のフィオーレ様でも、他のどの女神様でもなくてね。セレスティア様は、風と愛の女神様で──王家の守護精霊だった女神様なんだよ」

「……うん?」


 なんだかおかしなことを聞いたな、と、ウィルヘルムは軽く眉を寄せた。聞き間違いか?


「守護精霊、『だった』?」


 守護精霊は、一族と契約する。そして、その契約は親から子へ受け継がれ、余程のことがない限り切れることはない。あれだけ文句を言いながら、ルミナがウィルヘルムを見捨てないのがいい例だ。

 守護精霊との契約は、『愛』によって行われると言われている。守護精霊が契約者を愛さなければ、契約はそもそも成立しない。そのかわり、一度契約が行われれば、守護精霊は契約者の子孫のことも我が子のように愛し続ける。そういう性質の存在なのだ。ウィルヘルムの疑問に、「ほんとに知らないんだね」と、女将は逆に驚いたようだった。


「遠い昔にね、王家の若様がセレスティア様を怒らせたんだよ」

「……ああ、その話は聞いたな。『婚約破棄』だっけ?」

「そうさね」


 しかし、王都で見た劇では、かの王子が『スヴェルダの』王子である、とは言われていなかった。


「幼い頃から許嫁だった令嬢にひどい恥をかかせてね。皆の前で、『別の令嬢と結婚する』と言い放ったんだよ」

「そうそう、そんな話だった。……いやでも、それぐらいで守護精霊が契約を切るか?」


 守護精霊の愛は、我が子に向けるもののように無私で盲目だ。どんな状況でも王子の味方をするぐらいのほうが自然なのだが。


「なんでも、セレスティア様は、許嫁のご令嬢のほうがご贔屓だったらしくてね。それに、セレスティア様は風と愛の女神様だ。不実な男には滅法厳しい」


 なるほど、ウィルヘルムは即座に嫌われそうだ。

 というか、さっきの御者は『天候を操る』と言っていて、王都の劇では『愛の女神』ということになっていて、なるほどトータルすれば『風と愛』の女神ということになるのかもしれないが、流石に権能が広すぎやしないだろうか。伝承にしても盛られすぎている。


「それで、セレスティア様はひどく怒ってね。契約を切るのみならず、王家を呪ってこの世から去ろうとした。……そこで通りがかったのがこの村で、この村の恋人たちの姿にいたく感動されて、王子様の呪いを解いてやったって話だよ」

「……聞いた話と違うな、そこは」

「そうなのかい?」

「ああ。王都の劇では、王子は呪いで蛙に変えられて、元婚約者の『真実の愛』とやらが、その呪いを解いたということになっていた」

「そんな話は知らないねえ」


 女将は不思議そうに首を傾けた。とはいえ、昔話に地域差があるのはよくある話だ。その地方ごとに、その地方にとってより良い脚色が成されることも。


「まあ、ともかく、そういうわけで、うちの村では、セレスティア様がこの辺りを通られたこの季節に、セレスティア様に『愛』をお見せするための祭りをする。愛し合う恋人同士のための祭りをね」


 そう言ってから、女将は改めてウィルヘルムの顔を見た。いいことを思いついた、みたいな顔で。


「そうか。あんたたち、『緑の魔女の森』に行くんだろう? 丁度いいじゃないか。祭りに参加していったらいい」


 セレスティア様の加護が頂けるかもしれないよ。そう言って、女将は笑った。






「……セレスティア様のための祭り、ですか」


 行きたい、と即答するかと思いきや、アーシャの表情は晴れなかった。その顔を見て、ウィルヘルムは慌てて言葉を足す。


「いや、別に、どうしてもってわけじゃない。今日はもう宿もとったし、暇つぶしにどうかと思っただけだ。部屋で旅の疲れを癒すならそれでいいさ。そもそも、身内のための祭りだろうしな」


 祭りというのは本来そういうものだ。一部の大きな都市においては観光資源化していることもあるが、そちらのほうが稀有な例である。ウィルヘルムとしては正直寝ていたい。

 それでもアーシャの意向を聞いたのは、まさか、アーシャが興味を示すと思ったからだろうか? まさかな。内心複雑なウィルヘルムの前で、「勿論、興味はありますが」とアーシャは言う。


「セレスティア様は、私の存在を、好ましく思われないと思うので」

「……というと?」

「観劇の際は、お話しませんでしたっけ。この村の伝承が正しいのです。……セレスティア様は、かつて、私達を守護してくれていた女神様なのですわ」


 ウィルヘルムは軽く眉を上げた。話していなかった──恐らく、意図的に、だ。

 とはいえ、隠す理由、あるいは王都での劇においてその事実が伏せられる理由もまた明らかだった。王家が守護精霊に契約を切られていた、というのは、明らかな醜聞である。帝国であれば、伝承としてだって残すことが許されないだろう。

 とはいえ、遠い昔の話だ。今の時代の人間が気にするようなことでもまたあるまい、と思うウィルヘルムの前で、アーシャは、とてもそうとは思えない深刻な顔をして言った。


「さっきの急な雨も、魔獣も……私のせいだと思うのです。ここが、セレスティア様に縁のあるところなら」

「はあ?」


 ウィルヘルムは思わず目を瞬いたが、アーシャはどうやら本気だった。「いやいや」とウィルヘルムは軽く手を振って言う。


「流石にそれは考えすぎだろ。その女神様とやらがいついなくなったのか知らないが」

「二百年程前、と言われています」

「詳しいな。いやまあ、王家の話だってなら当然か? なんにせよ、それだけ経ってて、まだ王家を呪ってるとしたら執念深過ぎる。『風と愛の女神』から『恨み辛みの女神』に改名すべきだ」

「……まあ」


 ウィルヘルムが大袈裟に顔を顰めて見せると、アーシャはやっと少し笑った。その笑顔を見てこっそりほっとしたウィルヘルムの前で、けれども、アーシャの顔はすぐに曇ってしまう。


「……でも、やっぱり、私たちが悪いんです。女神の庇護を受けながら、女神の信じるものを汚してしまった」


 罰を受けるのは当然なのだ、と、そう思っているような顔だった。


「セレスティア様は、きっと、傷ついたのですわ。愛──この世でもっとも美しいものが、信じられないような気持ちになってしまった。だから彼女は、この地でも、恋人たちを試したのです。……そうして、未だに試し続けている」

「……?」


 未だに?

 王都での劇も、この村での話も、セレスティアの呪いそのものは解けているはずだ。この村で祭りがいまだに続いているのは、セレスティアが求めているからではなく、村にとってそれの祭りそのものの都合がいいからにすぎない。しかしその理由、この村の祭りが持つ本当の意味を直裁に伝えるのは気が引けて、ウィルヘルムは結局口を閉ざした。

 代わりに、呟く。


「……試している、ねえ……」


 もし、女神が本当に傷ついて、それ故に恋人たちを試し続けているとしたら──彼女はあまりに意地が悪いし、そのうえ手の施しようがない愚か者だ、と、ウィルヘルムは思った。

 この世で最も美しいもの。もし、かつて婚約者を捨てた王子がそれを持ち合わせていなかったとして、それを別の人間に証明させようというのは、完全なる八つ当たりというやつだろう。馬鹿にしたような気持ちが表情に出てしまっていたのだろう、アーシャはウィルヘルムを見て目を瞬いた。


「何か、おかしなことを言いました?」

「……いや? ただ、『美しいもの』を自ら汚したがる女神は、余程の馬鹿だと思っただけさ」


 試練を乗り越えられるのが、真実の愛? つくづく馬鹿げている、と、ウィルヘルムは思った。

 そんな言い分が通るとしたら、今までウィルヘルムが誑かしてきた女たちの愛は、『真実の愛』ではなかった、だから悪いのは彼女たち自身で、ウィルヘルムはただ試練を与えただけだと、そんな言い訳が成り立つことになってしまう。さすがのウィルヘルムもそこまで図々しくはなれないし──そう、そもそも、それ以前の話だ。

 それ以前に、前提が間違っているのだ。


 『愛』なんてものは、そもそも、どこにもない。


 万が一実在したとして、それはおそらく、運良く壊れずにすんでいるものを、結果的に『真実の愛』だなんて呼んでいるだけの結果論に過ぎない。ないものを求めるほうが間違っているのだ。

 だから、ウィルヘルムに騙された彼女たちは、愚かではあっても悪くはない。


「彼女が試さなければ、『愛』のかたちを保てていたものだってあっただろうに」


 ウィルヘルムはそう嘯いて、それから、声に自虐が滲みすぎていた事に気がついて口を閉ざした。これではウィルヘルムが『試す側』の、『壊す側』の人間であったかのようだ。こっそり伺い見た先で、アーシャはただ、いつものように微笑んでいた。

 そして言った。


「ウィルヘルム様は、優しいのですね」


 それで、ふと、力が抜けた。


「……違うよ」


 ウィルヘルムは皮肉げに唇を歪めた。

 ウィルヘルムは少しも優しくない。優しい男は、当たり前の顔で人を騙すことなんてできはしない。ウィルヘルムの否定を、アーシャはいつもの斜に構えた態度の一環だとでも思ったのだろう。気にしないふうに笑ってから、気を取り直したように口を開いた。


「やっぱり……セレスティア様はお怒りになるかもしれませんけれど、私、お祭りに行ってみたいですわ」


 連れて行ってくださる? と、アーシャがウィルヘルムを見て首を傾げる。ウィルヘルムは目を眇めた。


「勿論」


 ウィルヘルムは優しくないし、もちろん、アーシャを愛してもいない。

 けれども、どうしてだろう、どうしてか、当たり前に──この旅で彼女が願うなるべく全てを、叶えてやりたいとも思っているのだった。



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