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【全年齢版】放蕩者の第九王子は、呪われ王女の献身で愛を知る  作者: 逢坂とこ
第二章 放蕩者と駆け落ち

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14. 王女様は愛したい


 今度は、ウィルヘルムが驚く番だった。知らない話だった。今のアーシャは、身体こそ華奢ではあるものの、肌艶も血色もよく、見た目上の不健康さは少しも感じられない。『魔法が効かない体質』だという話は聞いていたが──あるいは、『生まれたときに死にかけた』というのは、その体質に由来したものなのだろうか。医療魔法は当然妊娠出産にも関係するし、死にかけている王女に魔法が効かなかったなら、城中パニックになっていてもおかしくはない。故にアーシャは、国中に愛されているのだろうか? 考えるウィルヘルムの前で、アーシャは再びウィルヘルムを見て、小さく微笑む。


「私が『愛されすぎている』ように見えるのだとしたら、きっと、それが原因ですわ。……だから皆、私に、『生きているだけでいい』と言うのです。私に何も求めないし、何も期待しない。私が『何もしないほうがいい』とすら思っている」


 アーシャの口調に、彼女には珍しい『苦々しさ』とでもいうべきものが含まれている。それを聞いて、ウィルヘルムは思わず口を開いた。


「どこに問題が?」

「……え?」


 もしかしたら、このときばかりは、声に実感が籠もったかもしれない。驚いてこちらを見るアーシャに、ウィルヘルムはいっそきょとんとして尋ねる。


「だって、それが、『愛する』ってことだろ?」


 見返りばかり求められてきたウィルヘルムには、だからそれこそが『愛』だと思える。──愛は、見返りを求めない。ウィルヘルムの知らない『愛』。いっそ素朴とすら言えるウィルヘルムの反応に、アーシャは迷うように視線を揺らした。


「そう、でしょうか?」

「……君は、違うと思ってるんだ?」


 沈黙は明らかな肯定だった。ウィルヘルムが促すより先に、アーシャは続ける。


「だって、……」


 強い意志の籠もった──奇妙な切実さのある声だった。


「私は、私がただ生きているだけでは足りないのです」

「……これはこれは」


 ぱちり、と、ウィルヘルムは目を瞬いた。率直なところを言えば、『何を言っているんだこのお姫様は』という、呆れるような気持ちが強かったかもしれない。生きているだけでは足りない、だって? それはなんて──


「贅沢なお姫様だな、君は」


 思わず、本音がこぼれ落ちた。組んだ足に肘をついて、うっすらとした微笑みを唇に乗せる。


「じゃあ、お姫様。君は、どうすれば『足りる』んだい?」

「愛したいの」


 それは、ウィルヘルムの論いを吹き飛ばす、ひどく真っ直ぐな意志に聞こえた。


「私も、愛を与えたい。私がそうしてもらったように。私が、生きているうちに。……それが、生きるということだと思うから」


 愛することが、生きるということ?

 お花畑で育ったお姫様らしい感傷だ、と最初に思い、それにしては、その声の響きが硬質すぎるようなような気もした。生きる? 生きる理由なんて、ウィルヘルムは、考えたこともなかった。

 生き延びることに必死な生き物は、自分の生の価値など気にしない。気にする余裕がない。故にウィルヘルムは、たとえアーシャの声がどれほどの切実さを帯びていたとしても、彼女の言葉を、甘やかされたお姫様らしい贅沢な自己実現欲求であると、そういうふうにしか見做せなかった。

 だから気づかなかった。彼女の言葉に込められた本心に。

 だから──……


「……いいよ」


 ウィルヘルムは、彼女の言葉が確かに己のうちを揺らしたことを無視して、いつものように微笑んだ。



「じゃあ、存分に僕を愛してよ。僕は、愛されるのが好きだからさ」



 嘘だ。

 ウィルヘルムは愛を知らない。知りたいとも思わない。好き勝手に愛され求められるのだって、本当のところは疎ましいばかりだ。そんな本音を完璧に隠して微笑むウィルヘルムに、受けて立つみたいにアーシャは笑った。


「ええ」


 笑っていた──そのはずだ。けれどもウィルヘルムはそのとき、アーシャの紫の瞳の奥に、なにか、輝くだけではない色を見た気がした。弾んだ声音とは真逆のなにかを。


「勿論、そうさせていただきますわ!」


 けれども──それが何なのかわからないまま、馬車は目的地の村に着き、ウィルヘルムは結局、深く考える機会を逸したのだった。




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