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二章 3

 部屋にはあの頃の光景が広がっていた。


 これって、夢じゃないのか……?


「海斗、早く食べちゃいなさい!」

 エプロン姿の母さんを見るのは何だか久しぶりな気がする。


「お、うん」

 誰が決めたわけでもないが、四つ用意された椅子の中から、いつもの位置についた。


 テーブルの上にはトーストと牛乳が置かれ、隣には妹の夏美が座っている。


「何見てんの?」

「いや、別に」


 この生意気な感じは、中学生の頃か?

 今はもうこいつも大学生になって、すっかりお姉さんを気取ってるからな。


 それにしても……


「夏美、ちょっとスマホ貸して」

「は、なんでよ!」

「いいから!」


 多少強引に奪い、スマホで時間を確認する。


 ――2019年 11月15日 7時20分――


「2019年って……」


「なにしてんの、早く返して!」


 2019年となると、今から六年前だよな。

 俺が高ニの……

「高ニ!?」


「なによ、うるさいな!さっきから」


 母さんと妹が揃って怒鳴ってきたが、その声すら聞こえない程に困惑した。

 俺は戻ってきているのか、本当に。

 いや、そんなことあり得るのか?

 あり得ないだろ。


 味を感じるわけもないままに朝食を済ませ、自分の部屋へ戻った。

 鏡の前で自分を見る。

 あんまり変わってないような気もするが……

 少し若いか。


 制服に体を通し、荷物を持った。

 スマホの充電は少し不足気味ではあったが、当時も毎日こんなものだったのだろう。


「行ってきます」


 外は少し温かい。

 冬が近づいているとはいえ、日差しが強い。


 家から近い範囲で高校選びをしていたこともあり、登下校は基本は歩きだった。


 ほんのりと汗を感じる。

 これはもう夢ではないよな、さすがに。

 意識もある。

 温度も。

 音も。

 匂いも。

 鼓動も。

 全てを感じる。


 過去に戻ってる……


「か・い・と!」


 今でも聞き馴染みのある声が後ろから聞こえる。

 あー、そういえばそうだった。

 俺たちが仲良くなった理由。


「おはよう」

 振り向くと、美琴がいた。

 

 今より少し短い黒髪。

 艶のある頬と長めのソックス。

 俺は当時美琴を見る時、こんな点に注目して見ていたのかと、一瞬我に帰った。


「海斗今日遅刻してないじゃんー」

「妹に起こされてね」

「世話のかかるお兄ちゃんだね、本当」

「悪いかよ」

「なんか、うーん」

 美琴が俺を凝視する。


「海斗、雰囲気変わった?」

「え?」

 こいつはいつの時代でも勘が鋭い奴だと、つくづく思う。


「何も変わってないと思うけど?」

「ほー、そっか」


 妙に緊張をした。

 美琴と歩く時間は日常であったし、今も変わらない。

 ただ異なる時代の2人で話しているだけ。

 でもそれが、別の誰かになったようで……

 戸惑いが身体の奥にあった。


「高一の入学式の帰りからだもんね、こうやって海斗と登下校で遭遇するの!」

「あー、確かに」

「たまたま隣の席の男の子が、同じ道で信号待ちしてるもんだから、奇遇だなって思ったよ」

「普通はあそこで話しかけてこないけどな」

「あー!私が話しかけなかったら、寂しい学校生活だったくせに」

「そんなことないわ!」

「ある!」

「ないっつーの」

「いーや、絶対ある!」


 こんなにも笑ってたんだな、美琴。


 二人で歩いて話す時間。

 周りから見たら、いつもの光景。

 きっと誰も、気にも留めていないだろう。


 でも俺には、特別。

 いや、寂しく切ない時間だった。


 今の自分と過ごしている時とは明らかに違う。

 こんなに笑うんだ。

 初めてだった。

 人が笑っている姿を辛いと思うのは。


「じゃあまたね!」


 学校の下駄箱付近で美琴とは離れた。

 確かに、高二は違うクラスだったのか。


 それにしても、懐かしいな…… 高校。


 お世辞にも綺麗とは言えない校舎の全てが、俺には感動するのものだった。


「おっすー海斗!」


 低く野太い声と同時に、俺の肩に手が乗った。

 優しさのかけらもなくガシッと肩を掴まれる。


「隆二か」

「なんだよ、隆二か……って」

「お前は朝から元気だな」

「まぁーな」


 誰が見てもこいつは野球部と言われるだろう。

 太い腕と強靭な足腰、おまけに昨日剃ったとも言える、綺麗な丸坊主。


 まぁ、これでいてバドミントン部ってのが面白い。


「お前今日も美琴と来てたのか?」

「あー、そうだけど」

「そろそろやめた方がいいんじゃねーの」

「え、なんで?」


 一瞬何を言ってるんだとは思ったものの、会話の途中で思い出した。


「あいつの彼氏、先輩だろ?バレたら色々と面倒なんじゃねーの?」


 美琴はこの頃三年の先輩と付き合っていた。そっちは正真正銘の野球部だった。今となってはそんな奴もいたなくらいの話ではあったが、当時となると違う。

 

 二人が別れた理由は俺だったからだ。


 俺と美琴の関係性を知った先輩は、美琴と揉めた。

 美琴は俺のことを友達だと言い続けたらしいが、理解をしてもらえることもなく、二人は離れた。


 戻ると色々と思い出すもんなんだな。


「まぁ、あんまり面倒にならないようにな!」

「おう」


 この頃の隆二に、今俺らが付き合ってることを言ったら何を思うのだろうか。

 大学二年の冬に伝えた時は、少し驚いていた程度だった気もするが……


 でも、当時ならどうなんだろうか。


 他人の恋愛の邪魔をした挙句、奪い去った醜い男に見えるだろうか。


 この時の俺は、この先のことを深く考えられてはいなかった。過去に戻り見つめ直すことの怖さを知らなかった。

 俺が美琴を想い、動いたその一歩が、この後の全てを変える大きな一歩になってしまうことに。

 

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