第8話 ファルエールの村
石を積み上げて外壁を連ねた町は、門兵もおらず、道も舗装されていないので風が吹くと土埃が立っていた。
町というよりは村で、民家もログハウスのような木造の家が多かった。
村の中に入ると、軒の下で作業をしていた男が声を掛けてきた。
「おい、ここはファルエールの村だが、何か用?」
かなり警戒をしているようで、男の眉間には皺が寄っている。
たしかに俺たちの服装はズタボロで、はたから見れば囚人か奴隷だと思われても仕方ない。
……ま、実際そうだったのだが。
そしてジーンの尻尾を隠すべきだったといまさら後悔する。
これもまぁ、囚人の服がギリギリ尻尾を隠しているから大丈夫そうだから、適当に何か言い逃れるか。
「ちょっと道に迷ってしまって……」
俺が話し始めると、すかさず横から俺の言葉をかき消すように、ジーンが口を開いて割り込んだ。
「盗賊に鉢合わせてしまって……逃げてきたんだ。食べ物や服を調達したらすぐに出ていきます」
「……そうか、大変だったな……」
男は俺たちを憐れむように視線を落とした。
店の場所を教えてくれると、男は作業に戻っていった。
「私が説明したほうがいいだろう?」
ジーンが俺に囁く。
「……たしかに。というか、完全に子供だということを忘れていた……」
俺は見た目では8歳の少年なのだ。身長も大人の胸辺りまでしかないし、全身の筋力も少なく、走る速度も遅い。腕力なんかは砂漠で鍛えられて強い方だが、それでも前世の俺には及ばなかった。
そして瞳も青くなり、髪も紺色の短髪に変貌している。
俺としては、アニメのキャラみたいで、かなりの美少年だと我ながら思うのだが、服装がこれなら台無しだ。
「まずは服を買おう。これじゃ目立ちすぎる」
「そうかな、この村の人達も結構似たようなもんだよ」
ジーンに言われてみて気づいた。
ファルエールの村を見渡すと、日陰で座って作業をしている村人のほとんどが灰色や茶色の飾り気のない服を着ていた。
女子供は外におらず、おそらく家の中で家事や内職をしているのだろう。
ファルエールの村全体が貧しいのだ。だから、俺たちの姿をみてもそこまで奇妙に思われなかったのかもしれない。
店に入ってみると、いくつか服や帽子、靴などが売っていた。
種類はほとんどなく、女性は裾が膝丈ぐらいのワンピースで、男性はシャツとつなぎのズボンぐらいしかない。
「あーっ! これいいなー!」
クロエが若草色のワンピースを見つけると、店の着替え室に持っていった。
そうか、クロエは普通のワンピースなんか着たことないのか。男としてジャンク漁りをしていたし、色付きの服なんて手に入らなかったからな。
「どう? 似合ってるかな……?」
スカートを押さえながらクロエがはにかみながら俺を見た。
元気なクロエらしいライトグリーンのワンピースが、ショートヘアのマリンブルーと合っている。そして少し赤らんだ頬とネイビーの瞳が際立っていた。
「うん、とても似合ってるよ!」
「うふふっ!」
クロエは慣れないスカートを押さえて、にっこり微笑む。
一方でジーンはワンピースを手に取り、決めきれない様子だ。
「うーむ……」
「どうしたの?」
「どうもこうも、こんなに裾丈が短いと尻尾が丸見えではないか」
ああ、やっぱりそこは気にしているんだ。尻尾が見つかると何かと面倒なことになるという認識はあるみたいだ。
「でも、ここにあるのは、ほとんどが同じような服で色違いしかなさそう……」
すると、ジーンは隅にある目立たない商品棚から真っ黒な服を引っ張り出した。
「おお! これがいい! ロングスカートで布地も丈夫だ!」
「ちょっと待ってそれは……」
ジーンが取り出したのは修道女が着る修道服だった。
耳を傾けることなくジーンは服を持って着替え室に入ったかと思うと、あっという間に着替えてしまった。
「うむ、ぴったりだな」
ロングスカートの腰元が少し膨れたデザインになっているようで、尻尾は違和感なく隠れていた。肩に掛ける半円形の白い布はセットで付いており、ジーンの長く艶のある黒髪が映えていた。なお、シスターが被る頭巾は装着していない。
「それって、神様に仕える女性の服だよ。普通に着てていいのかな……」
「神様? なんだそれは?」
「うーん、俺もこの世界の宗教は分からないけど、たぶん全知全能の存在を指すのかな」
「ほう、全知全能の存在か。ぜひ、相まみえたいものだな。どこにいるんだ?」
「いや、俺も分からない……もしかすると、この世界では物理的に存在しているのかもしれんし……」
「ふむ。ならば、この服を着ていれば何か分かるかもしれん。……余計にこの服が気に入った」
ジーンはにっこり笑うと、右の犬歯がキラリと光った。




