第5話 脱出
同じフロアにはもう一つ別の牢があったが、そこには誰もいない。
通路の先に螺旋階段があり、小窓から外の景色が見えるようになっていた。
「うわっ! 高い! ここってどこ?」
外から昼の日差しが入ってきていて、窓を覗くと、オレンジ色の屋根が眼下を犇めくように軒を連ねていた。
どうやら街に建てられた高い塔に俺たちはいるようだ。
驚いている俺たちを尻目にジーンはさっさと階段を下りていく。ちなみに、足枷などの拘束具は、廊下にある鍵を使って外した。
「クロエ、ジーンについて行こう」
「……ち、ちょっと待って、あれって飛行艇?」
クロエの視線の先を追うと、こちらの塔と向こうの塔をつなぐ連絡橋の上に、小型の飛行艇が停まっている。
しかも、噴射口から風が吹き出ていて今にも飛び立てそうだ。
「もしかして、クロエって今、ヤバいこと考えてる?」
「うん!」
ニカッと歯を見せて笑うと、急いで階段を下りてジーンに追いつく。
「ジーン、僕らは飛行艇で逃げようと思う! ジーンもおいでよ!」
「飛行艇か……」
ちょうど連絡橋への扉を前にしてクロエがジーンの手をとる。
俺は重い扉を押し開くと、外から風が舞い込む。
連絡橋の上部に飛行艇が一台だけ停まっていた。かなりの高さなのに連絡橋には柵などもなく、おそらく臨時で着陸したのではと思った。
飛行艇は軽石のような素材でできており、ボディは茶色をベースとしたヘリコプターのような形だ。
プロペラはないが、代わりに推進力を得るための噴出口が上部に一つある。
フロントの運転席と助手席はガラスで覆われ、後部は両翼の付け根の後ろに出入口が見えた。
「四人ぐらいは乗れそうだな。とりあえず中に入ってみるか」
と、飛行艇に近づくと、中からヘステイルが現れた。
「オイオイ、何かと思えば、砂漠のガキじゃねーか」
「うわっ! しまった!」
俺は急ブレーキをかけて後ろにジャンプした。
ギザギザの前歯を見せてニヤリと笑うヘステイル。腰には煌々と輝く剣の柄が見えた。
あれはソケット……充填されたソケットに交換したのか?
砂漠ではネオン灯ほどの光量だったのに、眩しく感じるほど強烈な光を放っている。
おそらく、空気銃のような魔法も難なく打てるだろう。くらえば、連絡橋の上から地上まで落下して死んでしまう。
「逃げよう!」
ここはすぐに撤退だ。
まあ、この世界で半端者の俺が勝てる相手じゃない。
来た道をクロエと引き返そうとしたとき、異様な風を頭髪に感じた。塔を流れる強風とは違った風の揺らぎ。
「逃がすわけないだろ」
俺たち二人の上で、ヘステイルがくるりと宙で回転する。ニヤリと笑いながら、俺と目を合わせて逃げ道に着地した。
こいつ……魔法を使って自分の体を瞬時に加速したり、空中でバランスを制御したりして使うのか。相手を攻撃するときに使うものとばかり考えていたな……。
「さっさと牢屋に戻りな。いや、お前はあの時の借りがあったな……」
赤い刀身の両刃剣を抜いて切っ先を俺に向ける。剣の周りには魔法で陽炎が立つ。
切るような風が、刃から常に吹き荒ぶ。
ヘステイルの踏み込む姿勢が見えた瞬間、間合いは詰められ、ギラギラした奴の目が俺を捉えた。
いや、無理だろ……こんな強力な魔法から逃れることなんてできない……。
俺が諦めた刹那、横からクロエが割り込んでくる。クロエは俺に体当たりして避けるつもりだ。
それを見たヘステイルは剣に力を込める。
「二人とも真っ二つだーっ!」
と、剣を加速させ水平に振りぬこうとした。
カンッ!
思わず目を閉じた瞬間、間の抜けたような軽い金属音がした。
目を開けると、ジーンの背中があった。
「可哀そうじゃないか」
ジーンはそう言って、腕でヘステイルの水平斬りを受けていた。
鉄格子を曲げたときのように腕には白い模様がある。ヘステイルの刃が時間を止めたかのようにぴくりとも動かない。
猛烈な魔法だけが周囲の空気を裂く。
「邪魔するな竜人め! お前には関係ないだろ!」
ヘステイルは鬼のような形相でグリップを握り締めるが、ジーンは顔色一つ変えない。剣から迸る風がジーンの服を裂く、ヘステイルの腕にも切り傷ができた。
まるで、竜巻みたいになっている……すごい魔法だ。
「やめろ、服が破ける」
もう片方の手で拳を作ると、ジーンはまっすぐにヘステイルの胸を殴った。
「ぐおおぅほおおおぉぉぅぅ!」
赤に染色された胸当ては砕け、ヘステイルは2メートルほど吹っ飛ばされたあと、白目になって後方に倒れた。
「わぁ……ジーン強い!」
クロエはジーンの背中に抱きつく。
すると、ヘステイルが落とした剣を見て、クロエは剣の柄にはめられたソケットを無理やり引き抜いた。
「おおい、そいつから盗むのか」
「これを持っていると、何をしでかすか分からないでしょ」
まぁクロエの言うことはもっともだな。
俺たちは起動済みの飛行艇に乗り込んだ。
「で、だれが運転する? 僕は無理だよ」
「え? クロエが言い出したから、多少は知っているのかと」
「何を言ってるの、リオンはよく商人に操縦のことを聞いていたじゃない!」
あ、そういえば、飛行艇を操縦するマネをしていたな。
狭い穴のなかで、石の壁に商人から聞いたことを描いて、木の棒で作った操縦かんを引いたりして。
「やってみるよ」
俺は運転席について、出力レバーと操縦かんを握る。
重要なものは大きくてきちんとできているって商人が言ってたな……。
出力レバーを上げると、両翼から地面に向かって風が吹き出す。少しずつ飛行艇が上昇していく。
「おおっ! すげーなリオン!」
「ええっと……これからどうすれば……」
あと、商人が教えてくれたのは、重要なボタンやスイッチはだいたい手前にあるって言ってたな……。
よく使い込まれたスイッチを切り替えると、機械のモーター音と一緒に噴射口の一部が分離して水平になる。飛行艇はゆっくりと前に加速し始めた。
「橋から出たよ! リオン、もっと前に加速して!」
いくつか並んだ同じようなスイッチを切り替えていくと、だんだん前に加速していく。
噴射口がすべて水平になる頃には、十分に加速し、翼で浮力を得ていた。
「やった! 飛べてる!」
助手席に座っていたクロエが俺に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと危ないって」
操縦かんを握る手に力をいれる。
俺たちは飛行艇を奪って、牢獄から脱出したのだった。




