第18話 想定外の乗客
焼け野原から遠ざかり、ドゴールというやつが追ってくる気配はなかった。
「逃げ切ったみたいだ……」
全身から力が抜けて、思わずため息が漏れた。
──眼帯を付けた騎士に、青髪の騎士。人を殺すことに慣れていて、見ているだけで首が締めつけられそうな圧迫感があった。
へステイルもムアという奴らも、魔法を使えたのに……あっという間だった。ジーンとどちらが強いのだろう。触れただけで爆発させる魔法には、さすがにジーンもかなわないように思えた。
ジーンは飛行艇の後部座席に倒れているケレフィアに近づくと、顔を隠していた重装の兜を取り外す。
「やはりこいつは、私たちの大陸にきた赤の傭兵の一味だ」
兜をとったケレフィアは気を失っていて、頭から首筋まで血が流れていた。
──なかなかの美人だ。いや、見れば見るほど……前世では見たことのない美人だ。燃えるような赤色の髪を後ろでまとめ、気の強そうな凛々しい眉とシャープな顎の輪郭。今は目を閉じ口を半分開けていて、先の戦闘で見た苛烈な剣技と後隙との落差に、自然と込み上げてくるものがある。
ジーンはケレフィアの足首を握ると、後部座席の扉を開けた。
「よし、ここから落とそう」
「ちょ、ちょっと待って!」
「うん? まだ共和国は先だぞ。この女を乗せている分、魔力を消耗するが」
「い、いやぁ……怪我をしているし、女性だし……なんか、可哀想じゃない?」
「そうかな……この女は私が知る限り、冷酷で計算高い、女狐のようなやつじゃよ」
隣に座っているクロエもしかめっ面をして、反対する。
「そうだよっ、赤の傭兵のリーダーなんでしょ? 子供を誘拐したり、簡単に人を傷つけたりする奴らなんだから!」
「まぁそうだけどさ……あとから来た奴らを見ただろ? もっとヤバい奴らだったじゃない? ああいう奴らに脅されていたんじゃないかって思うんだよね」
「……おぬしは甘いな……」
そう言ってジーンはケレフィアの足を放すと、鉄製の床とヒールプレートがぶつかり合って金属音が響いた。
「ねぇ、その重そうな鎧さ、捨てたほうがいいと思うんだよね」
耳を塞ぎながらクロエが後部座席に身を乗り出した。
「え? どういうこと?」
「ふむ……この甲冑だけでも外したほうが、確かに航続距離は伸ばせそうだな」
──なるほど、甲冑って結構重いのか。まぁ鉄でできているわけだし、そりゃそうか。
ジーンは鋼鉄製の具足やら鎧など、全てを取り外し、開いている扉からポイポイ捨てていく。
剣も兜を捨てて、床に転がっているのは、薄いリンネルの下着だけをつけた美女だけになった。
「うわぁ……」
思わず変な声が出てしまう。
──大きな胸がはっきりと分かる薄手の布……。汗と血で肌に張り付き、裸よりもむしろ……。そして、みずみずしい白肌の長い太腿が、足の爪先まで完全体になって放り出されている……。これは……っ!
そして、思わず鼻血まで出てしまった。
「あ、ああーっ! リオンが変なことを考えてる!」
「ち、ちがうっ」
「じゃあ、ちゃんと前を見て運転してよ!」
8歳の体におっさんの妄想力が耐えられず、全身から変な汗が噴きでてきた。
全ての装備を取り外して満足したジーンは、仰向けのケレフィアを見て眉をひそめた。
「おや……これはもう死ぬかもしれんな」
「え?」
俺が後部座席を振り返ろうとすると、クロエが俺の横腹をつねる。
「リオンは見ちゃだめだって!」
「は、はい……」
正面に顔を戻すと、ジーンが屈んでケレフィアの体を観察した。
「……肋の骨が折れて肺にいくつも刺さっているようだ。頭は脳震とうぐらいだが、胸部の激しい打撲が深刻だな。やがて肺は機能不全に陥り、呼吸困難で死ぬだろう……どうする? トドメを刺してやろうか?」
手を開き力を入れて手刀を作るジーン。
「ダメだよ! なんか、魔法とかで助からないの? 回復の魔法とかないのかな? この世界には」
「まぁ、あるにはあるが、そんな希少な魔法使いに会いに行く前に、狐女は死ぬぞ」
「え……どうしよう」
「ならさぁ、僕がその魔法使いを召喚しちゃえばいいんじゃない?」
「ほう……」
ジーンは腕を組んで顎に手を当てる。
「相当な召喚のレベルを要求されるだろうが……可能かもしれん」
「よーし、それじゃあやるよ!」
クロエは助手席で掌を床につける。俺と助手席の間は人がやっと通れるくらいの広さしかない。
「ここで召喚するのか? 着陸してからの方が……」
と、言うのが遅すぎたのか、すでにクロエの手から白い円陣の文様が床に広がる。
「回復の魔法が使えて、なるべく可愛いヤツ出てこーい!」
ゴゴゴ……!
真っ白な光が飛行艇内部に広がり、前が見られなくなった。
「おわわああ……」
横からすごく大きくて、白い毛並みの動物が俺を圧迫してくる。
光が消えると、ぶるるっと馬の声が聞こえた。
「うぉーっ、でっかい白馬……のお尻!」
よく分からないが、クロエが興奮して甲高い声を上げた。
「なんで馬なんだ……」
「なんでだろうね……僕も分からない」
召喚した本人が分からないというのは、なんというか魔法というのは不思議なものだ……。
「……いや、ただの馬ではないぞ」
馬の顔を見ることのできるジーンは、ふむと鼻を鳴らす。
「ユニコーンを召喚できたようだな」
「「ユニコーン?」」
運転席と助手席に挟まっているのは、白馬の大きな尻なのだが、どうやら馬の前面にはユニコーンの象徴である、長い角があるらしい。
「ふむ、いまユニコーンが角を狐女に向けて治癒をしようとしている」
「おーっ、だからユニコーンが召喚されたのか、僕ってすごい!」
うーん。魔法ってのは……不思議だ。
ユニコーンの尻尾が左右に揺れて、魔法の知識がほとんどないクロエと俺を嘲笑うように、ピシピシと鞭打った。




