第17話 ケレフィアの過去
私はフレア王国の最貧民地区に生まれた。
最貧民地区──魔法を使えない人間がたどり着く城下町の最も外側の地区。
絶えずモンスターの脅威にさらされ、過酷な肉体労働をしなければ食べていけない。
私は物心ついたころから、王国の外壁補修に使うレンガ運びをしていた。
「ムア、昨日の騎士はかっこよかったな!」
「おう、俺も魔法さえ使えたらなぁ」
「昨日の騎士は中級騎士らしいぜ!」
子供だった私たちは自分たちの身を守るために、いつも誰かと一緒だった。いつしか、ムアとヘステイル、そしてノノは家族よりも近い存在になっていた。
ノノは私より二つ下で、私と違って可愛らしい顔だった。何もかもが丸くて、目も顔も丸く、優しい性格で地区のみんなから愛されていた。
「ケレフィアも騎士様ぐらい強いよ!」
レンガを持ち上げたノノがピタリと動きを止めて、私に熱っぽい視線を送った。
「はいはい、ありがとうノノ」
子供の唯一の楽しみは、外壁の向こうで戦う騎士を塀の上から観戦することだった。塀の上で、王国に近づくモンスターを斥候の騎士が追い払うのを応援する。
将来の夢は騎士となって敵を倒すこと──それが普通だった。
仕事を終えた私は、よく槍に見立てた木材を使ってムアやヘステイルと勝負をしていた。私はレンガ運びでどんなに疲れていても、一度も負けたことがなかった。
「ケレフィアは、大きくなったら騎士様になるの?」
いつも見ているだけのノノが私に尋ねた。
「なれると思う?」
私の問いにノノはにっこりと笑った。
「絶対なれる! だって、ムアより強いんだから!」
「ふふふ……もし騎士になったら、ノノやみんなを守るからね」
「うん!」
幼いノノの言葉であっても、純粋に嬉しくて、ノノの直視に耐えられず、沈む夕日に目をやった。その日はとても木材を軽く感じた。
騎士は雲の上の憧れの人。みなを守る正義の象徴。──しかし、騎士の目をかいくぐりモンスターが塀の内側まで侵入することもあった。
そんなとき、私たちは一致団結してモンスターと戦う。
何度も戦っているうちに、魔法を使えない血筋であっても、覚醒して魔法が使える者も現れる。ムアとヘステイルがそうだった。
私ももしかすると、魔法を使えて騎士になれるのかもしれない。貧民区に希望をもたらしたムアとヘステイルは、モンスター退治の要になった。
だが、その威力は今よりずっと弱かった。魔力のない魔法はモンスターを足止めする程度で、格段に私たちが強くなったわけではない。
私たちは弱いことを知っていて、犠牲を払いながらも、なんとかモンスターを追い払って生きていた。
毎日が綱渡りのようだった。そして、とうとうその頼みの綱が、突然プッツリと途切れた。
竜の襲来──
フレア王国は一匹の竜に襲われ、甚大な被害を受けた。なぜ遥か北の大陸にいる竜が王国を襲ったのか、それを知る国民はいない。
竜は一昼夜、王国を破壊し続けたあと、北に戻っていったという。
私たちの地区は、竜が最初に着地した場所だった。
竜が去って地下から這い出ると、そこは見知らぬ土地──積み上げられたレンガの壁は崩れ、家々は瓦礫に変わっていた。住民は半分になっていた。
瓦礫の下から見つかったノノの遺体を見て、私は目頭が熱くなった。はじめそれは哀しみだと思っていたが、次第に顔全体が熱くなり、肺腑の奥が煮え繰った。
槍に見立てた木材で大木を激しく叩いた。我慢しきれず、叫びながら何度も叩いた。手から血液が飛び散るほどに激しく。
私たち三人は誓いを立てた。騎士のように強くなること。そして、どんな犠牲を払っても、この世界からモンスターを滅ぼすると。




