第11話 魔力の充填
ファルエールの村から少し離れた森に、獰猛な熊のモンスターがいた。
前世の動物園でみた熊より、2倍ほど大きい灰色の熊だ。
目は赤く、鎌のような爪を生やし、ズンズンと巨大な体を揺らして歩く様は遠くから見ていても恐ろしい。森の動物たちが急いで身を隠すのが見て取れた。
ところが、森の王者の道を阻むものがいた。
熊のモンスターよりさらに身の丈がある白蛇だ。熊のモンスターは対峙した瞬間、敵と判断して長い雄叫びを上げる。森全体がその声に身を竦ませたかのようだ。一斉に木々に隠れていた鳥たちが、飛んで逃げていった。
だが、その怒声に白蛇は怯まない。
真っ白な目を熊に向け、長い蛇舌を出すと、威嚇の噴気音を発した。
勝負はあっという間だった。
熊のモンスターが突進してくると、白蛇は自身の巨体に似合わない俊敏な動きで体をくねらせて、熊のモンスターの背後をとった。
人の指ほどの毒牙が、熊の背中に刺さる。途端に熊は動きを鈍らせ、薄れる意識のなか、爪を空振らせる。
そして、さらに毒牙で白蛇は追い打ちを掛けた。
毒で熊のモンスターは倒れ、息絶える。一分にも満たない戦いだったが、白蛇の周りの茂みは下敷きになり踏み荒らされ、木が根元から折れてズシンと倒れた。
「す、すごい……」
草陰で見ていた俺は、生唾を飲みながらゆっくりと立ち上がった。
「もう、最悪だよ……なんでこんなの見ないといけないの……デカ蛇ってだけで見たくないのに」
手で目を覆いながらクロエも茂みから顔を出した。
「ふむ。やはり、遺物の力により熟練の領域までレベルが引き上げられているな」
ジーンがどこからともなく現れて、クロエの召喚魔法に腕を組んで感心した。
「いやだー!」
「ど、どうしたのクロエ」
「ウサギさんみたいな可愛い召喚獣にしたい! なんであんな爬虫類なの!?」
「ウサギは難しいだろう。攻撃で使える召喚獣は、大抵が巨大で凶悪な顔をしているものだ。そして……」
クロエが頭を抱えていると、白蛇が光の粒に変化し始めた。
「維持する魔力も比較的多い」
さきほどまでは、ゲームで出てくるようなヨルムンガンドほどの大きさだった白蛇が、完全に光の粒の集合体に変化していた。
風に吹かれて霧散する白蛇。
熊からは、ほの明るい光が頭に灯っている。たとえるなら、青い人魂のようなものだ。
「これが、ソウルというやつなのか?」
近くでみると今にも消し飛びそうなほど頼りなく見え、熊の図体の割にかなり小さい。
クロエがソケットを取り出すと、プシュッと音がして小さなソウルがソケットの中に入った。そして、ヘステイルから奪ったときのような明るさを放つ。
「おお……これが魔力なのか」
俺が驚くと、ジーンが苦虫を噛み潰したかのような表情になった。
「本来、ソウルは大地に還り再び大地より生まれるものだが、こうして遺物に吸収されると、魔力として利用されソウルは還らない。まぁ、モンスターというのは知能が低く、害獣であることが多いのだが……ある種の人間は善悪関係なく魔力のためだけにモンスターを殺戮する。私はそういうやつは嫌いだ」
「そうなんだ……いいモンスターってどんな?」
俺はこの世界のモンスターというものを殆ど知らない。
「人間の概念だから正確には分からんが、竜をモンスターだと位置づける者もいる。竜には多大なソウルが宿るゆえに、得られる魔力も大きい……おぬしも竜から魔力を得たいと思うか?」
「竜って、会話とかもできるのか?」
「一部、難しい竜もいるが、大抵はできる」
「さすがに、会話もできるぐらいのモンスターを魔力のためだけに殺すなんてできないな」
だいぶん俺の勝手だが、会話できる相手を無闇に殺すことはできないな。そんなことをしたら気持ち悪すぎる。
「そうか」
と、ジーンは軽く頷いた。それなりに満足しているようだ。
「ねえ、魔力も手に入ったから、もう飛空艇に戻るの?」
ソケットを見ながらクロエが尋ねた。
「そうだね、さっさと出発しようか」
「ちょっとさ、村にもどってどれぐらいの値段になるか聞いてみない? あくまで参考程度に」
「なるほど。まぁ、食料とかも買いたいしな……」
俺たちは森を出ると来た道を戻ることにした。
小高い丘を越える頃、ふと村から白い煙が上がっていることに気づいた。
「あれ、なんか白い煙がいっぱい……」
クロエが村を指差す。村のあちこちで煙が上がっている。
そしてかすかにだが人の叫び声が聞こえてきた。




