第1話 砂漠
タイトルは適宜変更しますので、気になった方はブックマークをおすすめします。
地下深くに眠る超文明の遺物。
遥か昔に、多くの生き物が遺物を求めて戦った。
人間にモンスター、エルフ、竜人……。
様々な種たちは、地表を我が物にして繁栄を築くため、遺物を奪い合う。
さまざまな兵器を使い、最期は、手に余る遺物の力を使って灰となった。
何層も積み重なったガラクタは、太陽の光を受けて今なお熱を帯び続けている。
そうして、俺たちは、そんな焼け付くガラクタの熱気を受けながら、小さな体を活かして下層へと潜り込むのだった。
──
いつも死と隣り合わせだ。でも、親から捨てられた俺たちの生きる道はこれしかない。ガラクタから発掘される珍しい遺物を売って日銭を稼ぐ。そうしないと砂漠では生きられない。
行くも地獄、躊躇うも地獄。
煤だらけ、砂まみれの毎日。
そんなある日、俺は偶然にも特級の遺物を発見した。
人の目玉のような丸い発光体。
触ってみてから、迂闊だったと後悔した。遺物は触れただけで人を砂に変えてしまうほど、危険なものもあるって聞いていたからだ。
だが、それは違った。
不思議なことに、俺は別の世界で四十年ほど生きて死んだ『鍵山優生』という男であったことを思い出した。
20年間、サラリーマンという職業で無能な上司にこき使われて、過労死した人生の記憶。
休日も仕事で遊ぶこともできず、両親を看取った後は仕事一筋で孤独に生きてきた。仕事に洗脳され、拘束され、寝ることさえも脅かされた。
深夜のオフィスで手洗いに行くため席を立ったとき、頭の中からプツンと音が聞こえて倒れた。オフィスには誰もおらず、俺は脳出血で死んだ。
なんとも呆気ない死に方だった。
──だが、俺はファンタジーの世界に舞い降りたのだ!!
剣と魔法、ドラゴンに聖女。
この世界には夢にまで見た全てがある。
「うおおおっ!! やってやる! 俺は、この世界で勇者になってやるぜ!!」
──生まれ変わりはジャンク漁りの人生か。それでもいい、俺は遺物を見つけたんだ。これはまさにフラグ。遺物を売ればきっと飛行艇を……。飛行艇? ああ、これはリオンの記憶だな。
頭の中を『鍵山優生』という男の意識と、リオンという孤児の意識がぐるぐると彷徨って混濁する。今世では、親から捨てられ砂漠でジャンク漁りをする8歳の少年リオンなのだ。
「オ、オイ! 大丈夫!?」
俺と同じ背丈の子供が、俺の雄叫びにびっくりして顔を覗き込んできた。子供の俺たちは、不測の事態に陥ったときのためにペアで探索することが多いのだ。
──この子は誰だっけ……?
ジャンク漁りの子供のなかでも、特に大きな瞳をしていて、サファイアが白濁したような薄青色をしている。頬まで隠れる瑠璃色のショートヘアで、白い肌が焼け爛れないように灰色のローブをいつも着ていた。
──ああ、この子は俺の相棒のクロエだ。
クロエはこの砂漠にいるときから、ずっと一緒に行動している大切な相棒だ。男っぽく振る舞っているが、クロエは女性だ。それは俺たちだけの秘密。
再び、前世と今世の記憶が酔夢のように渾然一体になる。
「……なんだか、急に気持ち悪くなってきた」
「移動できそうか? ここは危ないから、遺物だけ布に包んでずらかろう!」
かつての武器貯蔵庫と思われる小部屋に偶然できた穴があった。俺たちはそこを通って戻ることにする。
見上げれば、鉄くずが小さな隙間から転がり落ちて顔に降りかかる。
この上には、何十万トンという瓦礫が重なっている。それを想像すると、つい体が竦んで動かなくなってしまった。
「オイ、まだ気持ち悪いのか? 一体どうしたんだ?」
「さっきの遺物を触ったせいで、前世の記憶が頭に入り込んできて……」
「ゼンセ、って何だ? どういう意味?」
「俺が生まれる前のもう一つの人生だよ」
「……なんだかよく分からないけど、ここで立ち止まってると……死ぬよ」
クロエの鋭い視線を受けて、俺はハッとする。
落ちる砂礫、軋む金属音。
地上に出る唯一の道は、もう今にも途絶えそうだ。そしてここは死の鳥かご……。
ふっと前世の死に際が脳裏をよぎった。
「……こんなところで……死んでたまるか!」
「おっ、そうだよ、その調子だリオンっ!」
にっこり笑ったクロエは、ほぼ垂直にできた穴を登っていく。俺は必死でクロエのマネをしながら後に続く。
クロエの手をとって地表に出ると、砂の上に寝転がって、強烈な太陽の光を浴びた。
「……助かった! マジで一生分の運を使い果たしたわ……」
──しかし、ジャンク漁りとはいえ、よくこんな隙間に入り込もうと思ったな……。これから先、前世の常識が枷になって、ここでの仕事ができなくなりそうだ……。
上体を起こして砂漠を眺めると、所々で錆びついた鉄骨のようなものが顔を出していて、子供たちがそのガラクタの隙間に入り込んでいる。
──ジャンク漁りの生活を脱出しないと、飢え死にしちまう。
「さっさとこれを売りに行こう!」
ポケットから布に包んだ遺物を取り出すクロエ。
「ちょっと待てよ……せっかちだなぁ」
クロエは遺物を買い取る商人の小屋に行ってしまった。
情に厚いのか薄いのか……。クロエは現実主義的なところがある。
遺物を換金した後、俺たちは巨大な岩に戻る。大昔から存在する山のような大岩は、火山の噴火口という噂もあるが詳しいことは誰も知らない。ただ、ここ一帯のジャンク漁りは自然にできた竪穴に入って休眠をとる。
俺とクロエは頭を入口に並べて夜空を見上げた。
「すげぇ、本物の金貨だな」
俺は金貨を月に重ねた。
「遺物は金貨一枚だけど、あれは特別だって」
もう一枚、クロエが金貨を取り出した。
「これを何枚集めれば飛行艇を買えるのかな?」
誰に尋ねるわけでもなく、ぼんやりとクロエが金貨をたがつすがめつ見つめる。反射した月の光が、クロエの小さな口から瞳までを駆け上がった。
──飛行艇か……俺とクロエの希望の光だったな。
商人が物資の輸送に利用する飛行艇。たまに離着陸する様子を見るが、とてつもなく大きい乗り物だった。
金属製のボディで、両翼に設置された円筒状の噴出口から、強烈な風を出してホバリングする。そして、末端の尾翼からも風が出ることで、推進力を得て飛ぶのだ。
「小さな飛行艇ならどうだろう。商人に聞いてみるか?」
「……え?」
俺が質問するとクロエが目を丸くしてこちらを見た。
「ん? どうしたんだ?」
「いや……まさか、本気なの?」
「本気も何も、目標は知っておいたほうがいいだろ? もしかするともっといい遺物が手に入るかもしれないし。何かの交渉材料になるかもしれない」
「なんか、リオン変わったね」
──そりゃ、前世の記憶が甦れば人格も変わるさ。
もう、前世のような終わり方はしたくない。あんな孤独な終わり方は……。
だからこそ、俺はこのリオンの人生で運命に抗うことにした。もうどうにもならない状況を受け入れるのではなく、自分から動いて状況を変えるんだ。
逃げるのもいい、戦うのもいい。重要なのは、《《俺が決める》》ということ……!
ふと、クロエが俺の横顔をじっと見つめていることに気づく。
すると突然、「キャア!」と素っ頓狂な声をあげ、寝ていた俺にクロエがまたがる。
「……お、重い、苦しい……!」
「へ、ヘビが!」
目を凝らすと、チョロチョロと寝床を駆け回るヤモリがいて、俺はそいつをつまんで外に投げた。
「爬虫類嫌いだったな……しかしもうそろそろ慣れたらどうだ……」
「う……鱗がいっぱいある生き物はムリ!」
ゆっくりと降りて、ヤモリがいないか寝床をチェックすると、ビクビクして体を寄せてくる。
──こういうときは、可愛く見えるんだよな。俺はロリコンじゃないから断じて恋愛対象ではないが、守ってやりたいという気持ちが芽生えてくる。
まぁ、クロエの方が俺より運動神経がいいし、度胸もあるが……。
俺は金貨を握り締めたまま目を閉じた。
──クロエと一緒にこんな穴蔵から抜け出してやる。俺は前世の分まで人生を謳歌するんだ!
そう思いながら眠りについた。
願いはやがて叶えられるが、代償として、大きな苦痛を強いられるものだった。