三口半③
母さんと言葉を交わしたあと、僕はスーパーマーケットに来ていた。
母さんはレトルト食品だけでいいんだろうけど、僕はある程度健康に気を遣った食事がしたい。適当なサラダと白米、鮭の塩焼き、味噌汁。そんな質素な食事。それがいい。
僕は1週間分の食材を揃え、レジにバスケットを持って向かった。小学生が一人で買い物に来ているのだから、途中で何度も変なものを見る目をされたが、もう慣れたもので気にはしない。
母はクレジットカードしか使わない主義で、僕もまた生まれてから現金というのを使ったことがない。中学生になってからは苦労するぞ、と思いながらも、母さんがいちいち現金を渡してくれるわけもない。
今日は多少顔を見知った店員さんが会計だった。「君も大変だね」と言いながら、店員さんはピッピッとバーコードを読み込む。
僕はいつもの通りカードを出して、専用の機器に差し込んだ。さくりとカードが沈み込む感覚は妙に好きだ。
会計が終わり、硬質なテーブルの上に食品をのせる。エコバッグに詰めるのも最初は慣れなかったけど、今は流れ作業だ。
そのいつもどおりの作業をしていると、急に後ろでガコンと大きな物音がした。
何かと思って振り返ってみると五、六本のペットボトル飲料転がっていて、と大量の硬貨が転がっていて、何事かと訝しんだ。
足元の近くにもペットボトルが転がってきたので、ひょいと拾ってみる。普通のスポーツドリンクのようだったけれど、状況は普通ではない。
少し考えていると、突然誰かから呼びかけられた。
「君、それをこっちに持ってきてくれないか?」
声が聞こえたほうへ向き直ると、レジを挟んだ向こうにペットボトルをかき集めている一人の青年が見えた。
彼は恥ずかしそうにして、ぺこっと頭を下げた。
床に散乱していた硬貨も片付いているのを見て、僕は事情を察して青年のもとへ駆け寄ってペットボトルを渡した。
いや、手を滑らせちゃってね...なんて、言い訳をするみたいに言いつつ、彼はまた頭を下げた。僕はなんだか気恥ずかしくなってしまい、僕も会釈をしてからさっとその場を離れてスーパーを出た。
何か声をかければよかったかなぁなんて反省しつつ、僕は家の方向へ歩いていった。
初対面の人と話すときも後々後悔をしてしまう。そういう性格はまともなコミュニティを築いたことがないことに起因するんだろうけど、これは言い訳でしかない。
はぁと溜め息をついて、信号の色をじっと見つめる...と、そのときになってふと僕は思い出した。
買い物袋をスーパーに置いてきてしまったのだ。半ば衝動的なようにスーパーを出たものだから、その存在をすっかり忘れてしまっていた。
中にはクレジットカードもある。僕は焦り、来た道を駆けて戻った。
七、八分しか歩いてはいなかったけど、テーブルの上に放置されたエコバッグが目立たないことはないだろうし。
信号の赤色を見て、鬱陶しい汗を拭う。想像が頭の中を巡り、汗が止まらない。
息が切れそうになりながらも走り、ブロック塀の角を曲がると、「あ!」と声が聞こえた。
先ほどの青年が、両手に大きな荷物を持って歩いている。荷物の中には僕のエコバッグもあった。
きみ、これ!と大きな声で笑いながらバッグを掲げて言う彼は、先ほどの冴えない感じとは打って変わって───不思議に格好良かった。
彼も走ってきたのだろうか、来ているスーツはあちこちがよれている。
そのスーツの真ん中には、さっきは見えなかったプラスティックの名札──「教員 堀内コウキ」と書かれた名札が輝いていた。